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第20話 スプーン勇者、ちょっと怖くなる



 夕方。

 村の外れ、少し開けた草地に、俺は一人で立っていた。

 空はオレンジ色に染まり、長く伸びた影が足元を覆っている。風は穏やかで、遠くから鳥の声が聞こえてきた。


「……ちょっと試すだけだからな」


 誰に言うでもなく、そう呟く。

 さっきから、どうにも落ち着かない。

 あの感覚が、頭から離れなかった。


 ――疲れを掬う。


 できた。しかも、何度でも。

 それ自体はいい。むしろ助かる。

 問題は、そのあとだ。


「……どこ行ってんだよ、あれ」


 ぽつりと呟く。

 消えた、わけじゃない。

 あれは、確かに“取った”。

 なら、その“取ったもの”はどこにあるのか。


「……」


 スプーンを見る。

 銀色のそれは、夕焼けの光を受けて、静かに輝いていた。


 いつもと変わらない。

 何も変わらない。


 ――ように見える。


「……いや、変わってるよな」


 小さく息を吐く。

 ここ最近で、できることが増えすぎた。


 回復。

 呪いの解除。

 運。

 魔法の保持。


 そして。


「……疲労」


 自分で言ってて、意味がわからない。

 なんでそんなものまで掬えるんだよ。

 試しに、もう一度だけ。


「……」


 目を閉じる。

 体の中に意識を向ける。

 さっきまで動き回っていたから、わずかに残っている疲れ。


 それを探る。

 感じる。


 ――そして、すくう。


「……っ」


 指先に、あの感触。

 重くもない。軽くもない。

 ただ、“ある”としか言えない何か。

 それを、引き抜く。


「……」


 すっと、体が軽くなる。

 やっぱり消える。

 疲れが。完全に。


「……」


 目を開ける。

 世界は、変わらない。

 夕焼けも、風も、音も。

 何も変わらない。


 ただ一つ。


 自分の中から、“何か”がなくなった感覚だけが残っている。


「……ほんと、どこ行ってんだよ」


 小さく呟く。


 そのとき。

 ぴし、と。小さな音がした。


「……?」


 眉をひそめる。

 音は、手元から聞こえた気がした。

 視線を落とす。


 スプーン。

 いつもと同じ……のはずだった。


「……今、何か」


 目を凝らす。

 一瞬だけ。本当に一瞬だけ。

 スプーンの表面に、何かが揺らいだように見えた。

 黒い、もやのようなものが。


 ほんのわずか。すぐに消えた。


「……は?」


 思わず声が漏れる。今の、なんだ?錯覚か?

 目をこすって、もう一度見る。


 スプーンは、ただのスプーンだ。

 銀色で、つるっとしていて、何の変哲もない。


「……」


 沈黙。風が吹く。

 草が揺れる。


 さっきと同じ、穏やかな景色。


「……」


 少しだけ、喉が乾いた。


「……いや」


 首を振る。


「気のせいだろ」


 そうだ。そうに決まってる。

 今までだって、意味わからないことばっかりだった。

 今さら一つ増えたところで――


「……いや、増えたらダメだろ」


 思わず自分でツッコむ。

 なんで慣れようとしてんだよ。

 怖いだろ普通に。


 でも。


「……まあ、いいか」


 ぽつりと呟く。


 考えてもわからない。

 だったら、いつも通りだ。

 見なかったことにする。

 それが一番楽だ。


 スプーンを軽く振る。

 何も起きない。いつも通りだ。


「……よし」


 小さく頷く。


「帰るか」


 夕焼けの中、歩き出す。

 その背を、風が追い越していく。

 スプーンは、静かに光っていた。


 何もなかったかのように。


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