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第9話 スプーン勇者、修行しても納得できない



「――修行だ」

「やだ」


 即答だった。

 考えるより先に口が動いた。


「やるぞ」

「やだ」


「やる」

「やだ」


「やる」


 エルミナが一歩も引かずに言い切る。


「……はい」


 視線に負けて、肩を落とした。



 *****



 森の奥。


 人の気配はない。

 風が吹くたび、葉がざわりと揺れる。


 足元の土は柔らかく、踏み込むとわずかに沈んだ。


「まずは基本だ」


 エルミナが腕を組む。


「スプーンを構えろ」

「その時点で納得いってない」


「いいから」


 渋々、スプーンを持ち上げる。

 どう見ても食事前だ。



「“掬う対象”を明確にしろ」

「それがわかんねぇんだよ」


「前回は“衝撃”を掬った」

「たまたまだ」


「違う」


 即答。距離が一歩、詰まる。


「意識していた」

「……そうか?」


「恐怖、回避、本能。すべてが“衝撃”に向いていた」

「難しいこと言うな!!!」


「簡単に言う」


 視線が合う。


「“何をどうしたいか”を決めろ」

「……あー」


「それを掬え」

「それでいけるのか?」


「いける」

「マジで?」


「理論上は」

「理論かよ!!!」


「スプーン様ならできます!!」


 後ろから弾んだ声。

 振り返ると、カイルがきらきらした目で頷いていた。


「根拠どこだよ!!!」


「じゃあ実践だ」

「え?」


 エルミナが、杖を向ける。

 空気がぴんと張る。


「軽くいく」

「その“軽く”信用ならねぇんだよ」


「いくぞ」

「待て待て待て待て!!!」


 次の瞬間。空気が弾けた。

 視界の端が光る。

 ――速い。


「うわあああああ!!!」


 反射で腕を振る。

 体が勝手に動いた。


 カンッ。


 軽い音。

 魔法弾が弾ける。


 だが。


 腕にびりっと衝撃が残る。

 手のひらがじんと痺れた。


「……弱い」

「だろうな!!!」


 息が上がる。

 心臓がうるさい。


「今のはただ振っただけだ」

「じゃあどうすりゃいいんだよ!!!」


「“弾きたい”ではなく」

「うん」


「“消したい”と思え」

「いや無理だろ!!!」


「やる」

「はい!!!」


 来る。わかる。

 空気が、また歪む。


 どうする?


 弾くな。消す。

 消すってなんだ。

 わからん。


 でも――


「……消えろ!!」


 歯を食いしばる。

 ぶれる腕を無理やり振り抜く。


 カンッ。


 触れた瞬間。

 手応えが、消えた。


 魔法弾が――消える。


「……は?」


 そこにあったはずの光が、跡形もない。


「……」

「……消えたな」


「消えたね!!!」

「消えたぁぁぁ!!!」


 思わずスプーンを見る。

 何も変わってないのが余計に怖い。


「成功だ」

「成功じゃねぇよ!!!」


「いや成功だ」

「意味がわからねぇ!!!」


「次だ」

「まだやるの!?」


「やる」

「はい!!!」


 逃げ場がない。


「今度は――」


 エルミナの魔力が、わずかに強まる。

 空気が重くなる。


「“押し返す”」

「増えてない!?」


「いくぞ」

「待って!!!」


 来た。重い。

 さっきより、圧が違う。

 空気ごと押される。


「うわあああああ!!!」


 一歩、足が滑る。

 踏ん張る。逃げたい。


 でも――

 押し返す。わからん。


 でも――


「……返せぇぇぇぇ!!!」


 カンッ。


 今度は、確かな手応え。

 掬った。


 “何か”を。


 次の瞬間。

 魔法弾が、逆流した。


「え」


 エルミナの横をかすめる。

 髪がふわりと揺れる。


 そのまま森の奥へ。

 遅れて、衝撃音。


「……」

「……」


「……今のは危なかった」

「やめろぉぉぉぉ!!!」


「成功だ」

「成功じゃねぇよ!!!」


「いや成功だ」

「怖ぇよ!!!」


「スプーン様……ついに魔法を返した……!」


 カイルが感動している。


「やめろって!!!」


 膝に手をつく。

 息を整える。


 心臓がまだ暴れている。


「……なんだよこれ」

「理解したか?」


「全然」

「そうか」


 でも。

 スプーンを見る。


 変わらない見た目。

 ただの食器。


「……なんとなく、わかった気はする」

「それでいい」


「いいのかよ」

「そのうち言語化できる」


「できる気がしねぇ」


 でも。確実に。

 さっきより、扱えている。


「……」

「じゃあ最後だ」


「まだあるの!?」

「実戦形式」


「帰りたい」

「ダメだ」


 エルミナが、わずかに口元を上げる。


「全力で来い」

「お前がな!!!」


 こうして、意味のわからない修行は続き。

 俺は確実に強くなっていく。


 ただし。


「……やっぱ納得いかねぇ」


 その気持ちだけは、一切変わらなかった。



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