15.商談
「魔獣用の罠……ですか」
私の依頼を聞き、ルクマイヤは驚きを顔に浮かべた。
が、すぐに納得した表情になる。
「なるほど、魔獣に普通の罠は効きませんが、魔道具として開発するなら……」
「できそうだと思うのよね。近ごろ個体数が増えているという魔獣は、小獣や蟲類と、それを捕食する肉食獣でしょう」
私はカウンターに一枚の紙を置いた。
紙には依頼の具体的な内容が書いてある。小獣をおびきよせて出られなくする箱型の罠と、その小獣を狙う肉食獣用の罠だ。
どちらも魔法耐性に加え、暴れまわった魔獣が周囲に火球や氷球を撃ちまくっても問題ないような対策が必要だ。
ただ、できないわけではないと思う。
「そうですね、魔鉱石を使い、結界と組みあわせれば実現は……しかし相当な金がかかりますよ」
「そこをなんとか考えてほしくて……」
私は紙の下部分を指さした。
「魔鉱石ではなく、魔獣の素材でも魔法耐性はあるでしょう?」
魔鉱石はゼンコールド領では採れない。よそから買ってくるには膨大な費用がかかる。ゼンコールド領で採れるのは、魔獣だ。
私の言葉にルクマイヤは眉をあげた。口元に当てた指先の隙間から、呟きが漏れてくる。
「そうか、制御装置に魔核を……魔獣の骨や角は剣にも加工しますし、強度は抜群。魔蜘蛛の糸はすでに工業製品にも使われています。待てよ、それなら結界を使わなくとも、……」
いつのまにかルクマイヤの持つ棒は静かになっていた。魔力による加工が終わったらしい。
それを受付の若者に預け、ルクマイヤは紙とペンを取りだして、猛烈な勢いでなにかを書きつけ始めた。見る見るうちに数パターンの設計図ができあがっていく。
「試作が必要ですが理論上は……サーラ様のおっしゃるとおり、魔力耐性は問題ないかと」
「よかった。試作をお願いするわ」
私はほっと息をついた。これがダメだと言われたらまたゼロからになってしまうところだった。
「必要な素材は……ああ、それで運搬の件ですか」
「そう、話が早いわね。いまコンラッド商会に依頼している運搬業務を、魔道具工房に引きとってほしいの」
現在、討伐した魔物は騎士団に随伴する商会が回収している。商会に品代を払うのではなく商会からお金を受けとっているのは魔獣の素材による稼ぎがあるからだ。
けれど、魔獣をお金に変えたところで人手不足は解消しない。
新しい人間を雇っても仕事を教えるまでに時間と労力が必要だ。
だったら、お金ではなく領内で使えるものに変えては? というのが私の考え。
魔獣用の罠というのは、ありそうでなかった。
魔獣が出現したとなれば近くの騎士団が即座に討伐に乗りだす。罠を仕掛けるよりそのほうが確実だからだ。
魔獣というのはそのくらい、強くて、かつ滅多にお目にかからないもの。
しかしひっきりなしに魔獣が出現し、小型の魔獣までいるゼンコールド領では開発する価値はあるはずだ。
そうしたことを手紙に書いてベネディクト様に送ったところ、『許可』とだけ判がつかれて送り返されてきた。
それが、私がいまルクマイヤに見せている紙だ。
「しかし、商会のほうは文句を言いませんか? 売上が減るわけでしょう」
「そちらも話はつけてあるわ。かわりに王都までの街道を整備する約束なの」
ゼンコールド領内の街道整備はどちらにせよしておいたほうがいいだろう。騎士団が動き、今後も人口増加が見込まれる土地だ。
そしてその他の領地は……実は街道整備の計画が進んでいるのよね。これは王家の権威を見せるためのもので、私が王宮にいたころに関わっていた仕事でもある。
そのあたりのことは伏せているけれど、私の約束が口先だけでないことはドリス副会長も信じてくれた。
そのほかにもいろいろと取引は増やすつもりだしね。
「はあ……さすがはサーラ様。まだゼンコールド領にいらしたばかりなのでしょう?」
「そうね、半月ほど」
「半月!? たった半月で、ここまでのことに着手されるとは」
「お褒めの言葉ありがとう。でも、素人の思いつきですから」
感心したように言われると照れてしまう。
私は帳簿を見て、魔獣の素材を売ったお金で追加の人員を雇い増すよりは領内で有効利用できないかと考えただけだ。
もちろん『ノリクソ案』は私のなによりも嫌うところなので、実現可能性を検討はしたけれど。
日夜魔獣と戦い、『素材』として見ることは少ないベネディクト様や、逆に素材に詳しく魔獣対策には魔鉱石を使うのが主流だと知っているルクマイヤには出せない案だった、というのはあるかもしれない。
「では、一週間後の討伐から工房の者が参加いたします。持ち帰った素材は罠に使えるものをとり、ほかは工房へ売却いただくと」
「そうね、ベネディクト様にお知らせしておくわ。……さて、それでは最後にひとつ」
「はい、なんでしょうか」
今後の開発計画などを打ち合わせてから、私はにっこりと笑った。
「素材の取引に、罠の開発。うまく罠が完成すれば、もちろんゼンコールド家が継続的に発注することになります」
「ええ、こちらとしてもありがたいことで……」
私につられて営業用の笑顔を浮かべたルクマイヤは、ハッと気づいた顔になる。
「今後はゼンコールド家がお得意様よね? 使いの者が来た時は、ふさわしい対応をしてちょうだいね」
「は、はい! それは必ず」
これまでの無礼をほのめかしつつ言えば、ルクマイヤは慌てて姿勢を正した。




