29.ブーちゃんとの1日
ブーちゃんの登場で、私の1日はわずかながら変化を得た。
まず、起床。
毎朝リシャが私を起こしにきて、紅茶を淹れ、身支度を整えてくれるのだけれど、そのリシャの盆に野菜をのせたお皿が追加された。
「おはようございます、奥様。お着替えを手伝わせていただきます」
私が顔を洗い、リシャに髪を整えてもらったりドレスを着たりする隣で、ブーちゃんのバスケットからは「シャリシャリシャリシャリ……」と小気味のよい音が聞こえてくる。
初めての日の朝は身支度のあいだブーちゃんを待たせていたら、力強い足踏みの音が止まらず、バスケットが壊れるかと思った。
ウサギは要求がある時や怒りを表す際、後ろ足をダンダンと踏み鳴らすそうだ。
慌ててリシャに野菜を持ってきてもらったら収まったので、お腹が空いていたみたい。
「お待たせ、さあ行きましょう」
着替えをすませた私は、ブーちゃんを抱きあげる。
ブーちゃんは顔をつきだして花瓶に活けてある花の香りを嗅いだ。食べ物ではないとわかっているみたいで、口は閉じたまま、じーっと、長い毛の奥から花を見つめている。
「これはね、ベネディクト様のくださったお花よ。とってもきれいだったの」
あれからもう1週間以上がたつ。
花は徐々にしおれて、花びらも色あせてきた。それでもなんとなく捨てることができずに、飾り続けている。
ブーちゃんは私を見上げ、よくわからないというように首をかしげた。
*
朝食はいつもどおり、食堂でみんないっしょのビュッフェ形式。ただし私の席の隣にはブーちゃん用のバスケットが置かれ、中には野菜の盛りあわせが用意されている。
ブーちゃんはプゥプゥと鼻を鳴らして野菜にかじりついた。
「ブーちゃんじゃなくて、プーちゃんにしたらよかったかしら」
「どっちもどっちかと思いますが……」
ジェイスに苦笑いをされてしまったけれど、あなたもブーちゃんに骨抜きなのは知っているわよ。
いまも撫でようとバスケットに手を入れては「ブゥウッ!」と威嚇されている。足ダンつきなので、食事の邪魔は大罪のようだ。
「ほれ、野菜のおかわりですよ」
「よく食べるわねえ、おいしいでしょう」
「ププゥ!」
デルクとカレンがやってきて野菜を入れると、ブーちゃんは鼻と尻尾をぴこぴこ動かしてよろこんだ。
このふたりのことは覚えたようで、近づくだけで大歓迎。
ウサギってかしこいのね。
食事のあとは畑仕事。
これまでは午前中を仕事の時間にしていたけれど、入れ替えることにした。
私が畑に水をまいたり雑草を抜いたりしているあいだ、ブーちゃんは散歩がわりに周囲を散策する。
お腹がいっぱいなおかげか、野菜を荒らすこともしない。
しばらく作業をしていたら、屋敷の裏口が開いて、リシャが布袋を両腕に抱えて出てきた。
「奥様ー! 肥料の追加お待たせしました――」
「あっ、だめよ、そのあたりは土を耕したばかりだから……!」
「きゃああああ!!」
私の忠告は遅かった。
リシャが横切ろうとした区画は、次の苗のために土を掘り起こして肥料をまぜていた場所。根菜や根がよく育つように、土はふかふか。
重い肥料で両手のふさがっているリシャは、ブーツごとずぼりと土に足を突っ込んでバランスを崩し、畑に尻もちをついた。
私も慌てて駆けよる。
「あっ、ひ、肥料が」
「いいわ。それより足は大丈夫? 土から抜ける?」
「はい、大丈夫で――痛っ!」
足を引いたリシャが顔をしかめる。
やはり足をひねったらしい。さっきのよろけ方、危ないと思ったのよ……。
「待ってて、人を呼ぶから」
そう言って私が立ちあがった時だった。
ぴょこん、と私の後ろから顔を出したブーちゃんが、リシャの足にこつんと額をあわせた。
「プキュッ」
そんな、かけ声のような声を発したと同時に、ブーちゃんの白く長い毛が光り輝いた……ような気がした。
「え?」
私はぱちぱちと目を瞬かせた。
(これは――?)
確かめる前にリシャが「あれっ」と声をあげた。
「痛くありません! そこまでひどくなかったのかも」
その言葉どおり、リシャは自分で立ちあがると、落としてしまった肥料を抱え直した。
「お騒がせしました」
「本当に大丈夫? さっきはとても痛がっていたようだけれど」
「痛い気がしたんですが……今はもう大丈夫です」
リシャは足首を動かし、ブーツの爪先をあちこちに向けてみせた。たしかに、思ったほどではないみたい。
(一瞬、ブーちゃんが魔法を使ったのかと思ったわ……そんなわけないか)
回復魔法は聖魔法だ。ブーちゃんが魔力を持つ魔獣だとしても、使えるのは攻撃魔法で回復魔法は使えない。
(光ったように見えたのも、白い毛がおひさまに反射したのかしら)
「奥様、肥料はどこにまけばいいですか?」
「ああ、それはね、こっちの区画に」
リシャに話しかけられて、私は我に返った。
ブーちゃんはいつのまにか白いお尻を向けて別の畑を覗いている。
しばらくふりふりと揺れる尻尾を眺めていたけれど、ブーちゃんはもう光らなかった。
*
「やっぱり、勘違いかしらね」
1日の仕事を終え、寝る支度をして部屋に戻った私は、ブーちゃんをバスケットに帰した。ブーちゃんはすぐに毛布のところへ行き丸くなる。
顔や長い耳が見えなくなってしまうと、本当に丸い毛玉だ。
「おやすみ、ブーちゃん」
「プゥ……」
ひと声お返事をしてくれたブーちゃんは、そのままプクククク……と寝息を立て始めた。
(……やっぱり、プーちゃんのほうがよかったかしら?)
かわいらしい寝息に頬をゆるめつつ私もベッドに入ろうとして、ふと気づく。
「ベネディクト様のお花が元気になってる……」
力なくうなだれていた花が、色つやを取り戻していた。花びらも瑞々しく張っている。
今日はよく晴れていたから、日中の日当たりがよかったのかもしれない。
いまはいないベネディクト様を思いだし、私はそっと花を撫でた。
昨日、連載中ランキング週間2位と書いたのですが、今日1位でしたー!
初の快挙!ありがとうございます!スクショしました☆




