31.いざ魔獣討伐へ(レティア視点)
このところの不機嫌から一転、レティアはふたたび浮かれていた。
理由はドレスの上からはおった、魔狼の毛皮でできたケープだ。
魔狼と聞いたときは気味が悪いと思ったものだが、ケープを持ってきた魔道具組合の組合長は、
「これはシャデリア王国でも作ることのできないすばらしいものですよ」
と力説した。
魔狼の毛皮は見た目よりも軽く、手触りもなめらか。これから冬を迎える王都でも、はおっているだけでじゅうぶんな暖かさが得られる。
「しかも機能性だけではないのです。目を引く仕掛けが……魔力を流せば、このとおり」
「まあ……!」
レティアは声をあげた。
組合長が触れた途端、一部だけを残して毛皮が消えたのだ。
いや、消えたのではない。これは魔狼の毛皮に魔蜘蛛の糸を合成したもので、魔力に反応して見えなくなるだけ。
ただし、毛皮が見えなくなるということは、ドレスを見せることができるということだ。
胸元や首周りの一部には合成前の毛皮を使っているため、そこだけはデザインとして毛皮が残る。まるでサンドバーグ公爵夫人が持っていたような、毛皮を組みあわせたドレスを着ているかのよう。
それでいて暖かさや毛並みはずっと上。
これがサーラの打ちだした『新商品』の売りだったが、レティアはサーラの考案であることなど知らない。
商売人な組合長も、余計なことは言わない。
「どうです、魔狼の毛皮ですから、魔法耐性もある。レティア様は聖魔法の使い手だそうで……聖女様が身に着けるのにふさわしい一品だと思い、真っ先にお持ちしたわけで」
「そうね、よく見れば綺麗なシルバーだし……これなら冬の社交界でも肩を出したドレスが着られるわ。きっとすごく目立つはず」
「ほかの皆様への販売は、2週間後を予定しております」
「ふふ、それまでにわたくしが社交界の流行を作りあげてさしあげるわ」
「ええ、ぜひ」
サンドバーグ公爵夫人と火花を散らしていたレティアは、当然、熱心に自分だけに贈られた新しい毛皮製品を宣伝した。
――そうした経緯をへて、レティアはいま、社交界の中心人物となっているのだった。
「美しいけれど、魔獣の毛皮……? 恐ろしくはありませんの?」
「いいえ、わたくしは聖魔法の使い手、サラマンダーをも倒したというダレル殿下の婚約者ですわよ。恐ろしくなど、これっぽっちも」
魔力を通すたび、毛皮は現れたり消えたりする。その光景に、レティアの周囲に集まった令嬢たちは歓声をあげた。
「すごいですわ、レティア様」
「魔道具にこんな使い方があったなんて」
「気品のある銀色……これは、私にも買うことができるのかしら」
「魔道具組合が売りだすそうですわよ。わたくしが口を利けば、優先的にご案内できますわ」
「本当ですか!? ぜひお願いします」
「皆様が買われるなら、わたくしも……」
「ええ、魔獣は恐ろしいものだと思っていたけれど本当にきれい。それに暖かいし」
集まった令嬢たちから憧れの目で見られ、レティアは抑えきれない笑みを浮かべた。
(いい気持ち……そうよ、わたくしは褒められるのが当たり前なの)
数日前までは、レティアの気分は最悪だった。
王太子アーネストから、姉サーラを婚約者とするつもりであることを聞き、おまけにシャデリア王国から買った宝飾品の代金までマイリット家が支払うことになった。
驚いたのは、ダレルの個人資産がほとんどなかったことだ。
どうやらダレルはレティア以上に金遣いが荒く、目についたものが片っ端からほしくなる性質らしい。
『サーラなら、兄上が相手でも金を融通させていたぞ』
とまるでレティアの交渉力が低いかのように文句を言われ、思わず『あんたの立場が低いんでしょ!?』と怒鳴りつけてしまった。
ダレルは呆気にとられてレティアを見るし、怒鳴り散らしたところで金が湧いて出るわけでもなし、アーネストとの約束を守るためにマイリット家が懐を痛めることを余儀なくされた。
そのうえ両親がサーラに王都に戻るように手紙を書いたと知って、レティアは激怒した。
『余計なことをしないで!! こうなったのは全部お姉様のせいなのよ!! お姉様が戻ってきたらもっとめちゃくちゃにされるわ!!』
サーラを王都へ戻すなんて冗談ではない。そんなことをしたらサーラは次期王太子妃の椅子に収まって、ダレルとレティアにあれこれと指図をしだす。
『レティア……レティア、ごめんなさい』
『だが、もうこれ以上は金がないのだ。使用人も減らさなくてはならない』
両親はおろおろとするばかり。
(まるで、お姉様に嫌がらせをされているみたいだわ……)
自分のしたことを棚にあげて、レティアは唇を噛んでいたのだった。
そうした気持ちは、ちやほやされたおかげで上向いてきた。物事も前向きに考えられるようになってきた。
(お姉様は結婚してしまったんだもの、アーネスト殿下といえども、無理に離婚なんてさせられないはずよ)
それに、生真面目なアーネストは、このデリケートな問題については直接ベネディクトとサーラのふたりに会って話をしなければならないと考えている。
しかしその考えとは裏腹に、アーネストはしばらく王都を離れられない。
……ダレルやレティアのためた仕事が、アーネストへ行っているからである。
(時間はまだあるわ。きっとなにかいい案を思いつくはず。わたくしが嫌な思いをしてばかりなんておかしいものね)
晩餐会の帰り、馬車の窓からきらびやかな王都の夜景を眺めながら、レティアはほほえんだ。
そして、そんなレティアの期待に応えるように、ゼンコールド領からの報せが届いた。
*
アーネストに叱られないように、という消極的な理由でダレルの執務室を訪れたレティアは、興奮した表情のダレルに迎えられた。
「見ろ、レティア! ゼンコールド領からの書状だ。魔獣の増加に対して土壌の魔力は増加傾向になく、高位魔獣の接近が見込まれる、と」
「高位魔獣……って、ドラゴンのような魔獣のことですよね? 十二年前に王都を襲った……」
青ざめるレティアを、ダレルは「フン」と鼻で笑った。
「なんだ、レティア。怖がっているのか? バカだな、俺を誰だと思っている。サラマンダーを倒した男だぞ」
サラマンダーは、火竜の幼体と言われ、全長2メートルほどの大きなトカゲ型の魔獣だ。
火球を吐き、皮膚も硬いが、動きは鈍い。
自信たっぷりのダレルに、レティアもうろたえていた表情をゆるめた。
「いいか、これはチャンスだ。事務仕事では俺の真価は発揮できない。そもそも第二王子の本分は軍事だ。兄上が外交を担当されているように、俺の担当は騎士団の統率。兄上にそのことをわかっていただくのだ」
「……つまり、どういうことですか?」
書類仕事がしたくない、という意味であることはレティアにもわかる。
しかしアーネストが納得する成果を、どのようにあげるのか。
「魔獣の討伐だ!!」
首をかしげるレティアの肩をつかみ、ダレルはにんまりと笑った。
「王国最強の剣士である俺と、聖魔法の使い手であるお前がいれば、上位魔獣も目じゃない。『救国の英雄』だとか言って十年以上も前の功績をいまだにありがたがっているやつらに、そのことをわからせてやるんだ!」
レティアにもようやくダレルの言いたいことが理解できた。
なるほど、ゼンコールド公爵は領地にこもりきりで、顔を見たのはダレルの晩餐会が初めてだった。
魔獣討伐という理由があれば、王宮の仕事はしなくてもよいのだ。
「それにな、サーラのことも解決するぞ」
ダレルはさらに笑みを深くした。
「あいつは『加護なし』だ。魔獣討伐の役に立つはずがない。ゼンコールド領では除け者にされているだろう。いざとなれば力づくで脅してやればいいさ」
唇を歪めるダレルに、レティアの目元も徐々にゆるんできた。
「王都へ戻るなと言うのですね」
「逆らえば魔獣と同じ道をたどるぞと言えば、震えあがるだろうな」
脅しなど、いまさらサーラにとってなんの意味も持たないのだが。
そんなことも知らずに、ふたりは顔を見合わせて笑った。




