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第11話 スプーン勇者、観察される



 森は、静まり返っていた。


 ついさっきまで耳に残っていた虫の声が、いつの間にか途切れている。

 風もない。枝葉はぴたりと動きを止め、空気そのものが張り付いたように重い。


 足元の落ち葉を踏む音だけが、やけに大きく響く。

 一歩、踏み出すたびに――ざく、ざく、と乾いた音がついてくる。


 それが妙に、気持ち悪かった。


「……なんか、静かじゃね?」


 思わず漏れた声が、自分でも少し浮いて聞こえる。


「そうだな」


 エルミナは短く答えるが、その視線は前ではなく、左右へと滑っていた。

 周囲をなぞるように、何かを探っている。


「いや逆に怖いんだけど。BGMどこいった?」

「ない」


「だよなぁ!!!」


 即答に安心できないのが一番怖い。

 嫌な沈黙だった。


「……カイル?」


 振り返る。


 少し後ろを歩いていたカイルが、足を止めていた。

 口を閉じたまま、落ち着きなく視線を巡らせている。


 普段のあいつなら絶対に喋っている。

 それだけで、異常は十分すぎた。


「……なんか、嫌な感じがします……」


 小さな声。

 だが、その言葉は妙に重く、空気に沈む。


 背中に、じわりと汗がにじむ。


「嫌な感じってなんだよ」


 軽く返したつもりだったが、声は少しだけ硬い。

 理由はわからない。

 でも――何かがおかしい。


 そのとき。

 ――ざっ。


 背後で、何かが踏みしめる音がした。


「……!」


 振り向く。

 木々の間。影が重なり合うだけで、何も見えない。


「気のせいか……?」


 いや、違う。

 今のは確実に何かいた。


「止まれ」


 エルミナの声が落ちる。

 短く、鋭い。


 足が止まる。

 呼吸が浅くなる。

 耳の奥で、自分の心臓の音だけがやけに大きい。


 次の瞬間。


「……それが、例の武器か」


 声が、した。すぐ後ろ。

 振り返るよりも先に、背筋がぞわりと粟立つ。


「うおっ!?」


 反射的に飛び退く。

 落ち葉が跳ねて、乾いた音が散った。


 そこに――立っていた。


 さっきまで何もなかった場所に、影のように。


 細い体。無駄のない立ち方。

 闇の中でもはっきりわかる、冷えた目。


 魔族だ。

 だが――


「……」


 そいつの視線は、俺じゃない。

 まっすぐに、俺の手元へ。

 ――スプーン。


「ちょっと待て来るな来るな来るな!!!」


 思わずスプーンを構える。

 なんで構えてるんだ俺。

 でも、体が勝手に動いた。


 魔族は止まらない。

 音もなく、一歩、距離を詰めてくる。


「それを、見せろ」

「やだよ!!!」


 即答。


「興味がある」

「知らねぇよ!!!」


「それは何をしている」

「は?」


「攻撃か」

「……知らねぇよ!!!」


 もうそれしか言えない。


「非効率だ」

「だろうな!!!」


「だが」


 一歩、距離が詰まる。

 近い。

 空気が、重くなる。


「結果が出ている」

「……」


 喉が鳴る。


「確認する」

「いや待て」


「一度だけだ」

「だから待てって言ってんだろ!!!」


「なんなんだよお前、研究者か!?」


 言い終わる前に。

 空気が、歪んだ。


「っ!?」


 視界の端が揺れる。

 何かが来る。

 でも見えない。速い。


「うおおおおお!?」


 反射で腕を振る。

 カンッ。


 軽い音。

 だが――重い。


「っ……!」


 腕に、ずしりとした衝撃が残る。

 痺れが遅れて広がる。

 一歩、後ろに下がる。


「……今の」


 息を整えながら呟く。


「消しきれてねぇ……?」


 間。


「え、これ失敗判定?成功?どっち!?」


 わかんねぇんだけど!?

 魔族の目が、わずかに細くなる。


「なるほど」


 低い声。

 その中に、わずかな興味。


「完全な無効化ではないか」

「……は?」


 こいつ、今のでそこまでわかったのか?


「面白い」


 ほんの少し、口元が歪む。


「もう一度だ」

「やめろぉぉぉぉ!!!」


 さっきよりも、空気が重くなる。


 圧が違う。

 来る。

 わかる。


 さっきのとは比べ物にならない。


「健太!」


 カイルの声が震える。


「避けろ!」


 エルミナの声は鋭い。

 でも――無理だ。

 速すぎる。


「くそっ!!!」


 スプーンを握る。

 手のひらに汗がにじむ。


 消す。

 消すってなんだ。

 わからない。


 でも――来る。

 空気ごと押し潰されるような圧が迫る。


 その瞬間。

 直感が、叫んだ。


 ――ここからが、本気だと。



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