第53話 ゲット
施設の入口は、思ったより狭かった。
ヴェルナーが確保したというのは、要するに鍵のかかっていない搬入口を見つけた、ということだった。大型の荷物を運び込むための通路で、天井は高いが横幅は艦の通路と大差ない。非常灯だけが床を照らしていて、壁は古い石積みに後から配線を這わせたような作りになっている。
「人の気配はどこだ」
ケイトは小声で聞いた。
「中心部の方向です」
ヴェルナーが答えた。声も低く抑えていた。
「外が静かだった理由がわかりました。全員が中に集まっている。警備に人を割く余裕がない状態だと思います」
「何をしているんだ」
「わかりません。ただ、作業中であることは確かです。こちらの侵入には気づいていない」
ガルドが通路の奥を覗いた。しばらく目を細めてから、低い声で言った。
「戦闘態勢じゃないな。構えてる様子がない」
「だから静かだったのか」
リーネが端末を確認しながら言った。画面から目を離さないまま。
「はいはい、集中しすぎて外が疎かになってる。何かよほど重要な作業をしてるのね」
「進む」
施設の奥に進むにつれて、エネルギー反応が強くなってきた。
通路が折れ曲がるたびに、リーネの端末の数値が上がっていく。彼女は無言で確認を続けながら、小声で言った。「反応が近い。中心部まであと100mくらい」
「人の気配は」
「前方に集まってる。こっちにはまだ気づいてない」
そこでリーネが足を止めた。端末を見たまま、眉をひそめた。何かが引っかかったような間だった。
「ケイト。メーディアの波形、今どうなってる」
通信越しにメーディアのセンサーデータを確認した。プリンセス・オーラの出力値が、いつもと違う。波形が乱れているというより——何かに引き寄せられるように、振れ幅が大きくなっていた。
「変わってる」
「やっぱり」リーネが端末を素早く操作した。指が止まらない。
「施設のエネルギー反応と共鳴してる。近づけば近づくほど、メーディアのモジュールが反応してる」
「こいつとオーブが反応し合ってるのか」
「そういうことだと思う」
リーネが顔を上げた。
「厄介なことに、反応が強くなってる分、外からも探知されやすくなってるかもしれない。急いだ方がいい」
「わかった。進む」
中心部に着いた時、最初に目に入ったのは人だった。
10人前後。白衣に近い格好をした人間が、作業台を囲んで何かに集中している。武装している様子はない。研究者か、技術者か。誰一人として旅団の侵入に気づいていなかった。
その中心に、オーブがあった。
球体。手のひらに収まるくらいの大きさだ。台座の上に置かれていて、淡く光っている。白とも青ともつかない光だった。施設のエネルギー反応の発生源は、間違いなくあれだ。
ガルドが壁際から中心部を覗き込み、小声で言った。
「取れるな」
「取った瞬間に気づかれる」
「だから先に制圧するか」
「人数は」
リーネが端末を素早く確認した。
「12人。武装なし。ただし奥にもう少しいる可能性がある」
ケイトはしばらく中心部の様子を観察した。作業している人間たちは、オーブに向けて何かの機器を当てながらデータを取っているようだった。手が止まらない。視線がオーブから離れない。急いでいる、というクラウスの言葉通りだった。
「制圧する。ガルド、前に出る。ヴェルナー、出口を塞いでくれ。リーネ、通信を遮断しておいてくれ」
「はいはい、もうしてる」
リーネが端末を叩いたまま答えた。
「俺がオーブを取る。全員、戦闘じゃない。逃げられなければそれでいい」
「わかった」ガルドが短く答えた。いつもの好戦的な熱がなかった。今は静かに動く場面だとわかっている。
ガルドが前に出た瞬間、部屋の空気が変わった。
160mの重装戦艦の艦長だ。体格だけで十分だった。作業していた人間が一人振り返り、声を上げる前にガルドが低く言った。「動くな」それだけで全員が固まった。
ヴェルナーが音もなく出口を塞いだ。リーネが端末で外部通信の遮断を確認した。
「外への連絡、塞いだ。どこにも繋がれない」
俺はオーブに近づいた。
台座の前に立つと、光が少し強くなった気がした。気のせいかもしれない。手を伸ばした瞬間、通信越しにメーディアのセンサーデータが跳ね上がった。
「波形が急に大きくなった」リーネが言った。端末から目を離さないまま。「触れた?」
「今触れた」
「共鳴が強くなってる。メーディアのモジュールが反応してる」
オーブは思ったより軽かった。光は触れても消えなかった。ただそこにある、という感じだった。ゲームで見たことのないアイテムだった。説明文がない。ドロップ品でもない。ただ、ここにあった。
「確保した。撤退する」
「待って」リーネが端末を見たまま言った。声が少し速くなった。「奥から人が来る。気づいた」
「走るぞ」
走った。
来た道を戻る。ヴェルナーが先頭、ガルドが後ろ。リーネが走りながら端末を確認し、通信で状況を流し続けた。「追ってくる。5人、いや6人。武装あり」
「武装ありか」
「さっきの研究者じゃない。警備の人間が奥にいたみたい」リーネが息を切らしながら言った。「はいはい、読みが甘かったわね」
「今更言っても」
搬入口が見えた。ヴェルナーが先に出て、外の状況を一瞬確認した。「クリアです」
全員が外に出た。各艦に戻る。メーディアのエンジンが唸りを上げた。プリンセス・オーラが一気に広がった。
その瞬間、リーネの声が上がった。
「ケイト。波形がおかしい。メーディアのモジュールとオーブが共鳴しすぎてる。艦の出力が上がってる」
「どのくらい」
「15%くらい。いつもの50kmバフと同じ範囲に広がってる。ただ、強度が違う」
オーブを手に持ったまま、センサーデータを確認した。確かに数値が上がっていた。メーディアのモジュールがオーブに反応して、出力が増幅されている。
「後で考える。今は逃げる」
「それでいい」
施設から離れながら、手の中のオーブを見た。淡く光ったままだ。消える気配がない。こいつが何なのか、なぜメーディアのモジュールと共鳴するのか、まだ何もわからない。
ただ、こいつとメーディアは何か繋がっている。それだけは確かだった。




