32.仕事が増えた
土壌魔力の調査結果をマクスウェルさんに送ってから1週間後。
ベネディクト様は王宮からの返信を受けとった。
ゼンコールド領から王都へは馬車で1週間ほどかかる。
ただし、騎士団の通信は早馬扱いとなり、貨物用馬車ではなく兵士が馬を乗り継いで届けるため旅程は3日に短縮される。
1週間で返信が来たということは、王宮でも緊急事態とみなされたのかもしれない。
緊張を表情に浮かべ、ベネディクト様が書状を開く――。
が、手紙を読み進めるに従って、ベネディクト様は肩を落とし、顔色を曇らせていった。
「仕事が増えた」
ぽつりと呟いたベネディクト様が、私に書状を渡してくれる。
「ダレル殿下とレティア嬢が魔獣の討伐にくるそうだ。しかもアーネスト殿下に極秘で」
「どうしてあの人たちは……っ!」
私は手紙を持ったまま、思わずテーブルに突っ伏した。
勝手をしてアーネスト殿下に叱られたばかりだというのに同じ轍を踏むのはなぜなのか――もちろん、今度こそバレないように勝手をすればいいと思っているからである。
「決裁を滞らせたまま魔獣討伐の準備を命じて……名目は士気向上と戦力増加のため、今すぐにでも出立希望……なのにアーネスト殿下には極秘で……条約締結の調整で忙しく、お手を煩わせるのがしのびないからと……」
一応騎士団の公式書簡だから事実だけを並べた文面になっているけれど、事実だけでじゅうぶんにひどい。
なんとか殿下を止めてくれているのだろうマクスウェルさんの、悲痛な叫びが伝わってくるようだ。
騎士団は第二王子の管轄ということになっている。
だからダレル殿下がこうしろと言えば、逆らうことはできない。
「これは、騎士団長の俺が命じてやらねばならんな……俺直々の命令ならマクスウェルも違う動きができる」
ベネディクト様がため息をついた。
「だが受け入れ拒絶はさすがに無理だ。とっとと来てとっとと帰ってもらうのが一番いいだろう……腐っても王子だから万が一のことがあっては困る。砦周辺の雑魚どもをある程度討伐しておき、馬車が入れる道の確認……兵に食料も出さなくてはいけないな……そもそも士気向上にはならんだろう……邪魔だし……戦力もサーラが罠を開発してくれたから、いまは別にいらんが……なんのために来るんだろうな、殿下は」
ははっ、とベネディクト様が遠い目で笑う。
ああ、せっかく最近いい感じになっていたベネディクト様がすさんでしまった……。
でもわかります、私も実家からの手紙とこの件と、立て続けにノリクソの原液を浴びて胸焼けがする。
「マクスウェルさんへのお返事には、アーネスト殿下に書状の写しを見せるようにと書いてください。第二王子を受け入れるなら必要なことです。それから……」
胸をさすりながら顔をあげ、私は「失礼します」と断って部屋を出た。書斎へ行くと、書類に挟んであった地図を持って戻る。
地図には王都からゼンコールド領まで、赤く線が引いてある。ドリスに約束していた新街道だ。
「このルートでゼンコールド領へ来るように言ってみてもらえますか。新街道のお披露目に箔をつけてほしいとかなんとか言えばダレル殿下なら飛びつくでしょう」
軍には騎馬も馬車もあるし、もちろん人もたくさんいる。彼らが通って問題がなければ商隊にも問題ないはずだ。
「誰かに実地確認をお願いしたかったのです。ダレル殿下なら少し道が欠けて馬車が揺れるだけで逐一教えてくれますから、適任です」
ため息をつきながら言うと、ベネディクト様はきょとんとした顔になったあと、「くっ」と笑い声をあげた。
「本当に君は、転んでもただでは起きないな」
くすくすと笑われて頬が熱くなる。
しまった、仮にも第二王子に対して、無礼だったわね。
「雑に言いすぎましたね……つい気を抜いてしまいました」
ベネディクト様が相手なら咎められることもないから、口が滑ってしまった。
私が恐縮していると、ベネディクト様はまだ笑いのまじった声で「いいんだ」と目を細めた。
「元婚約者だというのに、本当になにも感じてないのだなと思って」
「それは、ベネディクト様とは違いますからね」
言ってから、(あれ?)と首をかしげる。
ダレル殿下との婚約は王家からの要請で、そこに愛はなかった。
ベネディクト様との結婚も同じ、愛のない契約結婚なのに。
私はどうして、ベネディクト様は違うと思ったのだろう。
ベネディクト様は、自分の身を削りすぎるくらい削って働いていらっしゃるし、部下を思いやり、間違いに気づけば謝ってくださるし……。
私への感謝の気持ちだと、お花をくださった。
うん、いい人よね……いい人だもの、私もベネディクト様のお役に立ちたいと思う。変なことじゃないわ。
(でも、本当にそれだけかしら……?)
部屋に花を飾った花がしおれたら寂しくなるのは――。
元気を取り戻した花を、愛おしくなでてしまったのは――。
「……!」
「どうした、顔が赤いようだが……熱か? 働きすぎたのではないか?」
「いいえ! 問題ありません! 元気です!」
ベネディクト様の心配そうな表情に、私は慌てて首を振った。
私の発言の齟齬に、ベネディクト様は気づいていらっしゃらないようだ。
(私も……深く考えてはいけない気がするわ……)
これは重要な問題のような、重要すぎてそちらに思考をとられてしまうような……。
ドラゴン出現の可能性がある今、よぎった感情を追求するのはやめておいたほうがいいと第六感が告げている。
「ならいいが……非常事態に備えて、また忙しくなってきている。無理はしないでくれ」
「はい。ベネディクト様も」
「ああ、ありがとう」
私の言葉に、ベネディクト様は小さくほほえんだ。
出会った時、もっと見たいと思った笑顔だ。やわらかくて、あたたかい……少しだけ疲れをにじませた、落ち着いた表情。
いけない、追求すべきではないと思ったのに――。
「……」
「大丈夫か? やはり体調に問題が……」
「いえっ、いえいえ! では、ベネディクト様は手紙のほうをお願いします! 私は魔道具工房に行ってまいります!」
また熱くなり始めた頬を隠して、私は部屋を出たのだった。




