第17話 スプーン勇者、運が良すぎる
森の中。
いつものように、木々の間を歩きながら、俺はため息をついた。
「……増えてるよな」
「何がですか?」
カイルが首を傾げる。
「依頼」
即答した。
いやほんと増えすぎなんだよ。
「回復できるって広まったせいだろうな」
エルミナが淡々と答える。
「違うって言ってるだろ!!!」
何回言わせるんだよ!!!
あれはたまたまだ!偶然だ!
……多分。
「でも実際できてますし!」
「やめろ!!!」
事実を突きつけてくるな!!!
ほんとやめろ!!!
そんなやり取りをしていると――
ざわり、と。
空気が揺れた。
「……来るぞ」
エルミナの声が低くなる。
「え?」
その瞬間。
茂みの奥から、複数の影が飛び出してきた。
「ギィッ!!」
「ガァッ!!」
魔物だ。
見たことあるタイプ――ゴブリンに近いが、少し動きが速い。
「囲まれたな」
エルミナが冷静に言う。
「いや落ち着いてる場合か!?」
数が多い!普通に多い!
「問題ないです!」
カイルが元気よく言う。
「あります!!!」
俺は即座にツッコむ。
あるだろどう考えても!!!
だが、魔物たちはすでに距離を詰めてきていた。
「……っ」
仕方ない。スプーンを構える。
相変わらず納得いかないが、これしかない。
「来るぞ!」
エルミナの声と同時に、魔物が飛びかかってくる。
速い。
さっきまでのやつより明らかに速い。
「うおっ!?」
とっさに身を引く。
その瞬間。
――ずるっ。
「……は?」
魔物の足が、滑った。
そのまま勢い余って転倒。
顔面から地面に突っ込む。
「え?」
何が起きた?
いや今、普通に転んだよな?
「……?」
エルミナも一瞬だけ目を細める。
だが、次の魔物が迫る。
横からの攻撃。
鋭い爪が振り下ろされる。
避けきれない。
――と思った瞬間。
――ごつん。
「……え?」
魔物が、木に頭をぶつけた。
しかも自分から。なんで???
「……なんだ今の」
「知らん」
エルミナも即答した。
いや知らんのかい。
その間にも、魔物たちは次々と攻撃してくる。
だが。
――ずるっ。
――どん。
――すかっ。
「……え?」
一体は滑って転び。
一体は足をもつらせ。
一体は攻撃を空振る。
明らかにおかしい。
「……ちょっと待て」
俺は思わず後ずさる。
いやこれ。
「……全部、外れてない?」
「そうだな」
エルミナが頷く。
「お前には一切当たっていない」
「いやなんで!?」
俺何もしてないぞ!?
「勇者様すごいです!!!」
「違うって言ってるだろ!!!」
ほんとに!!!
そのとき、ふと思う。
「……いや、これ」
さっきの違和感。
あの石のとき。
「……運?」
ぽつりと呟く。
不幸になる石。
あれを“掬った”。
つまり。
「……運も、掬えるのか?」
試しに。
スプーンを構える。
目の前の魔物に向けて――軽く、すくう。
「……」
何も起きない。
だが、その直後。
――ずるんっ。
魔物が盛大に滑って転んだ。
「……」
「……」
「……」
沈黙。
「……当たりか?」
エルミナがぽつりと呟く。
「やめろ」
即答した。
当たってほしくない。
「いやでも今のは明らかに……」
「やめろって言ってるだろ!!!」
認めたくない!!!
だが、試しにもう一度。
別の魔物に向けて、すくう。
すると。
――ぐきっ。
「えっ」
魔物が、自分の足をひねった。
「……は?」
なんで???
「……」
カイルが、きらきらした目でこちらを見る。
「勇者様……」
「やめろ」
言わせない。
「運まで操れるんですね!!!」
「違う!!!」
全力で否定する。
そんなスキル聞いたことない!!!
そのとき。
最後の一体が、こちらに飛びかかってきた。
「うおっ!?」
とっさにスプーンを振ってすくう。
その瞬間。
――ぽとり。
魔物の足元に、なぜかバナナの皮が現れた。
「は???」
そして、そのまま。
――ずでんっ。
豪快に転倒。
完全に漫画みたいな転び方。
「いやなんでバナナあんだよ!!!」
森だぞここ!!!
「……」
エルミナが静かに呟く。
「運、だな」
「やめろって言ってるだろ!!!」
もう確定させようとするな!!!
「すごいです!!!」
カイルが興奮している。
「運を掬うなんて聞いたことないです!!!」
「俺もだよ!!!」
本当に何でもアリだな!?このスプーン!!
周囲を見る。
魔物たちは、全員倒れている。自滅で。
「……」
静かになった森。
風が、葉を揺らす。
そして。
「……いや意味わかんねぇだろこれ……」
ぽつりと呟く。
スプーンを見る。
いつも通り。
ただのスプーン。
なのに。
「……なんでバナナ出るんだよ……」
理解が追いつかない。
というか、追いつきたくない。
「……便利ではあるな」
エルミナが冷静に言う。
「便利とかそういう問題じゃねぇだろ!!!」
どこに向かってるんだよこれ!!!
空を見上げる。
青い。平和だ。
なのに。
「……なんかもう嫌な予感しかしねぇ……」
小さく呟く。
スプーンは、静かに光っていた。
何も知らない顔で。




