第55話 接触
港に立ち寄ったのは、燃料補給のためだった。積み込み作業をシャルロッテに任せて、ケイトが管理棟の窓口で手続きをしていた時だった。
隣に、人が立った。
気配があった。ただ、声をかけてくるまで少し間があった。急かさない間だった。
「プリンセスお護り隊の艦長さんですよね」
振り返ると、30代くらいの男が立っていた。地味な格好。目立たない顔。ただ、立ち方が妙に落ち着いている。港の喧騒の中で、一人だけ別の空気を纏っていた。
「そうだが」
改めて人から言われると、激烈にダセェな
「少しお時間をいただけますか。取引の話があります」
笑顔だった。感じのいい笑顔。ただ、目だけが笑っていなかった。
「聞くだけ聞くよ」
「ありがとうございます」
男は静かに言った。
「オーブをお持ちですよね。それを返していただけると、旅団の皆さんの安全を保証できます。シルバーアッシュとして、正式に」
シルバーアッシュ、という名前を、男は隠さなかった。
「考える時間をくれ」
「もちろんです」
男は名刺を差し出した。
「3日後にまたここに来ます。その時にご返答いただければ」
受け取ると、名前だけが書いてあった。所属の記載はない。
管理棟を出てから、旅団に繋いだ。
「シルバーアッシュのエージェントが接触してきた。オーブを返せば旅団の安全を保証すると。3日後に返答を求めてる」
しばらく、誰も何も言わなかった。
「殴りに行くか」
ガルドが言った。
こういう時に、脳筋バカを存分に発揮してくれる。
「交渉役を出してきた」
リーネが端末を叩きながら返す。
「今すぐ力で来る気はない。殴ったら逆に手札を晒すだけよ」
「ヴェルナーはどう見る」
「組織の本気度を測っている可能性があります」
ヴェルナーが答えた。
「交渉を持ちかけてくるということは、力だけでは解決できない事情があるのかもしれない。あるいは——こちらの出方を見ている」
「なぜそこまで返してほしいのか、って話ね」
リーネが言った。
「エネルギー増幅装置なら、別のルートで手に入れればいい。わざわざ交渉してくるのは、変」
「そうだな」
ケイトは名刺に目を落とした。名前しか書かれていない紙切れ。
「3日、時間がある。その間に調べる。リーネ、シルバーアッシュの内部通信を傍受できるか」
「試してみる。保証はできないけどね」
「頼む」
* * *
2日後の夜、リーネから通信が入った。
「引っかかった」
声のトーンが、いつもと違った。今回は、違う種類の重さだった。
「シルバーアッシュの内部通信か」
「暗号化されてたけど、軍にいた頃に使ってた解析ツールが使えた。完全じゃないけど、断片的に読めた」
リーネが少し間を置いた。
「ケイト。これ、全員に共有した方がいい」
「繋いでくれ」
旅団の通信が繋がった。リーネが解析した内容を読み上げ始める。声が平坦だった。感情を抑えているのが、通信越しでも伝わってくる。
「シルバーアッシュの内部記録に、実験の記録がある。6ヶ月前、ゼクス外縁部の無人星系でオーブを使った実験を行ったっていう記録。結果の記述は——対象星系のエネルギー吸収を確認。恒星の冷却速度、想定値の1.3倍。惑星環境への影響、完全」
誰も、何も言わなかった。
「完全、というのは」
ヴェルナーが静かに聞いた。
「全滅、ということだと思う」
リーネが答える。
「無人星系だから被害者はいない。ただ、実験は成功している。3個揃えれば、有人星系でも同じことができる」
ガルドが黙っていた。珍しいことだった。
「星ごと、死滅させられる、ってことか」
「そういうことだと思う」
しばらく、誰も何も言わなかった。
ガルドが最初に口を開いた。
「……政府を脅す道具じゃないな、これ」
「本当に使う気がある」
リーネが答える。
「脅しだけなら実験まではしない。成功を確認してから交渉に来た。つまり——」
「つまり、渡したら使われる可能性がある」
ヴェルナーが静かに言った。
「旅団の安全を保証する、という言葉の意味も変わってくる」
「保証の意味がわかった」
ケイトは言った。
「俺たちを生かしておく代わりに、オーブを使って星系を一つ潰す。それで政府が従う。従った政府の下で、俺たちは生かされる」
「……最悪の保証ね」
リーネが端末を閉じた。
「渡す気はない」
ケイトは続けた。
「ただ、どう動くかはまだ決まってない。3日後の返答は保留のままにする。向こうが交渉してくるなら、こちらも交渉で時間を稼ぐ」
「その間に」
ガルドが促す。
「2個目のオーブの情報を集めるぞ。向こうが持ってるなら、俺たちが待つ理由はない」
リーネが端末を開き直した。
「仕事が増えたわね」
「そうだな」
通信を切って、ブリッジに静寂が戻った。
コンソールの横でオーブが淡く光っていた。変わらない光だった。こいつが何をするものか、今はわかっている。ただ光り続けている。何も語らない。
星系を一つ潰せる。実験済みだ。政府を脅すための道具として、すでに完成している。
ケイトはしばらくオーブを見ていた。手に取る気にはなれず、そこに置いたままにした。
ーー世界の半分くれねぇかな…なんて、邪な考えは宇宙の深淵に溶けていった。
端末に、次の輸送依頼の通知が入っていた。マルダ方面、精密機器。いつも通りの仕事。明日の朝、出発にする。
「面倒なことになった」
独り言だった。いつもより少し重かった。追われるのは今に始まった話じゃない、と前に言った。ただ、追われる理由がこういうものだとは思っていなかった。
稼ぎのために動いてきた。生き延びるために動いてきた。それは変わらない。ただ、オーブを手放さないということは、その先にあるものを引き受ける、ということでもある。
まあ、それでいい。
今は、飛んでいるだけでいい。




