13.えっ!あのサーラ様ですか!?
帳簿の整理が終わって、数日後。
馬車を出してもらい、私は町へおりることにした。
ジェイスを連れていくと屋敷がまわらなくなってしまうので、リシャと町に詳しい数人に同行をお願いする。
行きたい場所はいろいろとあるけれど、まずは最も重要なところ。
「魔道具工房ね……」
呟く私に、リシャや連れの使用人たちが不安そうな顔になる。
魔道具工房というのは、魔物からとれる素材で魔法を組み込んだ道具を作る工房だ。
大通りに面した魔道具工房は立派な店構えで、ショーウィンドウは金細工の壁にベルベッドを敷き、竜鱗の護符や裂魔の剣、保冷庫に保温庫など希少な品が飾られている。
店構えだけでも威圧感を感じるのには理由がある。
魔道具を作るには魔物と魔法、魔道具それぞれの知識に長けていなければならず、錬成や結合に魔法を使うこともあるため、たいていが貴族か準貴族によって仕切られている。
こうして絢爛豪華なショーウィンドウを置かれるだけで一般人には敷居が高いし、リシャのような下位貴族でも気後れしてしまう。
「魔道具工房は王都にある組合を介して国じゅうで強力なつながりを作っていて……有り体に言えばプライドの高い方々が多いわよね」
小さくため息をつきつつ言えば、青ざめたリシャも頷く。
「はい。旦那様のご命令なら聞きますが、ジェイスさんや私に対しては慇懃無礼といいますか、どこか小バカにされているような……」
「私も女主人とはいえ、今は王都で強い力を持つわけじゃないし、耳を傾けてくれるかはわからないけれど。まあ一度話をしてみましょう」
始める前に悲観的になりすぎない、というのが私の仕事に関する信条でもある。
次期王子妃として魔道具組合ともやりとりはしていたから、最終手段として王都の組合に直談判することもできる。
婚約破棄された元次期王子妃の言うことなんて無視される可能性もあるけれど……とりあえず、やるだけやってみましょう。
そんなことを考えながら、私は魔道具工房に足を踏み入れた。
工房の表側には、注文を受けるためのカウンターやテーブル席がある。
カウンターの背後には魔物の生態やこれまでの魔道具を記録した書物がずらりと並べられており、やはり威圧感があった。工房は奥のドアの向こうだろう。
「いらっしゃいませ」
私たちの訪れにあわせて、カウンターで帳簿をめくっていた若者が顔をあげた。
「ゼンコールド家の者です」
リシャが告げるが、若者は緊張した様子もなく、「はい、うかがっております」と返すだけ。
「どうぞ、おかけください。工房長を呼んでまいります」
テーブルを示されて腰かける。ほどなくお茶とお菓子が運ばれてきた。
リシャがほっとした顔になるからいつもよりは対応がいいのでしょうけれど、これは歓待ではないのよね。
本当に大切なお客様なら、待たせることなんてしない。先に訪れを告げているのだから、工房長が出迎えるべきなのだ。
きっとここにいるのが私ではなくベネディクト様なら、彼らはそうしただろう。
(ナメられてる……というほどではないけど、扱いは雑ね)
さてここからどうするか、と悩む私の前で、若者は工房に続くドアを開けて「工房長!!」と叫んだ。
ドアの向こうからは素材を加工する際の火花や騒音がひっきりなしに漏れ出てきて、リシャがびくっと体を震わせる。
「ゼンコールド公爵夫人がお越しです!!」
「ちょっと待て!! いま手が離せん!! ……誰だっけか!?」
「サーラ・ゼンコールド公爵夫人です!! 先日王都からいらっしゃったという――」
「ん!? ちょっと待て!!」
「待ってます!!」
「そこじゃない!! お前いまなんて言った!? 王都から……サーラ様だとお!?」
ガダダダン!!!
けたたましい音とともに、工房からひとりの男性が飛びだしてきた。
瑠璃色の髪をひとつにまとめ、切れ長の目に魔力観測用のモノクルをかけた彼は、口調の乱雑さとは対照的に、貴族らしい容貌をしている。
分厚い耐火手袋をした手にはバチバチと火花を散らす何かの素材を握っているけれど……大丈夫なのかしら?
「もしかして、サーラ・マイリット様ですか!?」
「いえ、サーラ・ゼンコールドになりました」
思わずマクスウェルさんにしたのと同じ訂正をしてしまい、私は慌ててつけたした。
「マイリットは結婚前の家名になります」
「やっぱりサーラ様だ!!」
「えっ! あのサーラ様ですか!?」
受付の若者も驚いたように声をあげている。あのサーラ様とは、どのサーラだろうか。
驚いているうちに、さらに工房から物音が響き、わらわらと作業着の職人たちが出てきた。
「サーラ様ですか!?」
「サーラ様がどうしてこんなところに?」
「見学ですか、光栄です!」
「お前ら、落ち着け! 工房長の俺が話を聞く。お前らは持ち場へ戻ってろ!!」
火花を散らして輝く棒を振りあげ、工房長は叫んだ。
「奥様……有名人なんですね……」
「ベネディクト様ほどではないと思うけれど……」
リシャの戸惑う声に、私も眉をさげる。
鼻で笑われて追い返される心配はしなくてよさそうだけれど、これはいったいどういうこと?




