23.婚約破棄の裏側(レティア視点)
レティア(妹)視点になります!
レティアは浮かれていた。
王太子アーネストから直々の呼び出しを受けたからだ。
(アーネスト殿下が私の活躍を認めてくださったのね。王家をさしおいて公爵夫人ふぜいが社交界で偉そうな顔をするなんて、思いあがりもはなはだしいものね)
あのままではサンドバーグ公爵夫人はシャデリア王国とのつながりを盾に、社交界のリーダーになってしまうところだった。
それを食い止めた自分を評価してくれたのだ、とレティアは信じていた。
(それにしても、ダレル様には内密に、だなんて……)
届けられた手紙の文面を思いだし、レティアは抑えきれず頬をゆるませる。
(もしかして、アーネスト殿下も私のことを……? いけないわ、私にはダレル様がいらっしゃるのに……)
誰かが聞けば眉をひそめそうな想像をたくましくし、レティアはふふっと笑いを漏らす。
指定された部屋は王宮の奥にあった。人払いがされているのか、侍従もいない。
「アーネスト殿下? レティア、まいりました」
鼻にかかった甘えるような声で、レティアは部屋を覗き込み、
「よく来た。入りたまえ」
「……ッ」
室内から向けられた、刺すようなまなざしにたじろいだ。
思わず数歩下がったレティアに、「入りたまえ、と言った」と追い打ちのような低い声が飛んでくる。
室内のアーネストは輝く金髪をきっちりと揃えた髪型で、背すじを伸ばして立っていた。詰襟の服装とあいまって、王子というより軍人のようだ。
レティアには、アーネストの険のあるまなざしの理由がわからなかった。
これまでレティアは、行いを咎められたことなどなかったから。
「いったい――」
なんのご用でしょうか、と尋ねようとするレティアを遮って、アーネストの冷たい声が部屋に響いた。
「単刀直入に言おう、レティア嬢。君に国庫横領の疑いがかかっている」
「は?」
ぽかんと口を開けて間抜けな声をあげる、不敬に問われてもおかしくない態度をとったレティアだったが、アーネストがそれについてなにか言うことはなかった。
細かなことをいちいち咎めている場合ではないということだ。
「近ごろ君は、隣国から宝飾品を輸入し、親しい貴族たちに配った。だがその購入費用は国庫から出されたものだ」
「そ、それは、ダレル殿下に買っていただきましたから……当然では」
しどろもどろなレティアの言葉に、アーネストは片眉をあげる。
「国庫とは国の財源だ。王族といえども個人的な費用は個人の資産から出すべきだと法で決まっている。この国の貴族なのに、そんなことも知らないのか?」
レティアはぐっと息を詰めた。
知らなかったし、ダレルだって知らなかったに違いない。ダレルと婚約すれば王家の一員になったと同じ、金は使い放題になるのだと思っていた。ダレルもそれを否定しなかった。
「ダレルは、君にそそのかされた、と言っている。自分の資産では賄いきれないと説明したが、君がかんしゃくを起こし手がつけられなくなったため、一時的に借りるつもりで侍従に金の手配を命じた、と」
「な……っ!! それは真っ赤な嘘です、殿下!!」
あまりの言い様にレティアは声を荒らげる。
たしかに、シャデリアの毛皮が手に入らないのならかわりのものをなんとしてでも用意してくれとは言った。涙を見せ、不機嫌な声もあげたが――。
「ダレル様が、俺が用意してやると言ったのです! 以前からお姉様に――サーラに言いつければいくらでも金を用意していたから問題ない、と――……ッ!」
サーラの名を出した途端にアーネストのまなざしが鋭さを増したような気がして、レティアは身をすくめた。
「なるほどね……やはりダレルはサーラ嬢にすべてを押しつけていたのだな。財政に関する法すら知らないとは」
アーネストが目を細める。
ダレルには呼び出しのことを黙っているようにと言われた意味がわかった。
これは尋問なのだ。ダレルもまた、アーネストの詰問を受けたことはレティアには隠しておけと言われたのだろう。
「君たちに王族としての自覚も、責任を全うするだけの能力もない。その判断に私が行きついた場合、第二王子としての身分はダレルから剥奪――直轄領の一部でも与えて、そこで暮らしてもらうことになる」
「いっ、いえっ!」
レティアは慌てて首を振った。
「法は知っておりました。ダレル様のおっしゃるとおり、借りただけですわ。借りたお金は必ず国庫にお返しします」
知らないと言えば身分剥奪。知っていたと言えば横領――返すつもりだったと言うしかない。
冷や汗を流しながら言い募るレティアを、アーネストは細めたままの目で一瞥した。
「わかった。なら、ひと月以内には返すようにね。わずかでも遅れれば処罰の対象になる」
「はい。必ず。必ず……」
レティアはうつむき、焦りに歪んだ顔を隠した。
(お父様にお願いすればお金はなんとかなるはずよ。うちは事業が順調だっておっしゃっていたもの)
懸命に自分に言い聞かせ、落ち着きを取り戻したレティアは、顔をあげてアーネストに笑いかける。
この時もまだ、レティアは自分の魅力を信じていた。
仕事にまみれ必死に働いていた姉サーラとは違って、レティアは要領よく生きてきた。ダレルの命運がアーネストの手に握られているのなら、取り入っておくに越したことはない。
「今回はお手を煩わせてしまいましたが、王家の皆様のお役に立ちたいという思いは本物です。わたくしのこの、希少な聖魔法で……」
自分の価値はそこにあるのだと思いださせるように、レティアは両手を重ねた。その手を中心に、輝く光の輪のようなものが出現する。
これは、守護結界を作る魔法だ。結界は魔獣たちを跳ねのけ、中の人間を守る。
だが、アーネストはちらりと光の輪を見ただけで、ダレルのように手放しで褒めてくれはしなかった。
「ああ、その件も、本来ならば君を王宮へ呼びだして魔法試験をするつもりだったんだ。しかしダレルはどうしても君と結婚したかったんだろう……そしてどうしてもサーラ嬢が苦手だったと見える。ゼンコールド公爵には申し訳ないが」
「はい、ゼンコールド公爵は騎士道精神から、捨てられた姉を引きとったのですよね」
話がよく見えないままに、レティアはあいづちを打った。アーネストがゼンコールド公爵を不憫がっているのは、サーラを妻にする羽目になったからだと思ったのだ。
そんなレティアへ、アーネストはため息をついた。
「やはりなにも知らないのか。この際だから説明しておこう。実は私には婚約を予定していた相手がいた――シャデリア王国の王女だ。しかし彼女は最近、病を患ってね。隣国とはいえ異国へ嫁ぐのが心細くなってしまった。シャデリア国王もいまさら政略結婚などせずとも両国の友好関係は変わらないとも言ってくださったし、両国間で新しい条約も結ぶことになった」
「……はあ……?」
いったいなにを言っているのか、レティアにはまったく話が見えない。
第二王子の婚約者でありながら国どうしのやりとりを教えられていなかったことに問題はあるだろうが、自分に関わりがあるとは思えないのだ。
訝しむレティアを置いて、アーネストは淡々と語る。
「私の縁談は円満に白紙となり、国外から妻を得る必要はなくなった。同じ時期にダレルが君を新しい婚約者にしたいと言いだした。だから父上と母上は条件をふたつ出したんだ。しかしダレルはその条件を満たすことなく晩餐会を開き、無理やりに既成事実を作ってしまった」
レティアの脳裏に煮え切らない態度のダレルがよみがえった。
婚約破棄の場でも、国王の許可を得ているのかと尋ねたサーラに言葉を濁していたダレル。
「ひとつ目の条件は、先ほども言ったとおり君に魔法試験を受けさせること。そしてふたつ目は――サーラを私の婚約者とすること」
「お姉様を……!?」
レティアは目を見開いた。
「まさか、サーラが本当に結婚し、翌日には領地へ旅立ってしまうとは想定外だった。私も政務に追われてこんな時期になってしまったが、サーラはこの国に必要な存在だ」
アーネストは肩をすくめ、もう一度小さくため息をついた。
「せっかく妻を得たのに離婚してもらうことになる。ゼンコールド公爵によく詫びなければね」
アーネストの落ち着いた声が、レティアの耳に届いた。




