22.王都の噂
私の複雑な思いをよそに、ベネディクト様とルクマイヤは話し込んでいる。
「試作品を設置してみたいと思っております」
「ああ、俺もいくつか見当をつけてきた。近ごろ立て続けに魔獣が出た場所があってな」
「ではまずそこへ。魔獣が実際に出たかを調べるため、付近に感知器も設置します」
「感知器に反応があるのに罠にかからないのでは失敗ということだな」
「ええ。魔狼なんかが入ってほしいところですが、やつらは鼻がいいですからね。どうなるかはやってみなければわかりません」
「設置の際は俺に言ってくれ。騎士団で護衛をする」
「ありがとうございます」
話はうまくまとまったようだ。
ベネディクト様がルクマイヤに、印をつけた地図を手渡した。
ベネディクト様がこの時期に屋敷に戻ってこられたのはよかったのかもしれない。私が手紙を出した半月前に帰ってきても、まだ罠もできていないし、未整理の書類も残っていた。
「それにしても、半月で試作品を作りあげるなんて、ずいぶん早かったわね」
先ほどルクマイヤが自分で言ったとおり、この罠には工房長クラスの技術者が必要だ。
この早さ、ルクマイヤが専属担当していたとしか思えないのだけれど……。
「ああ、そこは事情もありまして……実は罠の試作を依頼されてすぐ、王都の本部から魔道具の出荷を減らすように通達を受けまして」
「出荷を減らす? なぜ?」
「いま、王都ではシャデリア王国の品を身につけるのが流行っているのですよ」
「シャデリア王国の?」
予期しない理由に私は首をかしげた。
「きっかけは、サンドバーグ公爵夫人がシャデリア王国で流行の毛皮のドレスを手に入れたことだそうで……」
ルクマイヤはなんともいえない顔になって経緯を説明し始めた。
サンドバーグ公爵はシャデリア王国との国境沿いに領地を持つ貴族だ。魔獣が湧くこちらの国境沿いとは違って、穏やかな大河で隔たれただけの国境は昔から交易も盛んで、シャデリア王国とも友好な関係を結べている。
異国の文化が流行るというのも宮廷ではよくあること。10年ほど前にもブランデル王国の絹織物が大流行した。
ただ、今回の経緯が少々特殊なのは、そこにふたつの国内貴族の争いが絡んでいるからだ。
「ダレル殿下の新しい婚約者であるレティア様が……サンドバーグ公爵夫人に対抗しようと毛皮のドレスを欲しがったようで。しかし手に入れることができず、かわりにシャデリアから大量の宝飾品を買い入れて近しい貴族たちに配ったと。それがサンドバーグ公爵夫人の怒りに触れ、夫人も大量の宝飾品を輸入して派閥の貴族たちへ……」
「それで王都に宝飾品があふれ、国内製造分が余っているのね」
私はため息をついた。いろいろと頭の痛い話だ。
『ダレル殿下の新しい婚約者』と言った時にルクマイヤがおそるおそる私を見たのもその一因。
いずれゼンコールド領にも伝わるだろうと思っていた私の婚約破棄と結婚命令が、ついに皆の知るところとなったらしい。
「まあ、それで、実は本部から閣下とサーラ様に職人の受け入れをしてもらえないかという話がありまして」
話題を逸らすようにルクマイヤは言った。
気を遣われてしまったのがわかるので余計に気まずいけれど、ひとまず感情はわきにおいて話を聞かなければ。
「魔石を使った宝飾品は貴族のステータスで、王都では一定の売上をあげていたのですが……申しあげたとおり、現在は製造規模を縮小せざるを得ない状況です。しかし急に魔道具が売れるわけもない」
「そこへ、ゼンコールド家が魔獣用罠の大量発注をかける見込み、と」
「はい。宝飾品の職人たちは緻密な加工に優れ、素材の合成にも長けております」
ルクマイヤの言う『本部でもひと握り』の人材が余っているわけね。
「受け入れといっても、なるべく早く許可証をいただきたい程度のもので……世話はもちろん工房でしますから」
「それならいいでしょうか、ベネディクト様?」
「そうだな」
私の言葉にベネディクト様も頷く。
「ありがとうございます」
ルクマイヤがほっとした顔で胸を撫でおろす――と思ったら、もみ手をしながら笑みを浮かべて私を見た。
「へへ、組合長からの『お願い』がもうひとつございまして……腕のいい選り抜きの職人たちを送りますから、サーラ様のお力でなにかいい新商品を開発していただけないか、と」
「え? 私が?」
思わず驚きの声をあげると、ルクマイヤはますます笑みを深くした。
「近年の王都の流行はサーラ様が作っていたようなものでしたから。サーラ様が王都を離れてしまったのでこのような混乱が起きたのだと、組合長も残念がっておられました」
「それはダレル殿下のアンテナがあったからで……考えてはみるけど、あまり期待しないでね。おだてても私のセンスはあがらないわよ」
私はため息をついた。
あれこれと目についたものを欲しがるのはダレル殿下で、私はそれを仕分けて有用そうなものを取り入れていただけだ。
ダレル殿下がいなければ、私は事務処理が得意なただの令嬢でしかないのだし。
それにしても、と私は先ほどの話を思いだした。第二王子の婚約者が公爵夫人と社交界の権力争い? ダレル殿下もそれを止めないなんて。
いったいあの人たちはなにをしているのかしら……。




