三話『懐かしい気持ち』
――アルグレス。殺した相手の星象を奪う能力。
改めて頭のなかで噛み締めると、背筋に冷たいものが走る。
それと同時に、メグルのなかで一つの純粋な疑問が浮かんだ。
今思えば、現代人である自分が『星象』というこの世界の超常的な力を持っていること自体が不思議だ。もし元の世界で誰もがこんな力を持っていたとしたら、とっくにニュースにでもなって世界中で大騒ぎされていただろう。
それがないということは、これは自分がこの異世界に来るときに何らかの理由で与えられたのだろうか。
それとも、あの世界で暮らす現代人全員が、自覚していないだけで実は最初からこの星象を持っていたのだろうか。
「あの……シオンさん。もし、こういう物騒な能力を持ってるって国とかに知られたら、治安維持のために僕、処刑されたりします……?」
メグルは恐る恐るシオンに尋ねた。
もしそうだとしたら、彼女が国に僕の能力のことを報告した時点で、自分の命はないだろう。目の前の少女が、一瞬にして自分の生死を握る危険人物に思えてくる。
「かもね」
シオンは、今日の天気を肯定するかのようにあっさりとそう答えた。
「――え」
シオンのあまりにも他人事のような返事に、メグルは驚愕した。それと同時に、自分の命がかかっているというのにその程度の認識なのかと、ふつふつと怒りさえ湧いてくる。
「じゃあ、なんでここで言うんですか!? 周りにたくさん人がいるじゃないですか!」
メグルは周囲を警戒しながら、自分の置かれている状況に焦りを覚えた。
「大丈夫。支援魔法で、二人の会話は周囲に聞こえないから」
「う、そうですか……」
シオンの淡々とした冷静な説明を聞き、メグルは自分が早とちりをして声を荒らげてしまったのだと気づいた。
途端に、内心へ怒涛の勢いで恥ずかしさと決まり悪さが押し寄せてくる。会話が聞こえていないということは、周りから見れば、自分は「音もなく急に一人ではしゃぎ散らかした変人」に映っていたに違いない。
「メグルの星象は知られたら危険だから、他の人には話さないでね。……二人だけの秘密」
シオンは人差し指を自身の口元に当て、じっと目線を合わせながらそう呟いた。
まっすぐにこちらを見つめてくる、どこか優しく、淡い光を宿した青い瞳。その至近距離での破壊力に、メグルの頭の中は一瞬でいっぱいになってしまい、今までの怒りや疑問が吹き飛んだ。
「そ、そういえば、支援魔法って他に何ができるんですか?」
シオンのペースにこれ以上呑まれないよう、メグルは必死に話題を変えた。星象については、さっきの彼女の言葉を信じるなら、ひとまず今は心配する必要はないはずだ。まずはこの世界の基本を知る方が先だ。
「支援魔法は、怪我を治したり、さっきみたいに音を消したり……できることの種類は、他の属性の魔法よりも多いよ」
他の属性――。
魔法にいくつか系統や属性があるという、さっきまでの自分の予想が見事に的中した。
「ほかの属性って何があるんですか?」
思わず身を乗り出すようにして問いかける。
「正直、多すぎて全部は言えないけど、一般的なのは火、水、風だと思う」
シオンはいつもの淡々とした調子で、指を折り数えながら答えた。
もし自分が魔法を使えるのだとしたら、個人的には『風』を推したいところだ。
風なら物を動かしたり遠くの音を聞いたりと汎用性も高い、何より、炎のように手元を誤って自分が大火傷を負うようなリスクが低そうだからだ。
「ちなみに、僕でも魔法を使えたりできますか?」
「魔法は魔力がないと使えないから、無理だと思う。メグルは見た感じ、少量の魔力しか無さそうだし。あと、生まれ持った属性以外の魔法は、どんな天才でも使えないから」
さっきまでのメグルの淡い期待を、シオンは一切の悪気なくバッサリと切り捨てた。
どうやら天は、自分に二物を与えてくれるほど優しくはなかったようだ。それどころか、まともな一物すらお預けにされて、残ったのはあの物騒すぎる『アルグレス』だけ。メグルは内心で肩を落とした。
「そろそろ料理ができると思うから、席に戻ろ」
シオンはそう言い、さっと席に戻る。
メグルは「あ、はい」と短く返事をして、その後ろ姿を追いかける。
しばらくすると、頼んでいた料理が運ばれてきた。
メグルの前に置かれたのは、思ったよりも普通の外見をした肉料理だった。皮の焼き目や肉質の見た目から察するに、おそらく鶏肉の料理だろう。異世界の未知の食材に怯えていたメグルは、馴染みのあるビジュアルに内心ほっと胸をなでおろす。
――問題は、シオンの方だ。
彼女の前に置かれた料理からは、鼻がツンとするような、暴力的とも言えるほど辛そうな匂いが立ち上っている。見た感じラーメンのような見た目をしている。
「それ美味しいんですか?」
シオンが食べている最中、メグルが引き気味に尋ねると、シオンは真っ赤なスープにスプーンを沈めながら、淡々と答えた。
「どうだろ」
頼んだ本人でさえも美味しいかどうかは分からない、となると、メグルとしては「じゃあなぜ頼んだんだ」と理解に苦しまざるを得ない。
もしここで、辛すぎて食べられないからと一口二口で残しでもしたら、メグルはシオンのことを少し軽蔑してしまうだろう。
――が、その心配は杞憂に終わった。
さっきまで器の中にあった、見るだけで胃が痛くなりそうな真っ赤なスープは、一滴も残っていなかった。
シオンは他の料理を食べるのと全く変わらない、ごく普通のペースで、淡々とその凶悪な激辛料理を完食してみせたのだ。
辛さで悶絶する様子もなければ、水をがぶ飲みすることもない。メグルは驚きを通り越して、あんなものをすべて飲み干して塩分過多や胃荒れは大丈夫なのだろうかと、彼女の体の心配し始めてしまうレベルだった。
「次はメグルの魔法の属性でも調べてみる?」
店での会計を済ませ、さて次はいったいどこへ向かうのだろうかと考えていたちょうどそのとき、シオンが歩きながら何でもないことのようにそう言った。
「え、僕の属性ですか?」
さっき「魔力がないから無理」とバッサリ切り捨てられたばかりだったメグルは、思わずシオンの顔を二度見する。
「魔法自体は使えなくても、生まれ持った属性が何かっていうのは魔導具を使えばすぐに分かるから。自分の性質を知っておくのは、この世界で生きていくなら損はないでしょ」
確かにやっておいて損はない。だが、メグルの頭にはふと、ある現実的な疑問が浮かんでいた。
自分はいつまで、彼女と一緒にいるのだろう。
シオンの本来の仕事は、森で迷子になっている人を安全な場所まで案内することのはずだ。街まで送り届けてもらい、こうして食事まで共にした今、すでにその役目は十分に果たされている。ここからさらに属性の検査にまで付き合わせるのは、どう考えても彼女の仕事の範疇を超えているのではないだろうか。
「あの、これ以上はシオンさんの仕事の範疇を超えているんじゃないですか?」
メグルは、胸の内にある純粋な疑問をそのままシオンにぶつけた。
こうして行動を共にするうちに、彼女への警戒心は少しずつ解けてきている。けれど、だからこそ余計に分からない。自分の役割を終えたはずの彼女が、これ以上自分に優しくする意味はないはずだ。なのに、どうしてここまで良くしてくれるのだろうか。
メグルの視線を受け止めると、シオンは歩みを止め、少しだけ視線を泳がせてからぽつりと言った。
「……だって心配じゃん」
「え?」
予想だにしなかった彼女の言葉に、メグルは思わず動揺してしまった。
いつも淡々としていて、どこか達観しているような彼女の口から、『心配』なんていう、ひどく人間味のある個人的な感情が飛び出すとは思わなかったからだ。
「記憶も曖昧でお金も持ってない人を、放っておくわけにはいかないし。それに、案内人って言ってもこの仕事がメインじゃないからさ。そんなに気負わなくていいよ」
そう言って少しだけ目を細めた彼女は、今まで話していたシオンとはまるで別人のように見えた。
さっきまでは会話も淡々としていて、どこか素っ気なく思えた。けれど今の彼女からは、不器用ながらも真っ直ぐにこちらを気遣ってくれるような、どこか温かい雰囲気がある。
「案内人以外の仕事って、他に何やってるんですか?」
少しだけ距離が縮まったような安心感に背中を押され、メグルは気になっていたことを尋ねてみた。シオンは歩調を緩めることなく、前を向いたまま答える。
「冒険者。ギルドで依頼を受けたりして、魔物とか狩ってる」
「冒険者……」
冒険者やギルド。それはメグルの知る異世界ものの物語には、必ずと言っていいほど登場する定番の設定だった。
けれど、それを聞いて「自分もやってみたい」などとは微塵も思わなかった。
異世界に来たからといって、今の自分に戦える力があるわけではないのだ。剣を持ったところで、まともに振るうこともできずただの重りにしかならないだろう。弓を持ったとしても、狙い通りに放てなければただの邪魔な荷物だ。
魔力もなく、戦う術も持たない今の状態のまま冒険者になるなど、夢のまた夢。自分にできることとできないことの境界線は、先ほどのシオンとの会話で嫌というほど思い知らされている。
「……あ、着いたよ。ここが魔導具店」
メグルが自分の無力さを冷静に自覚していると、シオンが足を止め、とある建物の扉を指さした。




