第22話 スプーン勇者、両手になる
森の中は、相変わらず静かだった。風が葉を揺らし、時折どこかで枝がきしむ音がする。見慣れたはずの景色なのに、今日はどうにも落ち着かない。
原因はわかっている。
両手だ。
右手に金、左手に銀。どちらも、どう見てもスプーンである。
「……違和感すごいな」
思わず口に出すと、隣のカイルがぱっと顔を上げた。
「いいじゃないですか! 二刀流ですよ!」
「二刀流って言うな!!!」
響きだけかっこよくするな。実態は完全に食事前なんだよこっちは。
だがエルミナは、そんな俺の嘆きを気にする様子もなく、腕を組んだまま淡々と分析を続けていた。
「理にはかなっている。単純に処理能力が倍になる」
「言い方が怖い」
人を何だと思ってるんだ。いや、言ってることはわかるけど。
右で一つ、左で一つ。理屈だけなら確かに単純だ。
……納得はしたくないが。
「……慣れたくねぇな、これ」
「もう遅いな」
「やめろ」
即答した。受け入れた瞬間に負けな気がする。
そのとき、がさりと草が揺れた。
反射的に視線を向ける。
「来るぞ」
エルミナの声が低く落ちる。
次の瞬間、茂みを押し分けるようにして魔物が飛び出してきた。1体、2体……いや、それだけじゃない。奥からも次々と現れる。
「ちょっと待て、多くない!?」
「多いな」
「だから他人事か!!!」
だが、文句を言っている暇はない。すでに距離を詰められている。
俺は息を吐き、両手のスプーンを構えた。見た目の情けなさは相変わらずだが、もう迷いはない。
「来い」
最初の一体が跳びかかってくる。
右手を振る。カンッ、と軽い音。
魔物がふっと歪んで消える。
ほぼ同時に、左から別の個体が飛び込んでくる。今度は左手。
同じように振る。
カンッ。消える。
「……あれ?」
自分でやっておいて、思わず声が漏れた。
速い。明らかに、処理が速い。
「なるほど。同時対応が可能になっているな」
「やめろその言い方!!!」
だが、事実だった。
右で一体、左で一体。タイミングをずらせば、ほとんど間を空けずに対処できる。
魔物たちは数で押そうとしているが、その分だけこちらの手数も増えている状態だ。
次々と飛び込んでくる魔物を、俺は機械的に、いや半ば反射的に捌いていく。
右。
カンッ。
左。
カンッ。
さらに前から来た一体を、両手でほぼ同時に叩き落とす。
カンッ、カンッ。
連続で、消える。
「……楽じゃないか?」
思わず口にすると、エルミナが小さく頷いた。
「効率が上がっているな」
「だからその言い方!!」
だが否定できないのが悔しい。
そのとき、背後から鋭い気配が走った。
振り向くと、青白い魔力弾がこちらへ一直線に飛んできている。
「うおっ!?」
反射的に体をひねりながら、両手を動かす。
右で一つ、弾く。
カンッ。
左で二つ目を掬う。
カンッ。
だが、まだ来る。
「ちょっ、まだあるのかよ!?」
咄嗟に、両方まとめて受けるようにスプーンを動かす。
その瞬間、ばちっと手の中で何かが弾けた。
「……またか」
あの感覚だ。
魔法が“溜まる”。しかも、前より早い。
両手になったことで、吸い込む量が増えている気がする。
「やめろやめろやめろ!!!」
反射的に前へ出る。
近くにいた魔物へ向けて、そのまま押し出した。
どんっ!!!
爆ぜるような衝撃とともに、複数の魔物がまとめて吹き飛ぶ。木に叩きつけられ、土煙が一気に舞い上がった。
しばらくして、静寂が戻る。
葉の揺れる音だけが、やけに大きく聞こえた。
「……」
「……」
「……」
沈黙。
カイルがぽつりと呟く。
「……今の、ちょっとかっこよかったです」
「やめろ」
即答した。
認めたくない。認めたくないが。
「……少しだけな」
エルミナまで追撃してくる。
「お前もやめろ!!!」
なんで揃って認めに来るんだ。
だが、周囲を見渡せば結果は明白だった。さっきまで囲まれていたはずの魔物たちは、すべて倒れている。
しかも、明らかに短時間で。
「……」
俺は、両手のスプーンを見下ろす。
金と銀。
どちらも、ただのスプーンにしか見えない。
「……強くなってるな」
ぽつりと呟く。
「だな」
「ですね!」
二人が即答する。
「納得はしてねぇからな!!!」
そこだけは譲らない。
だが――。
もう一度、スプーンを見る。
やっぱりただの食器だ。
どこまでいっても。
「……なんでなんだよほんとに」
小さく呟く。答えはない。
わかる気もしない。
ただ一つ、確かなのは――
このまま、最後までこれで行くしかないということだけだった。




