第6話 スプーン勇者、偵察される
木の上から、音もなく影が降りた。
枝が揺れた気配すら、遅れて気づく。
「……見つけた」
黒装束の魔族が、静かに言った。
細い目が、まっすぐこちらを射抜く。
軽い立ち方。隙がない。
――強い。
見ただけでわかる。
「……それが、“スプーン”か」
「だからなんでそこ強調するんだよ!!!」
なんでだよ!!!
なんで敵までそこに食いつくんだよ!!!
「報告通りだな」
魔族は腕を組む。
視線は、俺じゃない。
スプーンだけを見ている。
「ゴーレムを撃破した武器……スプーン」
「言い方やめろ!!!」
「……理解不能だ」
「それは俺も同感だ!」
エルミナが一歩前に出る。
風が止まる。空気が、ぴんと張る。
「気をつけろ。こいつは偵察だが、実力は高い」
「え、どれくらい?」
「おそらく――」
一瞬、間。
「ゴーレムより強い」
「もうやだ、帰りたい」
即答だった。
膝が笑いそうになるのを、なんとかこらえる。
その背後で。
俺たちの後ろに隠れるようにしていたカイルが、小声で囁く。
「……逃げますか?」
「逃げたい!!!」
間髪入れずに答えた。
「だが逃げられない」
前に立つエルミナが、静かに言い切る。
「ですよね……!!!」
カイルが涙目でうなずいた。
魔族が、ゆっくりと笑う。
その一歩が、やけに軽い。
「安心しろ」
「安心できる要素どこだよ」
「すぐには殺さない」
「もっと怖いわ!!!」
「まずは――」
その瞬間、視界から消えた。
「……え?」
空気が、ぶれる。
気配が――背後。
「遅い」
「うわあああああああ!!!」
反射で振り返る。
距離が近すぎる。
考えるより先に、スプーンを振る。
カンッ。
金属音が、妙に軽い。
魔族の体が、わずかに揺れた。
だが、踏みとどまる。
靴が土を削り、止まる。
「……ほう」
魔族が目を細める。
興味を持った目だ。
「確かに、“何か”はあるな」
「効いてないのかよ!!!」
「いや」
腕を軽く払う。
まるで、埃でも払うみたいに。
「効いてはいる。だが――」
視線が鋭くなる。
「軽い」
「くそぉぉぉぉぉ!!!」
なんでだよ!!!
ゴーレムは吹き飛んだだろ!!!
「なるほどな」
魔族が一歩、引いた。
わずかに距離が開く。
「力そのものを扱う武器、か」
「え?」
「だが、それを扱う貴様が未熟だ」
「うるせぇ!!!」
事実だけど!!!
「健太、落ち着け」
「無理だろ!!!」
「スプーン様ならできます!!」
「だからやめろって!!!」
エルミナの声が鋭く飛ぶ。
「“掬う”意識を強めろ」
「え?」
「ただ振るな。“何を掬うか”を決めろ」
「そんな余裕あるか!!!」
再び、気配が消える。
風が裂ける。
「次は本気でいくぞ」
「やめて!!!」
空気が歪む。
直感で、前に飛ぶ。
次の瞬間。
さっきまでいた場所が、えぐれていた。
「うわあああ!!!」
「遅い」
また背後。近い。
呼吸が触れる距離。
「……っ!」
心臓が跳ねる。
時間が足りない。
でも、考えろ。
何を、掬う?
何を?
何をだ――
「……衝撃!!」
カンッ。
スプーンが、空気をすくう。
瞬間。
目に見えない“何か”が、掬い上がった。
空間が、歪む。
魔族の動きが、一瞬だけ止まる。
「……!?」
その一瞬を逃さない。
全力で振り抜く。
ドンッ。
重い衝撃音。
魔族の体が、弾き飛ばされる。
木をなぎ倒し、地面を滑る。
土が舞う。
止まる。
沈黙。
「……効いた?」
息を切らしながら、俺が呟く。
「……効いたな」
エルミナが静かに頷く。
「効きました!!」
後ろからカイルが弾けるように叫んだ。
ゆっくりと、魔族が立ち上がる。
口元の血を拭いながら、笑う。
「……面白い」
「やめろその評価!!!」
「確かに危険だ」
目が、鋭くなる。
さっきより明らかに本気の目だ。
「だが、まだ未完成だな」
「ぐっ……」
否定できないのが悔しい。
「今日はここまでだ」
「え?」
「情報は十分取れた。次は――」
振り返りざまに、言い残す。
「殺しに来る」
「来るな!!!!!!」
次の瞬間、気配が消えた。
完全に。
そこにいた痕跡すら、残らない。
静寂。
「……はぁ」
膝から力が抜ける。
その場に座り込む。
「もうやだこの世界」
「だが」
エルミナが言う。
「今のは大きい」
「え?」
「“掬う対象”を自覚した」
「……あー」
確かに。
さっきは、はっきりと“衝撃”を掬った。
「スプーン様……進化している……!」
「やめろって!!!」
俺は、スプーンを見る。
ただの銀色の食器。
変わらない見た目。
でも。
さっきより――少しだけ。
扱える気がする。
「……」
一つだけ、確かなことがある。
「……やっぱ納得いかねぇ」
握ったスプーンが、やけに軽い。
森に、俺のつぶやきが空しく響いた。




