第4話 スプーン勇者、世界の法則を無視し始める
焚き火の前。
ぱちぱちと薪が弾け、橙色の光がゆらゆらと揺れている。
その前で、俺はきっちりと正座させられていた。
「……なんで正座なんだよ」
「健太、動くな」
エルミナが淡々と答える。
その目は焚き火の光を反射して、妙に鋭い。
なんか怖い。
完全に“研究対象を見る目”だ。
「大丈夫です!!死ぬことは多分ありません!!」
横でカイルが元気よくサムズアップしてくる。
笑顔がまぶしい。
「“多分”って言ったな!?」
俺のツッコミに、カイルは「あっ」と口を押さえた。
遅い。
「まず結論から言う」
エルミナが、俺の手にあるスプーンをじっと見つめる。
「これは、武器ではない」
「だよな!!!!」
思わず身を乗り出した。
初めて意見が一致した気がする。
やっとわかり合えた。
「だが」
「だが?」
「武器として機能している」
「なんで???」
もうこれしか言えない。
「仮説だが」
エルミナは指先で空中をなぞる。
すると淡い光が走り、地面に円や矢印の図が浮かび上がった。
なんかすごい。でも全然わからん。
「このスプーンは、“力”そのものを掬い取っている」
「……は?」
「衝撃、魔力、運動エネルギー。あらゆるものを」
「いや待って難しい難しい」
頭が追いつかない。
単語が全部すべっていく。
「つまり」
エルミナは一度区切る。
俺の目をまっすぐ見て、
「殴っているのではない。“掬っている”」
「意味がわからん」
「俺もです!!」
カイルが元気に手を挙げる。
お前は黙ってろ。
「では実験する」
「えっ」
早い。
説明から実践への移行が早すぎる。
*****
■実験1:ただの木
「まずは通常の物体」
エルミナが近くの枝を拾い、地面に置いた。
ぱち、と火の粉が一つ跳ねる。
「これを攻撃しろ」
「普通に?」
「普通に」
俺はスプーンを構える。
……なんで構えられるようになってるんだ俺。
慣れてきてるのが一番怖い。
軽く息を吸って、
振る。
カンッ。
乾いた音が夜に響く。
次の瞬間。
枝が、ふっと歪んで――
消えた。
「え?」
「え?」
「え???」
三人で固まる。
さっきまでそこにあった“何か”が、綺麗に消えている。
「……今、どうなった?」
「消滅……いや、違う……」
エルミナの声がわずかに震える。
初めて見る表情だ。
「“存在を掬い取られた”?」
「なにそれ怖い!!!」
背中にぞわっとしたものが走る。
*****
■実験2:カイル
「次」
「えっ」
カイルの肩がびくっと跳ねた。
露骨すぎる。
「カイル」
「えっ俺ですか!?」
一歩後ずさる。
完全に察している顔だ。
「大丈夫だ。死なない(多分)」
「多分やめてください!!!」
顔が引きつっている。
笑ってるけど、目が笑ってない。
「軽く当てるだけだ。攻撃するな」
「いや軽くでも怖いんだけど」
ちらっと俺を見るな。
助けを求めるな。俺も嫌だ。
「やれ」
「はい……」
観念したのか、カイルはぎこちなくその場に立つ。
肩に力が入りまくっている。
明らかに全身が固い。
めちゃくちゃ怖がってるじゃねぇか。
俺はゆっくりと近づく。
スプーンを持つ手が、わずかに震えていた。
「い、いくぞ……?」
「や、優しくお願いします……」
その声も震えている。
そりゃそうだ。俺だって怖い。
そっと。
コンッ。
「……あれ?」
カイルが目をぱちぱちさせる。
恐る恐る自分の肩を触る。
「痛くない……?」
「ほう」
エルミナの目が、すっと細くなる。
ぞくっとする。やめろその顔。
「もう一度だ。今度は“叩く”イメージで」
「いやそれさっきと何が違うんだよ」
「いいからやれ」
「はい……」
深呼吸。
今度は、ほんの少しだけ力を込める。
カンッ。
「うわあああああああ!!!」
カイルの体が宙を舞った。
数メートル吹き飛び、地面を転がる。
「ごめん!!!!」
「……なるほど」
エルミナが静かに頷く。
「これは“意思”に反応している」
「え?」
「ただ触れるだけでは何も起きない」
「うん」
「だが、“攻撃する意志”が乗った瞬間――」
「吹き飛ぶ?」
「そうだ」
「意味わからん」
カイルが遠くで「いたたた……」と起き上がる。
無事でよかった。
*****
■実験3:魔力
「次はこれだ」
エルミナが指先を掲げる。
空気が揺れ、小さな火球がふわりと浮かび上がった。
赤く揺れるそれが、夜の闇をほんの少し照らす。
「これに触れてみろ」
「え、爆発しない?」
「しない」
「本当?」
「多分」
「その“多分”信用ならねぇんだよ!!!」
それでもやるしかない。
俺はゆっくりとスプーンを近づける。
熱が、じわりと頬に伝わる。
すくっ。
火球が――消えた。
「……は?」
「……消えたな」
「消えたなじゃないが???」
炎があったはずの場所には、何もない。
ただ手のひらに、じんわりとした熱だけが残る。
「……なんか、あったかい」
「それだ」
エルミナが即答する。
迷いがない。
「魔力を“掬い取り”、保持している」
「なにそれ怖い」
「つまり」
エルミナは静かにまとめる。
焚き火の光が、その横顔を照らす。
「このスプーンは――」
一拍。
「世界の法則を無視している」
「やめて!!!」
そんな怖い言い方やめて!!!
「だが安心しろ」
「どこが!?」
「使い手が馬鹿なので、バランスは取れている」
「おい」
「スプーン様すごい……」
「だからその呼び方やめろ!!!」
俺は、手の中のスプーンを見つめる。
銀色のそれは、焚き火の光を映して、ただ静かに輝いている。
どう見ても、普通のスプーンだ。
でも、こいつは。
衝撃も、魔力も、存在すらも――
掬う。
「……」
喉が鳴る。
「……やっぱり、怖いんだけど」
「今さらだ」
「今さらなのかよ」
火がぱちぱちと弾ける。
夜の森は静かで、その分だけ、このスプーンの異常さが際立っていた。
俺たちは、とんでもないものを持っている。
それだけは、はっきりとわかる。
「……いや、それでも納得いかねぇからな!!!」
思わず叫んだ。
「なんでスプーンなんだよ!!!!」
その夜、森に俺の全力のツッコミが響き渡った。
そしてその声を、遠くで“何か”が聞いていたことを、
俺たちはまだ知らない。
細かいことはキニシナイ!!




