25.腕いっぱいの花
険しいお顔で次の帰宅を約束してくださったベネディクト様だけれど、不安は杞憂だったようだ。
「罠が想像以上にうまく動作している」
そんな嬉しい報せとともに、ひと月もたたないうちに屋敷に戻ってきてくださったのだ。
湯を浴びてさっぱりとしたベネディクト様は、用意した軽食をつまみながら、さっそく私に屋敷を離れていたあいだの話をしてくださった。
「これまで捕捉の難しかった小型魔獣に加え、狙っていた魔狼も捕獲可能なことがわかった。毎日の罠の見まわりならシフトが組めるし、逃した魔獣の対処もこれまでより少ない人数で当たれる」
罠は私の予想を超えて効果を表したようだ。
「私にとってもよろこばしいお話です」
私は魔力のない『加護なし』だから、ベネディクト様と魔獣の討伐に出たり、自分で魔道具を作ったりはできない。けれど、少しでもベネディクト様のお役に立てるなら嬉しい。
思わず笑顔になった私に、ベネディクト様もほほえんでくださった。
けれど、すぐにその表情は真剣なものになる。
「サーラ」
「はい、ベネディクト様?」
背すじをのばしたベネディクト様が、正面から私を見つめる。
「ゼンコールド公爵家当主として、君に礼を言う。ありがとう。君がいなければ俺は自分の誤りにも気づけないまま、やみくもに魔獣たちと戦い続ける日々を送っていただろう」
「そんな……」
「……部下たちに言われたんだ。これでひと息つけますね、と」
ぽつりと落ちた声には、様々な感情がにじんでいた。
照れてゆるんでいた表情を、私も引きしめる。
「君の言うとおりだった。俺は自分と同じ働きを部下に求めたつもりはなかった。だが、部下たちからすれば無理をしていたんだろう」
兵士たちがひと息つけると言ったのは、ベネディクト様が休めることをよろこんだのだ。
ただ、そのひと言でベネディクト様は気づいた。
自分が休んでいないことを、部下たちが気に病んでいたのだと。
……まあ、当然気になるわよね、団長が魔獣討伐から戻ったその直後から、事務作業までこなしていたら……。
手伝えと言われなかったとしても申し訳ない気持ちになる。
「人間、切羽詰まると視野が狭くなるものだな」
「どうしようもなかったと思いますよ。領主がベネディクト様でなければ、ゼンコールド領はもっとひどいことになっていたでしょうから」
ベネディクト様の強さと統率力と処理能力と……とにかくいろんなもののおかげでゼンコールド領は発展した。
ほかの誰かだったら、赤字真っ逆さまだったのではないかしら。
ベネディクト様だから耐えられた……耐えてしまった、とも言えるけれど。
「そう言ってもらえると気が楽になるな。ありがとう。それで……実は、君に渡すものが」
ベネディクト様は小さく咳払いをすると、ちらりとドアを見た。心なしか頬が赤い気がする。
「私に、ですか?」
「そうだ。――ジェイス、リシャ」
ベネディクト様が呼ぶと、ドアが開き、ジェイスとリシャが現れ……るかと思いきや、ジェイスもリシャも、見えなかった。
見えたのは、顔まで覆いつくすほどの腕いっぱいの花束を抱えた、執事服の男性と、侍女服の女性。
……うん、体はジェイスとリシャね。上半身は花に埋もれて見えないけれど……。
ベネディクト様は、ジェイスから花束を受けとると私にさしだした。
100本どころではないような量だ。
「感謝の気持ちに……受けとってほしい」
「ありがとうございます」
受けとろうとしたら、重すぎてよろけてしまった。ベネディクト様が支えてくださって事なきを得たけれど、なぜかベネディクト様はますます顔を赤くしてしまった。
「すまない。リシャのものなら持てるだろう。ひとまわり小さい」
「そうですね、なんとか……どうしたのですか、これ」
さすが騎士団長のベネディクト様は、片手で軽々とジェイスの持っていた花束を持ち、もう片手にリシャの持っていた花束を持って私にさしだしてくださる。
たしかにふたつめの花束のほうがひとまわり小さく、花も小ぶりなものばかりで軽かった。
それにしてもこれ、どうやって留めてあるんだろう……?
「帰りに町に寄ったんだ。君に花を贈ろうと思って……このあたりは騎士や兵士ばかりで花を買う者は少ないから、花屋も一軒しかない。それで」
花屋を訪れたベネディクト様は、
『妻に感謝の気持ちを表したい。ありったけの花をくれ』
と言ったそうだ。
「店主が泣いてよろこぶから何事かと思えば、どうやら発注を間違えたようでな……」
祭りでもないのにいつもの何倍もの量を仕入れてしまったらしい。
そこへ思いきりのいい注文をしたベネディクト様が、ほとんど全部を買いあげてきた、と。
「廊下にもまだありますよ」
リシャに言われてドアから顔を出せば、廊下のあちこちに桶が置かれ、花が入れてあった。
「ちょっとやそっとの花束では感謝を伝えきれないと思って、本数を指定することができず、悩んでいるうちに口が『ありったけ』と……サーラ?」
「ふ、ふふ……っ」
耐えられなくなった私は思わずふきだしてしまった。
ベネディクト様はいまだに大きなほうの花束を抱えている。
背が高いので花に隠れてしまうことはないベネディクト様が、困ったように目を泳がせているのが面白くて、つい。
「ありがとうございます、ベネディクト様。嬉しいです――ふふっ」
笑いが抑えきれず、目に涙を浮かべながら私は言った。
花を贈られるなんて初めてのことだ。しかもこんなにたくさん、持ちきれないくらいの花束を。
ゼンコールド領に来てから、初めての、嬉しいことばかりが起きる。
「そうか……よかった」
まだ笑いの止まらない私を見て、ベネディクト様もほっとしたように息をついた。




