第12話 スプーン勇者、試される
来る。
見えないのに、わかる。
空気が、押し潰されるみたいに歪んだ。
森の静寂が、わずかに揺れる。
風はないのに、足元の落ち葉がかすかに浮き、擦れ合う音を立てた。
「くそっ!!!」
反射で腕を振る。
カンッ。
乾いた音が、やけに大きく響く。
――だが。
完全には、消えない。
「ぐっ……!」
腕の奥に、鈍い重さが沈み込む。
骨に直接触れたみたいな感覚が、遅れてじわりと広がった。
一歩、足が沈む。
柔らかい土が靴底を受け止めきれず、踵がわずかに埋まる。
体勢が崩れ、肩がぶれた。
「今の……軽くじゃなかっただろ!?」
息を荒げながら叫ぶ。
「軽い方だ」
魔族は淡々と返す。
「嘘つけ!!!」
軽かったら今ので腕折れてるわ!!!
視線を上げる。
あいつは、動いていない。
ただそこに立っているだけなのに――距離が近い。
圧が、ある。
見えないのに、押されている感覚。
「反応速度は悪くない」
「褒められてるのかこれ!?」
全然嬉しくないんだけど!?
「だが」
その指が、わずかに動いた。
次の瞬間、空気が収束する。
森の中の空気が一点に引き寄せられ、見えない塊になる。
周囲の葉が震え、足元の土がふわりと浮き上がった。
「――っ!?」
今度ははっきりわかる。
さっきと違う。圧が、集まってる。
「なんだそれ!?」
体が先に動いた。横へ飛ぶ。
その直後。
ドンッ!!!
地面が爆ぜた。
乾いた衝撃音とともに土が弾け、細かい砂が頬を打つ。
さっきまで立っていた場所が、拳大にえぐれていた。
「うおっ!?」
着地して、よろける。
足元の土が崩れ、体がわずかに流れる。
土の匂いが、強く鼻に残る。
「いや今の普通にヤバいやつだろ!?」
「当たればな」
「当たるわ!!!」
避けたからいいけど、避けなかったら終わってたぞ今の。
心臓がうるさい。
鼓動が耳の奥で暴れている。
「……構造は単純だ」
魔族が静かに言う。
「力を収束させているだけ」
「だけで済ませるな!!!」
何が“だけ”だよ!!!
「だからこそ、対処も単純だ」
「できるならな!!!」
言ってる間に、また来る。
空気が引き絞られる。
今度は一つじゃない。
複数。
見えない圧が、いくつも生まれる。
「うわ、増えた!?」
来る。一斉に。
「うおおおおお!!!」
振る。
カンッ! カンッ!
乾いた音が連続して弾ける。
だが――重い。
一つ一つが、確実に残る。
「無理無理無理無理!!!」
腕が痺れる。手の感覚が鈍くなる。
削れてるはずなのに、押し切られる。
靴が土を引きずり、ずるりと後ろへ滑った。
「健太!」
カイルの声が飛ぶ。
「一度距離を――!」
言い終わる前に。
来た。
今までで一番、重い。
空気そのものが塊になって、正面から叩きつけられる。
「っ!!!」
反射で振る。
カンッ。
だが――
弾ききれない。
衝撃が、そのまま突き抜ける。
「がっ!?」
体が浮いた。
一瞬、足が地面から離れる。
次の瞬間、背中から叩きつけられた。
ドンッ、と鈍い音が響く。
「っ……!!」
肺から空気が抜ける。
息ができない。
視界が白く揺れ、遅れて土の冷たさが背中に広がった。
口の中に、土の味がする。
「……弱いな」
見下ろす声。
変わらず、淡々と。
「まだ、理解していない」
「うるせぇ……!」
なんとか体を起こす。
腕が重い。指先の感覚が鈍い。
でも、スプーンを握る手だけが、妙に熱かった。
「理解ってなんだよ……!」
息を荒げながら叫ぶ。
わからない。
でも、このままじゃダメなのはわかる。
あいつの攻撃は単純だ。
速くて、重い。それだけ。
それなのに――止められない。
「……違う」
ぽつりと、言葉が漏れる。
全部消そうとしてるからだ。
全部じゃない。
あれは――
「……」
視線を上げる。魔族は動かない。
ただ、待っている。試すように。
「来い」
短い一言。
その声で、空気がまた張り詰める。
――次で終わらせる気だ。
そうわかる。
なら。
「……上等だよ」
スプーンを握り直す。
全部じゃない。
全部じゃなくて――
“何を掬うか”。
それだけを、考える。




