28.新商品
キッチンで野菜をたっぷり食べさせてもらったブーちゃんは、感激してプゥプゥと鼻を鳴らしていた。
私の部屋に行き、大きめのバスケットを用意して毛布を敷くと、くつろいだように横になった。トイレ用にとワラを入れた器を隅に置いたらすぐに使い始めたので、やっぱり飼われていたウサギのようだ。
「明日、町へ行くから聞いてみるわね」
「ブ?」
ひとまず手紙については忘れることにした。
またベネディクト様が戻られたら相談しましょう。
*
翌日の午後は魔道具工房へ行ってルクマイヤに会った。
仕事が増え職人が増えた工房は以前よりも活気に満ちていた。
今では私が工房へ行くたびに従業員全員が勢揃いして、
「サーラ様、いらっしゃいませえっ!!」
と迎えてくれる。
客に対する態度を、とは言ったけれど、ここまではしなくていい……。
「本日はどのようなご用でしょうか」
「素材を見にきたの。ドリスに聞いたら、まだあまり卸していないようだったから」
ドリスはゼンコールド家御用達のコンラッド商会の副会長で、罠を作るとなった時に魔物の素材回収を魔道具工房に譲ってもらった。
魔道具工房に素材自体の販売網がなければコンラッド商会に卸すはずだが、まだ量は少ないらしい。
「はい、素材はこちらに」
ルクマイヤに案内され、私は受付の隣の部屋に入った。以前には試作品の罠が置かれていた部屋だ。
足を踏み入れた途端、キラキラと眩しく輝くものに私は目を細めた。
「これは……魔狼の毛皮?」
積みあげられているのは大量の毛皮。艶のある濃い銀は魔狼のもの。
手をのばして触れると、毛並みは意外にもやわらかく、繊細だ。
「罠で捕獲できるようになったために、これまでより質のいい毛皮が大量にとれるようになりまして。これをこのまま流通させると素材全体の値崩れが起きてしまうので、いったんここで保管しています」
「たしかに、この量は……」
罠が稼働したのはここ数か月のこと。なのに毛皮は部屋を埋め尽くすほどにある。
裏を返せば、罠が開発されるまでは人力でこの量の魔狼を処理していたのだ。ベネディクト様も屋敷に帰れないはず。
「ここまでのものとは我々も知りませんでした。ゼンコールド領には魔鉱脈があるのですか?」
「いえ、ないはずよ」
「では新しくできたのかもしれません。自然の魔力は流れますから、時々大きな規模の変動が起こります」
魔鉱脈は魔石の鉱脈のこと。
自然の魔力の流れが増加したり滞ったりしてひとつの場所に溜まると、そこに魔石の鉱脈ができる。
魔石は魔獣からもとれるが数百匹にひとつという希少な確率で、魔道具などに使われる魔石はほとんどが魔鉱脈から採掘されたものだ。
重要な資源だから、魔獣増加の原因が魔鉱脈の出現なら、嬉しいことでもあるけれど……。
「ベネディクト様と話してみるわ。それで、今日の用事はこっち」
私は数枚の紙をさしだした。
描いてあるのは、ドレス姿の女性。絵心はあまりないけれど、これはイメージ図なので許してほしい。
「ドレス……ではなく、毛皮の製品ですか」
「そうなの。まだ素材を売っていないなら間に合うかと思って。前に新商品を考えてほしいと言っていたでしょ?」
レティアや実家のことはいろいろと頭の痛い話ではあるけれども、事実だけを考えてみる。
王都では、サンドバーグ公爵夫人の毛皮をあしらったドレスが注目を集めた。その後、レティアとサンドバーグ夫人の社交界派閥争いとも呼べる事態が勃発し、宝飾品が大量輸入された。
ただ、結局のところ毛皮のドレスはサンドバーグ夫人しか持っていないのだ。
「ここで毛皮製品を売り出すことができれば、王都で話題になるのは間違いなしよ」
「それはそうですが……我が国には毛皮でドレスを仕立てるような技術はありません」
そう、毛皮付きのドレスは国内の技術では作ることができず、シャデリア王国から輸入するしかない。
「だから、私の案はドレスの上からつけられるマフラーやケープ型のものよ」
「しかしそれでは、目新しさは魔狼の毛皮というだけに」
ルクマイヤが渋い顔で私を見る。
実物を見れば美しく、これまでは希少な素材だったとはいえ、貴族の魔獣に対するイメージは悪い。
魔狼の毛皮と聞いて、めずらしいからというだけで買う貴族はいないだろう。
「それも考えてはいるの。あのね、毛皮をこうして……これで、売り文句を……」
「はあ、なるほど……ふむふむ、それなら……」
私の説明に、ルクマイヤも一応の納得をしてくれたようだ。
「わかりました、作ってみましょう」
とイメージ図を受けとってくれた。
うまくいけば、余ってしまっている魔狼の毛皮を値崩れを回避しつつ流通させることができる。
「そうだ、それから、白いもこもこのウサギを逃がしてしまったという人はいないかしら?」
ここへ来たもうひとつの用事を思いだして、私は言った。
魔道具工房の職人なら変わったペットを飼っていてもおかしくない。最近王都からも人が来たから、そのうちの誰かかと思ったのだ。
「ウサギですか? いえ、そんな話はありませんが……」
けれど、ルクマイヤは首をかしげるだけだった。
「この子よ」
私は持ってきていたバスケットからブーちゃんを抱きあげて見せた。
眠っているところを起こされて、ブーちゃんは「ブウウゥゥ」と不機嫌そうなうなり声をあげる。
「ウサギ……ですか……?」
『これが?』と言いたげな微妙な顔で、ルクマイヤがブーちゃんを見つめる。ブーちゃんも目つき悪くルクマイヤを睨み返す。
「うちの畑で拾ったのよ。人によく慣れているから、誰かが飼っていたのだと思うの」
「皆に聞いてみましょう」
「お願い」
私が言うと、ルクマイヤがくるりと工房を振り向き、叫んだ。
「おーい、皆の衆!! サーラ様のお呼びだぞ!!!!」
そのひと声で、
「はい、ただいま!」
「すぐに!」
「おい、サーラ様のお呼びだぞ!!」
……などと声が重なり、工房からわらわらと人が出てきて整列した。
あとで心当たりを聞いてくれるくらいでよかったのに……。
「新しい魔獣ですか? 素材の確認を?」
「いえ、ウサギよ。ニンジンや野菜を食べたから」
「では魔獣ではないでしょうが……ウサギ……?」
「ウサギ……?」
皆がルクマイヤと同じような怪訝な顔をする。
残念ながら、ブーちゃんの飼い主だという人はいなかった。ここが一番可能性が高いと思ったのにな。
「ありがとう。もう帰るわね」
「皆の衆!! サーラ様のお帰りだ!!」
「またお越しくださいませえっ!!」
帰りがけ、皆はそのまま店の外まで出てお辞儀をして見送ってくれた。
うん、やめてほしい……。
週間連載中ランキング2位になりました~!
ありがとうございます ୧(˃◡˂)୨ 感謝!
ストックなくなりそうですが毎日更新できるようにがんばります…!




