二話『自身はない』
鬱蒼とした木々のなかを歩いていると、遮られていた視界の先に、小さな集落の影が見え始めた。
村の周囲は、歴史を感じさせる強固な木製の塀でぐるりと覆われている。仮にシオンがメグルを肩車したとしても、到底てっぺんには手が届かないほどの高さだ。――決してメグルの身長が低いことが原因ではない。
さらに近づくと、塀の一部がくり抜かれたような頑丈な木製の門が見えてきた。その両脇には、槍のような武器を手にした、いかにも「門番」といった風貌の男が一人、鋭い視線を周囲に走らせている。
「すみません。旅の者なのですが、私たちを村に入れていただけませんか?」
メグルが男の威圧感に身を硬くするより早く、シオンがずっと前に出て、門番の男に声をかけた。
「あぁ、旅の人ね。いいよ、早くなかに入りな」
拍子抜けするほどあっさりと門が開き、メグルは内心で小さく眉をひそめた。
「ご飯食べに行こ」
メグルの疑問など露知らず、シオンが何でもないことのように提案してきた。
――なんか、話しづらい
先ほどからずっと思っていたが、シオンとの会話はいつもどこか飛び飛びな気がする。こちらの質問には答えるものの、それ以外は自分から話しかけてこないし、必要最低限のこと以外は全く喋ろうとしない。
「……そうですね。僕もちょうどお腹空きましたし、なんか食べたいです」
起きたときから何も食べていないのだ。素直に従うべきか一瞬迷ったが、結局のところ人間の三大欲求には敵わなかった。
門をくぐると、そこに広がっていたのは予想外の光景だった。
見慣れた木造の建築に、味のある瓦の屋根。まるで日本の古き良き田舎町かのようだった。
異世界といえば中世ヨーロッパ風のレンガ造りや石畳を想像していただけに、メグルは拍子抜けする。それと同時に、その歴史を感じる建物たちには親近感を覚えた。
「着いた、ここに入ろ」
そう言い、シオンは僕の手を引っ張って目の前の店の中へ入る。
やはり急すぎる。いきなり手を握られた感触に、メグルの心臓がわずかに跳ねた。
会話は飛び飛びで冷淡なくせに、行動だけは容赦なく距離を詰めてくる。こちらにも心の準備というものがあるというのに、彼女の意図がますます分からなくなる。
暖簾をくぐった先には、少し広めの食堂が広がっており、メグルは内心でホッと胸をなでおろした。
店内にはいくつかカウンター席やテーブル席が並んでいる。だが、メグルの目が釘付けになったのは、そのさらに奥のスペースだった。
そこには、大人がすっぽりと入れそうなサイズをした、木製の素朴な箱が置かれていた。
飾り気も何もない、ただの大きな箱。それがなぜ食堂の奥に鎮座しているのか、初見のメグルには見当もつかない。
「何頼む?」
「何がありますか?」
「おすすめはこれ」
シオンは奥の箱には目もくれず、迷いのない足取りでテーブル席へと向かい、メニューを開いてメグルにそう告げた。
この店に初めて来た人間に、そんな丸投げのような発言はやめてほしい。そもそも、お勧めだと言われて指差されたメニューには、見たこともない奇妙な文字だけが羅列されている。読めるはずがなかった。
「……じゃあ、それでお願いします」
ここで下手に文字が読めないことを明かすのは悪手だろう。
シオンのことは、ここまで一緒に来てただの会話が不器用な人間なのかもしれないとも思い始めていた。けれど、まだ完全に信用してはいけない。今は話を合わせておくのが最善だ。
「ずっと気になってたんですけど、あの奥にある箱は何ですか?」
注文を終え、店主が奥の厨房へと引っ込んでいったあと、メグルは不思議な顔で問いかけた。
「あれは、星象鑑定するために必要な道具。あのなかに入って魔法をかけるとその人の星象がわかるの」
シオンは当たり前のことかのように木箱のことを説明する。
さらっと魔法という言葉が出たことに驚いたが、メグルがイメージしていたものとは全然違っていた。鑑定というからには水晶や神秘的なものを考えていたのだが、あまりにも簡素でがっかりしてしまった。
「やってみる?」
シオンが首を傾げ、青い瞳でこちらに問いかけてくる。無意識にその動作が出ているのかは判断できないが、本当にずるい。
「あ、はいやってみたいです!」
その瞳に吸い寄せられるように惹きつけられ、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
「本来は支援魔法が使える店員さんを呼んでやるんだけど、私も支援魔法使えるから呼ばなくてもいいの」
シオンはメグルの動揺など気にも留めない様子で、淡々と席を立つ。
その背中を追いかけながら、メグルの頭には『支援魔法』という聞き馴染みのない言葉が残っていた。支援というからには、直接的な攻撃はできなさそうだ。この世界にはいくつか魔法の属性や系統が存在するのだろう。
「じゃあ、この木箱の中入って」
シオンはそう言って木箱の扉を開け、メグルに中に入るよう促した。
言われるがままに覗き込んでみたが、やはり中には何も見当たらない。本当にこんなもので星象とやらが分かるのだろうか、とメグルは改めて首を傾げた。
それに、さっきからずっと触れずにいたが、店内にいる村の住人たちが物珍しそうな目線をこちらに向けてくる。確かに、この村の景観とはかけ離れた服装をしているのだから、悪目立ちして気になるのも仕方がないだろう。
周囲の視線から逃れるようにして、メグルは狭い木箱の中へと体を滑り込ませた。
中に入ると同時にシオンが外から扉を閉め、軽い音が響く。
わずかな隙間から少量の光が差し込むだけで、箱の中は一気に薄暗い密室へと変わった。
「終わったよ」
入ってから数秒もしないうちに、外からシオンの気の抜けた声がした。
体に何かおきた感覚も、箱の中が光ったわけでもない。本当にただ数秒間、狭くて暗い箱の中に引きこもっていただけだ。あまりのあっけなさに、メグルは拍子抜けしてしまった。
「その、どうでしたか……?」
あまりの早さに本当に鑑定できたのかどうかが分からず、メグルは不安交じりの声で問いかけた。
「メグルの星象はアルグレスだって……」
そう呟いた彼女は、なぜか安堵したような雰囲気を纏っていた。
「ええと、どんな能力なんですか?」
恐る恐る尋ねるメグルに、シオンは事も無げに言った。
「殺した相手の星象を奪う能力」
「物騒すぎませんか!?」
思わず声を裏返してツッコんだメグルに対し、シオンはやはり怯える風でもなく、どこかホッとしたような表情のままだ。
相手の星象を奪う――これだけなら、間違いなく破格の能力だ。しかし、それには『殺さなければならない』という条件付き。そもそも星象を持っている人間自体が少ないのだとすれば、宝の持ち腐れどころか、一生使うことのない能力だろう。
自分に特別な力があったこと自体は幸運かもしれないが、だからといって見ず知らずの他人を殺す度胸など、日本で生きてきたメグルにあるはずがなかった。




