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第7話 スプーン勇者、盛られる



 とある街の酒場。

 昼間だというのに、店内は熱気に満ちていた。


 木のテーブルが乱雑に並び、ジョッキがぶつかる音と笑い声が絶えない。

 焼いた肉の匂いと酒の香りが混ざり、空気が少し重たい。


「聞いたか?“スプーンの勇者”」


 テーブルに肘をついた男が、ニヤリと笑う。

 頬は酒で赤く染まっている。


「は?」


 向かいの男が眉をひそめた。


「ゴーレムをスプーンでぶっ飛ばしたらしい」

「……は?」


 間抜けな声が重なる。


「しかも一撃だってよ」

「いやいやいや」


 隣の女が、呆れたように肩をすくめる。


「それ、フォークじゃなかった?」

「なんでだよ!!!」


「いや私が聞いた話だとナイフも使ってたわよ」

「食器フルコースじゃねぇか!!!」


 別の席から笑いが起きる。


「違う違う、全部スプーンだ」

「統一しろよ!!!」


 誰かがテーブルを叩いて笑った。


 酒場の奥。

 別のテーブルでも同じ話題が飛び交っている。


「いや、そいつスプーンで魔法弾も弾くらしいぞ」

「スプーンってなんだよ」


「しかも“衝撃を掬う”らしい」

「もう意味がわからん」


「なんか、概念系武器ってやつじゃね?」

「お前それ言いたいだけだろ」


 カウンターでグラスを拭いていた店主が、手を止めずにぼそりと言う。


「聞いた話だと、そのスプーン……光るらしいぞ」

「嘘つけ!!!」


「いやマジで」

「やばすぎるだろ……」


 ざわざわと、笑いと疑いが混ざる。


「しかも持ち主がな」

「おう」


「めちゃくちゃキレてるらしい」

「なんでだよ」


「知らん」


 また笑いが起きた。



 *****



 その頃。


「なんで俺が“スプーン勇者”で通ってんだよ!!!」


 同じ酒場の一角で、当人が机を叩いていた。


 ドンッ、と鈍い音。

 近くの客がちらりとこちらを見る。


「まあ落ち着け」


 向かいで、エルミナが静かに紅茶を口に運ぶ。

 この騒がしさの中でも、やけに落ち着いている。


「落ち着けるか!!!」


 思わず身を乗り出す。


「誰だよ広めたの!!!」

「事実だからでは?」


「その事実が納得いかねぇんだよ!!!」


 隣では、カイルがきらきらした目で頷いている。


「スプーン様……ついに伝説に……」

「やめろって!!!」


 こいつだけ温度感がおかしい。

 そのとき。


「なあ聞いたか?」


 隣の席の男が、こちらに体を向けてきた。

 完全に“雑談モード”だ。


「“スプーンの勇者”ってやつがよ」


 やめろ。

 その話題を今ここでするな。


 嫌な汗がにじむ。


「ゴーレム倒したらしいぜ」

「……そうらしいですね」


 できるだけ平静を装う。


「しかもな」


 男が身を乗り出す。

 酒の匂いが近い。


「スプーンでだ」

「知ってます!!!」


 反射で叫んでしまった。

 しまった。


「お、おう……?」


 男が引く。


「なんだお前、詳しいな」

「そりゃあもう!!!」


 止まらない。

 口が勝手に動く。


「もしかして見たのか?」

「見たどころか!!!」


 言ってから、固まる。


「……どころか?」

「……」


 視線が集まる。

 逃げ場がない。


「……本人だよ!!!」


 言った。言ってしまった。

 酒場が、一瞬だけ静かになる。


「……は?」

「俺だよ!!!そのスプーンのやつ!!!」


「……」

「……」


 数秒の沈黙のあと。


「……ははは」

「笑うな!!!」


 男が腹を抱える。


「いやいやいや」

「お前が?スプーン勇者?」


「そうだよ!!!」


 思わず立ち上がる。


「……証拠は?」

「ほらこれ!!!」


 スプーンを突き出す。

 銀色の、どこにでもあるそれ。


「ただのスプーンじゃねぇか」

「そうなんだよ!!!」


「ダメじゃねぇか」

「ダメなんだよ!!!」


 完全に自爆している。

 エルミナが小さくため息をついた。


「信じてもらえないのは当然だ」

「だよなぁ……」


 力が抜けて、椅子に沈み込む。


「普通は、もっと威厳がある」

「うるせぇ!!!」


「スプーン様は“選ばれし者にしか理解できない”のです!」

「理解したくねぇよ!!!」


 男が肩をすくめる。


「まあいいや。どうせ噂だしな」

「ぐっ……」


 悔しい。

 妙に悔しい。


 笑われて終わるのが、なんか腹立つ。


「……証明してやる」


 ぽつりと呟く。


「は?」


「今度なんか倒してやるから見てろ!!!」

「お、おう……?」


「スプーンで!!!」

「そこは変えろよ!!!」


 店内にどっと笑いが広がる。


「ははは!いいぞそのノリ!」

「応援してるぜ“スプーン勇者”!」


「やめろぉぉぉ!!!」


 完全に。


 完全に。


「変なあだ名が定着してる!!!」


 頭を抱える。

 その横で。


「いいですね……通り名……」


 カイルがうっとりと呟く。


「よくねぇ!!!」


 エルミナは、淡々と口を開いた。


「むしろ利用できる」

「は?」


「敵の認識が歪む」

「……あー」


「“ふざけた武器”と思わせておけば、有利だ」

「……なるほど?」


 少しだけ、納得しかける。


「つまり」

「スプーンでいいのか……?」


「スプーンだ」

「スプーンか……」


「スプーン様です!」

「やめろって!!!」


 こうして。

 俺の知らないところで。

 俺の評価は、どんどん、おかしな方向へ進んでいくのだった。


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