第54話 リーネ
マルダ方面への輸送は、いつも通りの平和な業務だった。食料品の詰め合わせで、積み込みに手間も かからない。
メーディアは今日も静かに宙を流している。 リーネは通常業務の傍らで、広域通信の傍受を続けていた。
オーブを手に入れて以降、シルバーアッ シュの動きを追うために情報網を広げている。大半はノイズだ。商業通信、傭兵ギルドの連絡、軍の 定型通達⸺流れを眺めながら、引っかかるものだけを拾っていく。
その手が、一瞬だけ止まった。
「……ケイト」
声のトーンが、いつもと少し違う。
「何だ」
「軍の通信が引っかかった。辺境宙域の捜索打ち切り通達」
「捜索打ち切り?」
「行方不明者の捜索を、正式に終了するって内容。ゼクス外縁部の宙域よ」
リーネが少し間を置いた。
「まあ、よくある話よ」
よくある話、と言いながら、端末は閉じられなかった。
画面を見たまま、指が動かない。
「どうした」
「…なんでもない」
なんでもない、という返し方ではなかった。
輸送の仕事を終えて帰路についてからも、リーネは端末を閉じなかった。 ケイトは何も言わなかった。
言う必要がある場面かどうか、まだわからない。ただセンサーの数値を 確認するふりをしながら、通信越しにリーネの
こっそりと様子を見ていたが、いつもなら手が止まらない。
画面を切り替えながら、複数の情報を同時に捌いている。今は、一つの 画面を見たまま動いていなかった。
「リーネ」
「なに」
「さっきの通達。ゼクス外縁部だったな」
「そう」
「お前、あの宙域に知り合いがいたのか」
少し間があった。長い間だった。
「いた」リーネが答える。
「行方不明になった。軍の作戦に巻き込まれて。もう3年になる」
それだけ言って、また黙った。続きを話す気がないのか、話し方がわからないのか、通信越しでは判 断できない。
「捜索打ち切り、か」
「正式に死亡認定される前の手続きよ。はいはい、知ってる。そういう仕組みだって」
すごく投げやりな言い方だった。知っていて、それでも端末を閉じられずにいる。
帰港してから、ケイトはリーネに通信を入れた。
「少し話せるか」
「はいはい」
いつもの返事だった。ただ、少し間がある。
「何」
「過去を話す必要はない。ただ、聞いておきたいことがある」
リーネが黙った。ヴェルナーの時と似た間だった。ただ、ヴェルナーより少し長い。
「……聞くだけ聞く」
「さっきの通達。お前が端末を閉じなかったのを見てた」
「見てたのね」
「気になった。それだけだ」
また間があった。端末を触る音がして、止まって、また触る音がして、それが繰り返される。考えて いるのか、話すかどうか迷っているのか⸺通信越しじゃわからない。
「話したことないんだけど」
リーネが言った。
「誰にも」
「話さなくていい」
「でも聞くんでしょ」
「お前が話したければ聞く。話したくなければ、それでいい」
今度の間は、短かった。
「……話す」
ーー話すんかい、というのは野暮だな
「軍にいたのは知ってるでしょ」
端末を触る音が、止まっていた。
「電子戦部門。6年いた」
「そうだっけ?知らなかった」
「言ってなかったから」
少し間があった。
ーーそら知らねーわ!、という言葉は、雰囲気が雰囲気なだけに、のど元で飲み込む。
「幼馴染がいた。子供の頃からの付き合いで、あいつも軍 に入った。ただ、私とは違う部門で、違う宙域にいた。それでも時々、連絡は取り合ってた」
「3年前に」
「作戦があったの。辺境の掃討作戦ね。詳細は機密で、あいつから何も聞けなかった。ただ、その作戦の 宙域に民間の輸送艦が誤って入り込んだの。軍はそれを把握してた。把握してたのに、作戦を止めな かった」
ケイトは黙って聞いていた。
「輸送艦は戦闘に巻き込まれて消えた。乗組員は全員行方不明。軍は損耗として処理した。私が調べ ようとしたら、情報を握りつぶされた。上に掛け合ったら、作戦上の判断だったって」
声は平坦だった。感情を抑えているのか、3年かけて平坦になったのか、そこまでは読み取れない。
「それで辞めた」
「幼馴染は、その作戦にいたのか」
「そう。ちょうど民間機に注意しに行ってたらしい」
少し間があった。
「生きてるかどうか、まだわからない。 わからないままずっとやってる」
「端末を触り続けているのは」
「情報網を張ってる。引っかかるかもしれないから」
リーネが、小さく笑った気配がした。
「バカみ たいでしょ」
「そうは思わない」
「思わないの」
「ああ」
しばらく沈黙が続いた。通信は繋がったままだった。
「見つかると思う?」
リーネが聞いた。珍しい聞き方だった。答えを求めているというより、声に出してみた、という感じ の問いかけ。
ケイトは少し考えた。慰める気はなかったし、根拠のないことを言う気もなかった。
「さあな。ただ、お前が諦めない限りは、可能性はあるだろ」
「可能性ね」
「それだけだ」
また間があった。
「はいはい、そうね」
いつもの返事だった。ただ、いつもより0.5秒くらい遅かった。それだけだったが、それだけ違っ た。
「ありがとう」
「別に何もしてない」
「聞いてくれたでしょ」
通信が切れた。ブリッジに静寂が戻る。コンソールの横でオーブが淡く光っていた。メーディアのプ リンセス・オーラが、いつも通りの輝きで宙域に尾を引いている。
誰かを探しながら端末を触り続けている女がいる。才能があったのに使いどころが悪かった男がい る。積めないくせに仕事を取ってくる脳筋がいる。シャンデリアを守ることだけは譲らない元貴族が いる。
後半はネタ枠じゃねぇか。
まあ、なかなかどうかしている旅団だ。 こういうのが、続くんだろうな。




