24.休暇(?)
屋敷にいるあいだ、ベネディクト様は穏やかな日々をすごすことができたようだ。
午前中は私といっしょに書斎で仕事。私は帳簿をつけ、軽く書類の確認。ベネディクト様は領主にしかできない決裁や裁定などをこなす。
ふたりでやれば2時間もかからずに終わってしまうから、あとは本を読んだり、鍛錬をしたり、私の畑仕事を手伝ってくださったりした。
はりきったルクマイヤが3日で試作品を増産したので、罠の設置にも行くことができた。
「たまった仕事が片付いていく……これが、休暇か……」
「そうです、これが休暇なんです!」
「いえ、旦那様も奥様も働いていらっしゃるので厳密には休暇ではないと思いますよ」
感動の声をあげるベネディクト様に頷いていたら、ジェイスから冷静な指摘を受けてしまった。
*
休暇の最終日にはまた町へおりた。
行き先は武具店だという。ベネディクト様が抱えていらっしゃる箱の中身は、武具なのかしら。
「俺が騎士団で見習いをしていた頃の仲間でな。騎士は引退したが、こうしてゼンコールド領で武具店を営んでくれている」
「それはありがたいご縁ですね」
見習いの頃からということはベネディクト様が公爵になる前からの付き合いになる。気の置けない友人なのだろう。
店には『ロックベル武具店』と看板が掲げられ、大きくとられた窓からは剣や鎧の並ぶ店内が見える。
カランカランとドアベルが鳴ると同時に、店の奥で書き物をしていた人物が顔をあげた。
「おお、ベネディクト! ――ベネディクト? ……ああ、うん、ベネディクトだよな。似た別人かと思ったぞ。久しぶりだな!」
立ちあがりこちらへ歩みよりながら、笑顔に怪訝な表情を挟み込んでいたこの方が、ロックベルさんなのだろう。
ルクマイヤと同じリアクションをされ、ベネディクト様が、
「俺はそんなにくたびれていたのか……?」
となんともいえない顔つきになっている。
「駐屯地ではよく会うが、店に来たのなんか何年かぶりだろう。しかも顔色もよくなって、若返ったようだぞ! おかげで本当にベネディクトか一瞬悩んじまった。ワハハハ!!」
豪快な笑い声をあげ、ロックベルさんはベネディクト様の肩をバシバシと叩いた。
それからふと私に顔を向け、手をさしだす。
「おや、リシャ嬢かと思ったら違うご令嬢だな。また拾ってきたのか? 初めまして、申し遅れました。ロックベル・ガダンと申します」
「俺がなんでもかんでも拾っているように言うな」
「でも俺も屋敷の使用人たちも、行く当てのなかったやつらだろ。賢そうで美しいご令嬢だ、部下でなくて奥さんになってもらえばいいのに」
どうやらロックベルさんは話好きな方らしい。そのぶんあけすけすぎてデリカシーがないようだけれども……そういう気を遣わなくていいところが、ベネディクト様にはあっているのかも。
さしだされたロックベルさんの手を握り返してから、私はほほえんだ。
「どうも、サーラ・ゼンコールドです。ベネディクト様の妻になりました」
その瞬間、店内の時がぴたりと止まったようだった。
静寂のなかで、みるみるうちにロックベルさんの顔色が青くなっていく。
「え……つ、妻……?」
「はい」
そしてまあ、拾われたというのも間違いではない。
ロックベルさん、なかなかいい線をいっているのよね。ベネディクト様との長い付き合いがあるからだろう。
「公爵、夫人……?」
「はい」
「たいへんなご無礼を……」
「はい。でも私が公爵夫人ではなかったとしても、やはり無礼ですわ」
「ウグッ」
むしろリシャに今の発言をしていたら、女主人として私は本気で怒る。
笑顔で釘を刺すとロックベルさんは顔をひきつらせ、それからしおしおと肩を落とした。調子に乗りすぎるけれど、反省もできる人のようだ。
「申し訳ございません。深く反省いたします……」
「俺からも謝る。すまなかった」
なぜだかベネディクト様までしょんぼりしてしまった。
「こいつは騎士団にいた頃からこうで、上司と揉めて騎士団を飛びだしてな……」
「まあ」
「揉めた原因が俺だから恩もあるんだ。許してやってほしい」
「ベネディクト様がそんなふうに甘やかすのも原因では?」
「ングッ」
ズバッと言うと、今度はベネディクト様が表情をひきつらせる。
私も拾われて甘やかされた身なので強くは言えませんが……。
ベネディクト様、ご自分では否定されていたけれど、なんでもかんでも拾うタイプの人間だと思う。
そして自分ができるからと、どんどん自分への責任を増やしてしまうタイプでもある。
「ベネディクト様は周囲の人々に恵まれていると思います。それはベネディクト様がつないできた人の縁です。でもロックベルさんは三十路をすぎた大人ですから、その方の失言までご自身が被るのは違うと思いますよ」
「はい……」
「ごもっともです……」
「…………申し訳ありません、私も言いすぎました」
しゅん、と肩を落としてしまった成人男性ふたりに、だんだん私も罪悪感が湧いてきた。
これまで相手がダレル殿下で、「うるさい、口答えするな!」で終わっていたから、私も言葉が強いのかもしれない。
「いや、必要な意見だった。感謝する」
「そうです。ありがとうございました。……で、おふたりはどうしてここへ? 結婚の報告でもしにきてくれたんですか?」
ロックベルさんの口調がかしこまったものになる。礼儀正しくふるまうこともできるのだ。
私はベネディクト様を見た。ここへ来た理由は、ベネディクト様が知っている。
ベネディクト様は持っていた木箱に視線を落とした。
「ああ、そうだった。土壌の魔力調査をしたくてな」
「土壌の魔力調査を?」
そのひと言で、私もロックベルさんもベネディクト様の言わんとすることがわかった。
ここ数年のゼンコールド領を圧迫している魔獣の増加という現象。これまでベネディクト様は、騎士団を拡大し魔獣を討伐することで問題に対処してきた。
魔獣は放置すれば脅威になりえるから、即座に討伐せねばならない。ベネディクト様の判断は正しかったし、ベネディクト様が騎士団長でなければ問題は国レベルの大きさになっていたはずだ。
しかし、いつまでも対処療法ですごすわけにはいかない。
魔獣増加の根本原因をさぐらなければ――私が感じたことを、ベネディクト様もずっと考えていたのだろう。
忙しくてその余裕がなかっただけで。
「昨日、魔獣の多く発生する箇所に罠をしかけてきたんだ。ついでに土壌を採取してきた。これまではそんな暇もなかったからな……」
ベネディクト様が箱のふたを開けると、中から出てきたのはラベリングされたガラス瓶だった。中には土や砂利が詰まっている。
「はあ、なるほどな。土壌の魔力濃度を調べてみるんだな。わかった」
ロックベルさんはベネディクト様から箱ごとサンプルの土を受けとり、テーブルへ置いた。
「自然界の魔力は流れていくものだから、魔獣の増減はおかしなことではない。……だが、それにしても数が増えすぎているような気がしてな」
「調べてみるよ、任せておけ」
ベネディクト様の言葉にロックベルさんも頷いた。
*
こうして、ベネディクト様の休暇(?)は終わり、翌日の朝、私は使用人の皆とともに、屋敷をあとにするベネディクト様を見送った。
「次は月が変わる頃には帰ってきてくださいね」
「う、む……わかった」
(守れるか守れないかギリギリの約束に、とても険しいお顔をされていらっしゃる……)
それでも、無理だと即答されないだけましになったのだろう。
そう思っておくことにした。




