27.見なかったことにしましょう
王都からなにか言ってくるだろうとは予想していた。もともと私がベネディクト様にくっついてゼンコールド領へやってきたのは、ダレル殿下やレティアに手伝いを命じられるのが嫌だったからなのだし。
けれど、実家から直接の手紙がくるとは予想外だった。
(読みたくない……読みたくないけれど、読まないわけにはいかないわよね)
覚悟を決め、私はえいやっと手紙を開く。
時候の挨拶もなにもない手紙はいたって短く、私はすぐに内容を把握することができた。
『サーラ、すぐに王都へ戻ってこい!』から始まる、恐ろしい手紙だ。
前半は、『マイリット家の事業がうまくいかなくなってきた』という愚痴……ではなく、おそらくこれは助けを求められているらしい。
『お前が急に王都を出ていったせいだ』とかなんとか書かれているのは、私には事業を助ける義務があるという主張なのだろう。
後半は、『ダレル殿下が支払うはずだった宝飾品の代金を肩代わりしたところ、家計が火の車になった』という愚痴……ではなくこれも助けを求められているのよね? 助けてもらおうとする態度じゃないけれど。
しかも、『アーネスト殿下からも叱責を受けた。意味がわからない』とも書かれている。
手紙は最後に、『このままではお前は帰る家を失うだろう』と結ばれていた。
もちろん帰る気はない。
(宝飾品って、シャデリア王国から買ったというものよね? もしかしてダレル殿下、国庫からお金を出したんじゃ……? それをアーネスト殿下が見咎めて、マイリット家が支払いを……?)
私が王宮にいたときには、ダレル殿下の『ノリクソ案』は私がブロックするか、アーネスト殿下にも納得のいくような提案に整えて表に出していた。
しかし私が婚約破棄されて王都から去り、レティアが婚約者となったことで、『ノリクソ案』は2倍に、止められる人間はいなくなった。
ちなみにアーネスト殿下は、ベネディクト様から疲れによるのんびり感を抜いたような人物である。
つまり、自ら先陣を切って働き続け、文句ひとつ言わず、疲れた様子も見せず、国のためとあらばどんな判断でもくだす方。
私から見たアーネスト殿下は、『ちょっと怖いけど頼れる、上司の上司』的存在だったのだが……。
「だ、ダダ流れ『ノリクソ案』がアーネスト殿下に……ッ!!」
それはガッツリこってり叱られただろう。というかアーネスト殿下なら、ダレル殿下を勘当くらいするかもしれない。国王陛下もアーネスト殿下には頭があがらない。
婚約破棄の解放感でダレル殿下の将来などどうでもよくなってしまったために、その可能性をすっかり失念していた。
「奥様!! 奥様しっかりしてください!! いったいなにが書かれていたんですか!?」
思わず手紙を抱えて廊下に突っ伏した私を、リシャが泣きそうな顔で揺さぶる。
「あ、ごめんなさい。大丈夫よ……数か月ぶりのノリクソを浴びて意識が遠くなってしまっただけ。最近は浴びてなかったから、デトックスされたかわりに耐性も弱くなっていたみたい」
「なんですか、ノリクソって……怖い魔法ですか。王都では手紙に魔法を仕込むんですか」
リシャが涙目でぷるぷる震えてしまっている。
「いえ、まあ早い話が、実家が没落寸前みたいで」
アーネスト殿下のことはいったん置くことにして、私は手紙の内容をリシャに伝えた。
「そ、それは大変じゃないですか!」
「大変……かしらね。帰るつもりのない家だけれど、没落したら私にも影響が出るかしら……爵位没収後の事後処理くらいならよろこんでやるけれど……」
犯罪行為に手を染めた、などであれば血縁者である私も罪に問われる可能性があるが、経営不振による没落ならすでにゼンコールド公爵の妻となった私には責任がないはずだ。
もともとあの家は私の家じゃない。レティアの家だ。両親も、とうにレティアだけのものになっていた。
寂しさや悲しさは、すでにさんざん味わった。マイリット家そのものにはもう未練も愛着もない。
複雑な表情を浮かべてしまっていたのだろう、リシャが困った顔になる。
「ごめんなさい、こんなこと言われても――」
「見なかったことにしましょう」
仕方がないわよね、と立ちあがろうとした私の手を、リシャが握った。重なった手の中で手紙がくしゃりと丸まる。
「え?」
「手紙はしばらく……そうですね、半月ほど放置します。それから返事を書きます。『手紙の入った荷物が魔獣に襲われ、幸いほかに被害は出なかったものの、手紙が喰われてしまった』と」
「魔獣に……」
魔獣の生態を知っていればそれは嘘だとわかる。魔獣は魔力を狙って襲いかかるから、人間も馬も無視して手紙を食べるなんてことはない。
けれど……。
「うちの両親なら、いけるかも……」
「嘘だとわかっても、『嘘つけ!』って返事が来るまでにさらに半月かかりますから。その頃には相手が面倒になって返事が来ないこともあるんです。ベネディクト様がときどき使っていらっしゃる手です」
「ベネディクト様……」
ベネディクト様、ダレル殿下の招集には応じていたけれど、そういうちょっとズルいこともするのね。
リシャは他家とのやりとりを任されているから、そうしたことも知っているのだ。
アリ、かもしれない……。
いえでも、それではゼンコールド家を巻き込むことになる。やっぱりナシだわ。
「……奥様は言ってくださったじゃないですか、『私の居場所はここ』って」
考え込んでいたら、リシャの震える声が聞こえて、私は顔をあげた。
座り込んだ私にあわせて座り込んだまま、リシャは涙ににじんだ目で私を見つめている。
「私も、帰る家はありません。籍の上でつながってる人々も、家族ではありません。そんな私を、旦那様が拾ってくださいました」
「リシャ……」
「奥様は私たちをたくさん助けてくださいました。そんな奥様に、嫌な思いをしていただきたくないのです。返事は私が書きますから、そうしましょう」
私はロックベルさんの言葉を思いだした。
『俺も屋敷の使用人たちも、行く当てのなかったやつらだ』と彼は言っていた。リシャの事情を知っているのかはわからないけれど、ベネディクト様は多くの人々をふところに入れ、守ろうとしてきたのだろう。
そうして助けられた皆が、今度は私を助けてくれようとしている。
やはりゼンコールド家の人々はやさしい。
「ありがとう。でも、リシャが嘘をつくことはないわ。書くなら私が自分で返事を書きます。提案だけもらっておくわね」
私はにっこりと笑って、リシャの手をとった。私が立ちあがるとリシャもいっしょに立ちあがる。
真っ赤になっていた頬が徐々に落ち着いて、感情をあらわにしてしまったことが恥ずかしくなったのか、リシャが目を泳がせる。
「奥様……」
「さ、このハンカチを使って、リシャ」
涙を拭いたリシャに、私が笑いかけた時だった。
モシャッ、モシャモシャ。
足元から音がして、私とリシャは下を向く。
視線の先では、体を丸めたブーちゃんが、置きっぱなしにしていた手紙をすごい勢いで刻んでいた。
「手紙……食べられちゃったわね。いえ、巣材かしら……」
「そうですね……」
私とリシャは顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。
「まあ、しばらく返事は書かずにおきましょう。時には寝かせておくのも大切よね」
リシャの言うとおり、時間がたてば盛りあがっていた感情も落ち着き、面倒が勝つ場合もある。ダレル殿下のノリクソ案も、寝かせておけば勝手に飽きていた。
(それにしても、サンドバーグ公爵夫人の毛皮のドレスがとんだ騒ぎに……ん? 毛皮のドレス……これは、使えるかも)
ふと頭の片隅をよぎった閃きに、私は手を打った。




