12.そのころ王都では
サーラが新たな仕事の種を見つけ、動きだそうとしていた頃。
王都では、奇妙な出来事が起きていた。
とはいっても、奇妙に感じているのはダレルだけ。ほかの者からすれば、それは当然のこと。
物事が遅々として進まないのだ。
「おい! シャデリア王国はまだドレスを送ってよこさないのか!? もう半月もたつぞ」
「毛皮をあしらったドレスが次の流行なの。サンドバーグ公爵夫人が持っているのに聖女のあたしが持たないのは変でしょう。ねえダレル殿下、これ以上ほかの貴族に負けたくありませんわ」
ダレルの怒鳴り声にレティアの拗ねたような声が重なる。
ふたりの前では、事務官が頭を下げてうんざりとした顔を隠していた。
「はあ……お伝えしましたとおり、書状はそのままでは送ることができないと……その、失礼にあたるとアーネスト殿下の仰せで……外交はアーネスト殿下のご担当ですので」
時候の挨拶やそれらしいことは書いてあるが、ただただ流行りのドレスをくれと言うだけの手紙を、王家の印を押してまで隣国に送ることはない。
それがアーネストの判断だった。
(これまでは、サーラ様が技術研究の名目で交渉してくださったり、ダレル殿下の気を別のものに逸らしたりしてくださっていたが……)
サーラが『聞く価値のあること』と認めた時にだけダレルの要求は叶えられ、それ以外の時にはうまくそのことを忘れるように仕向けられていた。
今回も、サーラがいれば新技術の導入を見据えた計画でアーネストを説き伏せ、隣国と交渉し、国内産業の発展につなげていただろう。
サーラの働きぶりは目を見張るものがあった。彼女が王宮にいたおかげでいくつもの新事業が生まれ、国内の課題も解決し、ついでにダレルの厄介な思いつきは封じ込められていた。
彼女に代わる人材は、この王宮にはいない。
サーラのように、素早い判断と先を見据えた交渉のできる、王家にすら物おじしない人物は、王宮にはもういないのだ。
そんなことを知らないダレルは、呆れたように眉根を寄せる。
「チッ、兄上も意地の悪い……婚約破棄のことを根に持っていらっしゃるのか」
ぼそりと呟かれた言葉にレティアが顔をあげた。
「アーネスト殿下は、あたしとの婚約に反対だったのですか?」
「いや、違う。父上も兄上も、希少な聖魔法の使い手を妃に迎えることには賛成してくださった」
慌てたように言って、ダレルは目を泳がせる。レティアは首をかしげつつも、自分は王家に受け入れられているのだと言われればすぐに機嫌を直した。
「一度はご挨拶をさせていただきましたけれど、もっとお会いしたいですわ。未来のお義父様とお義兄様ですもの。そのためにも最新のドレスが必要ですの」
「わかった。今度兄上にお会いしたら言っておこう」
にっこりと笑って抱きついてくるレティアに、ダレルも鼻の下をのばして頷く。
腰を抱き返し、キスを贈ろうとして――、
「……あのう、それで、そのほかの書類は……」
自分たちの世界に入り始めたダレルとレティアを、事務官の棘のある声が引きとめた。
さすがにうんざりとした表情を隠すことなく、事務官は室内を見まわす。
ダレルとレティアが抱きあっているのはダレルの執務室。ようやくダレルを執務室に行かせても、レティアがついてきてしまうため仕事は進まない。
そのレティアも本来ならば、ダレルの政務を補佐するための知識を得るべく、妃教育を受けているはずなのだ。
「書類はサーラがやっていただろう。レティア、お前の仕事だぞ」
「あら、あたしは聖女ですわよ。書類仕事なんて聖女の仕事ではありませんわ」
執務机にはこの半月でダレルがためた未処理の書類が積みあがっている。
それでもゼンコールド公爵家の書斎に比べればなんということはない、サーラがいれば1日でさばいてしまうだろう量だ。
(……サーラ様さえ、いてくだされば……)
事前に婚約破棄の情報さえ入っていれば、どうにかして止めただろうにと、事務官は内心で涙を呑むのだった。




