26.家庭菜園への訪問者
ベネディクト様が送ってくださった花束は、
「このままでは花瓶にも活けられませんから」
と言うリシャの手によって分割された。
ベネディクト様のお人柄を表したような巨大な花束がなくなってしまったのは残念だけれど、屋敷中に飾られた花は空気を華やかにしてくれると、使用人の皆にも評判は上々。
「花を贈るという定番中の定番イベントもうまくこなせないとは……おいたわしや、旦那様」
「働きすぎてきた弊害がこんなところにも」
「これまでご令嬢とよい雰囲気になったことなど、ただの一度もありませんでしたからな……」
「急な結婚には驚きましたが、結婚でよかった」
「婚約だったら今頃どうなっていたか……」
ジェイスが古株の使用人たちと暗い顔をしてなにか話しあっている……と思ったらそこにまざっていたリシャが私のところへやってきた。
「あの……奥様。旦那様に愛想を尽かさないでくださいね。奥様のような方は引く手あまたでしょうが……奥様に捨てられたら、旦那様は再起不能だと思いますので」
「ええ……うん、はい?」
ダレル殿下から婚約破棄された私が引く手あまたなんてことはない。私がベネディクト様を捨てるなどということも、今のところ起きそうにない。だいたい拾ってもらったのは私のほう。
私の婚約破棄騒動はすでにゼンコールド領にも伝わっている。ルクマイヤが気まずい顔をしていたものね。
だから屋敷の皆の耳にも入っているはずなのに……あ、遠まわしに慰めてくれているのかしら。
「大丈夫よ。ベネディクト様には感謝しているし、私の居場所はここだもの。ベネディクト様から出ていけと言われない限りはここに置いてもらうわ」
「うーんこれは……脈アリですかね」
「ナシじゃないですかね……?」
私の返答に、ジェイスとリシャがまたこそこそと囁きあっている。
なんの話なのかしら?
*
数日後、ベネディクト様はまた騎士団の駐屯地をまわるのだと屋敷を出ていった。
私もいつもの生活に戻る。
午前中は家の仕事をして、使用人たちの様子を見る。最近ではもう困っていることはなさそうだ。
昼食をとったら午後は畑へ行く。
ベネディクト様がいらっしゃる数日間は、午前中の仕事も昼食もベネディクト様と同じ部屋で、午後はいっしょに町へ行ったり、ときどき畑仕事も手伝ってくださる。
だから、ベネディクト様が出かけたあとは少しだけ寂しい。
今回は屋敷じゅうに花があふれているから、その寂しさは軽減されているけれども。
(初めて屋敷に来た日は、初夜を放ったらかしていなくなってしまったベネディクト様に感謝したものだけれどね)
あのときのジェイスの顔を思いだして私はくすくすと笑った。
「さて、愛しのニンジンちゃんの様子はどうかしら――」
日よけの帽子をかぶり、エプロンと手袋をつけて裏口から庭へ出た私は、そのままぴたりと足を止めた。
畑の、私専用の区画に、白い大きな塊が落ちていたからだ。
いえ、落ちているのではない。
よく見ればそれはもぞもぞと動いていて、とくに動きの速い口元と思わしき場所からはポリポリポリポリという小気味のいい音とともに土から引っこ抜かれたニンジンが揺れている。
「わ、私のニンジンちゃんを、かじっている……!?」
思わず叫ぶと、ぱっと白い塊が振り向いた――。
のだと、思う。たぶん。
自信がないのは、その白い塊は本当に白い塊としか言いようがないくらいにもこもこで、丸い毛玉に鼻と口がついているだけだからだ。
耳は、たれ耳。目は、毛に覆われてよくわからない。
「……ウサギ……?」
「ブッ」
鼻を鳴らすような音がした。ウサギって、こんな声で鳴くの?
たしか、寒冷地にはこんなウサギがいると、本で読んだけれど……ゼンコールド領は、こんなにもこもこしていなければ生きていけないほどの寒冷地ではない。
暫定ウサギのもこもこ毛玉は、毛の向こうからじっと私を見つめているようだった。
と思ったら、私を見つめたままニンジンをかじり始めた。
「かわいいけど、ふてぶてしいわね……!?」
「ブッ」
また鼻を鳴らされた。これ、どういう意味だろう。
「……お腹がすいているの?」
「クゥ」
返事が変わった。まるで、こっちの言葉がわかるみたい。
変わった毛並みといい、このふてぶてしさといい、野生ではないと思う。どこかで飼われていたウサギが逃げだしたのかしら。
「まさか、魔獣じゃないわよね……魔獣が野菜を食べるなんて聞いたことがないし」
魔獣は魔力に惹きつけられる。だから少なからず魔力を持っている人間を襲うのだし、人の多い町へやってくるのだ。
人間の次に襲われやすいのは体が大きく動きの穏やかな家畜で、植物には見向きもしない。そうでなければ、魔獣の湧く国境沿いの山や森はあっという間に丸裸になってしまう。
「ひとまず今は私のニンジンちゃんを……おいしいでしょ? 土からこだわった一級品だもの。でもその一本だけにしておいてね」
「ブブッ」
「うちで保護してもいいかしら。畑からとらずにキッチンへ行けば、キャベツやレタスもあるわよ。デルクの野菜は私のよりおいしいわ」
「! キュイッ」
白ウサギはピクッと鼻を動かすと、立ちあがって私のところへやってきた。ちなみにニンジンはすでに跡形もなく食べ尽くされている。
「本当に言葉がわかるみたいな反応ね」
やっぱり飼われていたのでしょうね。『キャベツ』や『レタス』の音の響きがわかるくらいには人間に慣れている。
私はニンジンの様子を見て、畑に水をやった。ウサギが掘り返してしまったところは土をならし、ほかのニンジンに傷がないかをチェックする。
「うん、ほかには傷もないし、倒れてもいない。意外とお行儀がいいじゃない、ブーちゃん」
「ブブッ!?」
「あなたの暫定的な名前よ。さ、いくわよ」
「ブー!!」
抱きあげたブーちゃんが暴れ始めたけれど、引っかかれたりすることもない。やはりお行儀のいいウサギのようだ。
私はブーちゃんを抱きあげて、屋敷へ戻った。
*
裏口から屋敷へ入り、ブーちゃんをおろして汚れた手袋やエプロン外していると、リシャがやってきた。
そういえば、ブーちゃんはこんなに毛が長いのに土で汚れていない。口のまわりにニンジンの食べかすがあるだけだ。
「遅くなりまして……あら、もう畑はおしまいですか? いつもよりお早いですね。それに、その……?」
「ウサギよ。飼われていたのが逃げだしたのだと思うの。この子をうちで預かろうと思って、今日は早めに終わりにしたの。名前はブーちゃんにしたわ」
「ブーちゃん……」
リシャが残念そうな目でブーちゃんを見た。けれど、
「ブッ」
「……ブーちゃんですね」
ブーちゃんの不満げな鳴き声は、逆にリシャを納得させることになってしまった。
「……」
無言のブーちゃんがリシャを見上げる。
「納得のいかないような顔をしている気がしますね、ウサギなのに」
「不思議な見た目のウサギよね。きっと飼い主はさがしているわ」
「いけません、つい忘れていました。奥様にお手紙が」
はっと気づいた顔になったリシャが手に持っていた封筒をさしだす。
「奥様のご実家、マイリット侯爵家からです」
「ウギャッ」
私は思わず、公爵夫人にあるまじき悲鳴をあげた。
……今度は私が、ブーちゃんのような顔になってしまっていることだろう。




