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第18話 スプーン勇者、溜める



 森を抜けた先にあったのは、半ば崩れかけた石造りの遺跡だった。


 蔦が壁を這い、ひび割れた柱のあちこちから草が伸びている。かつては立派な建物だったのかもしれないが、今はもう、風と土に少しずつ飲まれていくだけの場所に見えた。


 その入口の前で、俺は嫌そうな顔を隠しもしなかった。


「……絶対なんかいるだろ、こういうところ」

「いるだろうな」


 エルミナはあっさり頷いた。


「そこ否定しろよ!!!」


 せめて“気のせいだ”くらい言ってくれ!!!


「でも、依頼ですし!」


 カイルが元気よく言う。

 そう。依頼である。


 この遺跡の奥に魔物が棲みつき、近くの村にちょっかいをかけているらしい。だから様子を見てきてほしい、できればどうにかしてほしい――という、まあいつもの流れだ。


 ただ。


「……最近、雑に俺らへ押しつけてない?」

「信頼されているんだろう」

「言い方を変えるな!!!」


 便利屋じゃねぇんだぞこっちは!!!

 とはいえ、ここまで来て帰るのも癪だった。


 俺はしぶしぶ足を踏み出し、薄暗い遺跡の中へ入っていく。石床には砂が積もり、靴裏が擦れるたびに、しゃり、と乾いた音が響いた。


 中はひんやりしている。


 外は昼間の日差しで少し汗ばむくらいだったのに、ここだけ空気が冷たい。奥へ進むにつれて光は薄れ、壁の影が長く濃く伸びていく。


「……なんか、普通に雰囲気怖いな」


「今さらですか?」

「今さらだな」


「お前らもうちょい寄り添えよ!!!」


 俺の抗議は当然のように流された。

 そのときだった。


 ひゅっ、と。

 空気を裂くような音がして、青白い光が横から飛んできた。


「うおっ!?」


 反射で身を引く。

 光は俺の頬すれすれを抜け、背後の壁にぶつかって弾けた。ぱきん、と硬い音が響き、石の表面が焦げる。


「……今の、普通に危なくない!?」

「魔力弾だな」


 エルミナが即答する。


「見ればわかるわ!!!」


 いや、わかるけど!!!

 問題はそこじゃない!!!


「来ます!」


 カイルが叫ぶ。


 暗がりの奥、崩れた柱の陰から二体、三体と魔物が現れた。人型に近いが、顔立ちは獣じみていて、腕の先には鋭い鉤爪がある。しかも、さっきの青白い光を指先にまとわせているあたり、どうやら殴るだけじゃ終わらないらしい。


「……ああ、嫌な予感しかしねぇ」


 俺はスプーンを構えた。

 もうこの時点でおかしい。遺跡の中で魔物相手にスプーンを構える勇者ってなんだよ。

 違和感ありすぎだろ。魔物食うわけじゃあるまいし。


 だが、魔物たちは待ってくれない。

 一体が腕を振ると、青白い魔力の塊が一直線に飛んでくる。


「健太!」


 エルミナの声に押されるように、俺はスプーンを振った。

 カンッ、と軽い音が鳴る。

 いつものように、光はふっと掻き消えた。


「よし!」


 今のはうまくいった。

 そう思った瞬間。

 手のひらの奥に、妙な熱が残っていることに気づいた。


「……ん?」


 消えた、はずだ。でも、なんか変だ。

 指の間に、じわりと温いものが残っているような、そんな感覚がある。


「どうした?」

「いや、なんか……変な感じが」


 うまく言葉にできない。

 重いわけじゃない。痛いわけでもない。ただ、消えたはずの魔力が、どこかに引っかかっているような感じだった。

 その間にも、次の魔力弾が飛んでくる。


「うおっ、また!?」


 振る。


 カンッ。


 消える。

 だが、今度ははっきりわかった。


「……残ってる?」


 手の中に、何かがある。

 見えない。けれど、確かに“溜まる”感覚があった。


「何がだ」

「知らん。でもなんか、消えてない気がする」


「消えてないのに消えてるんですか!?」

「俺が聞きてぇよ!!!」


 状況説明を求めるな!!!

 俺だって困ってるんだよ!!!


 魔物たちは容赦なく攻撃を続けてくる。

 青白い光、赤い火の玉、妙に細い風の刃みたいなものまで混ざってきて、遺跡の薄暗い空間が一気に騒がしくなった。


「ちょっと待て多くない!?」

「多いな」

「他人事か!!!」


 だが、やるしかない。

 俺は飛んでくる魔法を次々とスプーンで掬っていった。

 火の玉は消え、風の刃は散り、魔力弾は霧みたいにほどけていく。

 それ自体はいつも通りだ。


 ただ、手の中に残る“何か”だけが違った。


 一発ごとに、少しずつ。

 熱や重みや、ぴりぴりした刺激みたいなものが、見えないまま積み重なっていく。


「……これ、まずくないか?」

「何がだ」


「なんか溜まってる」

「何がですか?」


「だから知らんって!!!」


 言ってるそばから、魔物の一体が距離を詰めてきた。

 魔法を撃つだけじゃなく、近接もやる気らしい。

 鉤爪を振り上げ、真正面から飛びかかってくる。


「うおおおっ!?」


 とっさにスプーンを突き出した。

 いつもみたいに“消す”とか“掬う”とか考える暇もない。ただ、押し返したい、それだけを思った瞬間――


 ばちっ、と。

 手の中で何かが弾けた。


「え?」


 次の瞬間、スプーンの先から光が吹き出した。

 青、赤、白、さっきまで掬っていた魔法が混ざったような塊が一気に前へ吐き出され、そのまま魔物をまとめて吹き飛ばす。


 ドンッ!!!


 遺跡の奥で激しい音が響き、土埃が舞い上がる。

 崩れた柱の陰にいた魔物まで巻き込まれ、まとめて壁に叩きつけられた。


「……」

「……」

「……」


 しばしの沈黙。

 土煙の向こうで、何かがぱらぱらと落ちる音だけがしている。


「……今の、俺?」


 恐る恐る聞く。


「おそらく」


 エルミナが即答した。


「おそらくってなんだよ!!!」


 そこは断言しろよ!!!

 いやされたらされたで嫌だけど!!!

 カイルが目をきらっきらさせている。


「勇者様、今のすごかったです!!!」

「いや俺もびっくりしてるからな!?」


 本当に!!!

 何あれ!?

 いきなり出たんだけど!?


 俺は手の中のスプーンを見下ろした。


 いつも通り、見た目は普通だ。銀色で、つるっとしていて、相変わらず武器感は一切ない。

 だが、さっきまでの“溜まっている感じ”はなくなっている。


「……まさか」


 エルミナがぽつりと呟く。


「掬った魔法を保持していたのか」

「さらっと言うな」


 そんな危ないことしてたの!?


「そして今、放出した」

「説明が雑!!!」


 でも多分そうなんだろうな、という嫌な納得がある。

 奥の土煙が少しずつ晴れていく。

 さっきまで暴れていた魔物たちは、きれいにのびていた。


「……勝ったのか?」

「勝ちましたね!」

「勝ったな」


 二人は揃って平然と言った。


「いや待てよ」


 俺はまだついていけていない。


「今の、偶然だからな?」

「結果は出ている」

「そういう問題じゃないんだよ!!!」


 ほんとに!!!

 いきなり溜めて放つとか、そういう仕様だったなら先に言ってくれよ!!!

 知らないままやるの怖すぎるだろ!!!


 俺はため息をつき、肩の力を抜く。

 遺跡の冷たい空気の中で、さっきまでの緊張が少しずつほどけていった。


 だけど、ピカッと銀色に輝くスプーンを見つめていると、ふと嫌な予感が湧き上がってきた。


「なあ」


 俺はゆっくり振り返る。


「これ、溜めすぎたらどうなるんだ?」


 エルミナは少しだけ考えてから、静かに答えた。


「たぶん」

「たぶんやめろ」


「暴発する」

「やめろ!!!!!」


 即答じゃねぇか!!!

 なんなんだよこのスプーン!!!

 消すだけじゃなくて、溜めるのかよ!!!


 カイルはなぜか感動していた。


「勇者様……ついに魔法までお弁当みたいに持ち運べるんですね……!」

「その例えやめろ!!!」


 しかも微妙にわかりやすいのが腹立つ!!!

 俺はスプーンを見る。


 いつもと同じ、ただのスプーン。

 なのに、こいつはさっき、複数の魔法を平然と抱え込んでいた。


「……ほんと、意味わかんねぇな」


 ぽつりと呟く。誰も否定しない。

 できるわけがなかった。


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