33.到着!
マクスウェルさんに、お返事のお返事を出してから10日後――。
先触れもなく、ダレル殿下とレティアがゼンコールド領に到着した。
「……は?」
「は?」
「はあ……」
最初の「は?」は門番から知らせを受けたジェイス、次の「は?」はジェイスから知らせを受けたベネディクト様、最後の「はあ」は私のため息だ。
ブーちゃんのお散歩中だったけれど、バスケットに戻さなければ。
「こんなこともあろうかと、迎えの準備をしていてよかったですね」
「ああ……念のためだったが……しかし本当に来るとは……いやそうか、あの婚約破棄をやってのけた殿下と君の妹御だものな、このくらいはやるか……」
ベネディクト様、理解が早い。まあ窓から見れば中庭に50名規模の部隊が整列しているので、現実を呑み込まざるをえないのだ。
魔獣と戦い続けてきたベネディクト様は、その受け入れ力がとても強い。
無茶を予期していた私は屋敷の客間の掃除をし、食料の準備を進めていた。罠のおかげで増え続ける人員にストップがかかり、やや余裕があったのが幸いした。
それに10日の期間が示すのは、ダレル殿下はベネディクト様からのお手紙を見てすぐに出立したということだ。
手紙も見ずに、よりはずっといい。
こちらの要望が伝わったのなら新街道を通ってきてくれただろう。
新街道の周辺は交通量の増加を見込んで再開発もされているから、いきなりダレル殿下の部隊が宿泊しても受けとめきれたはず……そう信じたいわね。
「さ、ここで放心していても仕方がありません。出迎えに行きましょう」
先触れもなかったことを棚にあげて出迎えが遅いと文句をつけてくるのがダレル殿下とレティアだ。
「サーラ……強いのだな……」
「ベネディクト様より、周囲の人々に恵まれませんでしたので」
冗談のつもりだったけれどベネディクト様が悲しげな顔になってしまったので、冗談には聞こえなかったようだ。
中庭へ行くと、ダレル殿下とレティアはすでに馬車から出て、庭園を見てまわっていた。
私に気づくと、ふたりはにんまりとした笑みを浮かべる。
「お前が懇願するから来てやったぞ、サーラ。新街道は俺たちが華々しく行軍をしたおかげで注目を浴びるだろう。感謝しろ」
「そうよお姉様。窓から手を振るのも疲れちゃったわ」
「ありがとうございます……?」
懇願……?
した覚えはないが、受け入れを表明し、領地までの経路を示したことは、ダレル殿下の中で「一刻も早く来てください!」という叫びに変換されたようだ。
ひとまず新街道に不備がなかったことはよろこばしい。ドリスにあとで伝えてあげよう。
魔狼のマフラーやケープを本格的に出荷するにあたり、魔道具工房の販路だけでは足りないのでコンラッド商会にも任せたいとルクマイヤが言っていた。
そういえば、レティアも魔狼のケープをはおっている。ダレル殿下はマフラーを。
新しいもの好きのふたりが身につけているということは、魔狼の毛皮製品は王都で着実に浸透しているようだ。
「さあ、俺たちが来たからには安心しろ。ドラゴンもろとも魔獣どもを蹴散らしてくれる」
そう言うダレル殿下のお顔がどことなく焦っているのは……アーネスト殿下に知られたら今度こそ大目玉をくらうからね。
マクスウェルさんへの返事を見てすぐに飛びだしてきたのもそのせいだろう。
そこまで考えて、私は隣に立つベネディクト様が無言であることに気づいた。
ダレル殿下とレティアがいきなり私に話しかけてきたので、挨拶のタイミングを失ったらしい。
(まさか、立ったまま寝ていらっしゃる……!?)
立ち寝はベネディクト様の特技だ。お忙しいベネディクト様は少しの時間でも休息のチャンスを見逃さない……けれど、さすがにこの距離は無理です! バレます!
寝ているなら起こさなければ、と慌ててベネディクト様のお顔を覗き込む。
と同時に、ベネディクト様がかかとを揃え、直立の姿勢をとった。
「あらためまして、騎士団長のベネディクト・ゼンコールドです。ようこそお越しくださいました。――サーラ」
名を呼ばれ、私も背すじをのばす。
「こちらは妻のサーラです。ダレル殿下とレティア嬢には、よい縁を作っていただきました。お礼を申しあげます」
私はベネディクト様の隣で、黙ったまま頭をさげた。
なにを言えばいいかわからなかったからだ。
先ほどちらりと見たベネディクト様の表情を思いだす。
ベネディクト様は、目を鋭く細め、口元を引き結んで……怒りをにじませているように見えた。
「お、おう……礼には及ばん」
「ほほほ、よかったですわ」
ダレル殿下もレティアも、ベネディクト様の眼光にたじろぎ、目を泳がせながら笑う。
そういえば婚約破棄の場で手を挙げたベネディクト様が出てきたときもこんな感じだったわね。
「ではおふたりは一度屋敷へ……兵たちは、おふたりの護衛を除き、ここで待機していただきます」
「入れないのか?」
「入る必要はありません。客間は非戦闘員の侍従・侍女たちに割り当てます」
ベネディクト様の声がどんどん落ち着いていっている。
わかるわ、仕事の総量が見えると落ち着くのよね。
なにはともあれダレル殿下御一行は到着した。全体の人数もわかった。全体で50名なら、食料も足りる見込み。
そして一番の収穫は、ダレル殿下が本当になにも考えていないとわかったこと。
魔獣の討伐に来た兵たちを、装備を解かせて客間に泊まらせるわけがない。
当然、討伐の助力を名目にやってきたダレル殿下とレティアも、王子とその婚約者としての歓待を受けられるはずもない。
ベネディクト様はそういうところ、とってもシビアだ。
「……殿下」
「なんだ」
ベネディクト様の声のトーンがさがった。
ダレル殿下がびくりと体を跳ねさせ、顔色を青くする。
「現在、予断を許さぬ状況であることはご報告のとおりです。今回のご滞在では、私の指示に従っていただきます。さもなくば――」
ぐっとベネディクト様がまなざしに力を込め、一歩前に出る。ダレル殿下が「ぐぐっ」と気圧されている。
「生命の保証はできかねます」
「わ……わかった」
ダレル殿下は素直に頷いた。レティアもこくこくと頭を上下させている。
「ではこちらへどうぞ。現在の状況をご説明いたします」
ベネディクト様は手で屋敷を示した。話しているあいだに正面玄関の扉は開かれ、使用人たちも頭をさげて待機している。
「うむ……」
ダレル殿下とレティアはベネディクト様に任せ、私はジェイスとともに屋敷に滞在する者とそれ以外の者を分けていった。
2階の書斎から見た時に思ったけれど、50のうち半数は侍従や侍女、荷物持ちといった兵ではない人々だ。荷物も、ドレスやジャケットなど……パーティにでも行く気なのかしら?
屋敷へ入っていくダレル殿下とレティアが、
「サーラを紹介するときの顔を見たか……」
「ええ、やはり『加護なし』のお姉様では妻にふさわしくは……」
となにかボソボソ話しあっているのが聞こえたけれど、それどころではなかったので気にしなかった。
一応ラストに近づいてきております~(10話以内くらい)
毎日更新がんばれることをいっしょに祈ってください_(:3 」∠ )_




