第52話 確認
クラウスから追加の情報が届いたのは、前の任務から二日後のことだった。俺の端末がけたたましい音を立て、画面に彼の無骨な顔が映し出される。
「施設の周辺、最近また動きがある。ただし今回は違う種類の動きだ」
彼の声はいつも通り淡々としているが、その奥に微かな焦りの色が感じられた。俺は眉をひそめる。
「違う種類、とは?」
「外に向かう動きじゃない。中に向かう動きだ。何かを持ち込んでいる」
何を、と問う前に、クラウスは言葉を続けた。
「わからない。ただ、急いでいる。それだけは確かだ」
急いでいる、か。軍が動けないことを知っている上で、奴らは急いでいる。向こうも何かを察知している可能性がある。
俺は短く「わかった」とだけ答えて、一方的に通信を切った。端末が沈黙を取り戻す。軍が動けない以上、自分たちで行くしかない。俺はそう判断せざるを得なかった。だが、今回の目的は戦闘じゃない。それは明確にしておく必要がある。
「全員に繋いでくれ」
俺は隣にいたリーネに頼んだ。彼女は面倒くさそうに「はいはい」と返事をしながらも、素早く端末を操作する。数秒後、旅団の通信が繋がった。
「秘密基地に向かう。ただし、殴りに行くわけじゃない。見に行くんだ」
俺の言葉に、一拍の沈黙が流れる。そして、案の定、ガルドが即座に食ってかかった。
「見るだけで終わるわけないだろ!」
彼の声には、隠しきれない苛立ちと、早く暴れたいという本能が滲み出ていた。俺は冷静に言い放つ。
「終わらなかったらその時考える。今は確認が先だ」
リーネが再び「はいはい」と呟きながら端末を叩く音が聞こえる。彼女は俺の言葉に慣れている。
「それで、どう動くの?」
「メーディアで近づくのは悪手だ。目立ちすぎる」
誰も反論しなかった。プリンセス・オーラが光り輝くこの艦で秘密基地に近づけば、遠くからでもその存在はバレてしまう。隠密行動には全く向かない。
「ヴェルナー、施設の警備状況は事前に確認できるか?」
俺の問いに、ヴェルナーの落ち着いた声が返ってくる。
「内偵ルートで当たってみます。少し時間をください」
「頼む。リーネ、先行偵察はヘルメティカで行ってくれ。ヴェルナーの情報と合わせて判断する」
「了解。はいはい、また私が先に行くわけね」
リーネはため息交じりにそう言ったが、その声に不満の色はない。電子戦艦であるヘルメティカが偵察に向いているのは、彼女自身が一番よく理解しているはずだ。
「電子戦艦が一番向いてる」
「わかってるわよ。文句じゃないわ」
リーネが端末を閉じるカチャリという音が聞こえた。そして、彼女はふと、思い出したように尋ねる。
「シャルロッテはどうする?」
「後方待機だ」
「わかりましたわ」
シャルロッテが静かに、しかし確固たる声で答える。彼女の言葉には、いつも通りの気品が漂っていた。
「シャンデリアは守ります」
「そこだけかよ」
俺は思わず突っ込んだ。彼女の返答はいつも予想の斜め上を行く。
「大事なことですわ」
彼女は真顔でそう言い放つ。まあ、彼女にとってシャンデリアはそれだけ大切なものなのだろう。
「俺とメーディアも後方待機か?」
ガルドが確認するように尋ねた。彼の声には、やはり不満が隠しきれていない。
「先行偵察の結果次第だ。リーネとヴェルナーが戻ってから判断する」
「…… わかった」
珍しく、彼はすんなりと引き下がった。その意外な素直さに、俺は内心で少し驚いた。
リーネから第一報が入ったのは、ヘルメティカが出発してから六時間後のことだった。端末から聞こえる彼女の声は、いつもより少しだけ真剣な響きを帯びている。
「着いた。これから近づく」
「わかった」
それきり、通信は静かになった。ヴェルナーからは、リーネよりも先に情報が届いていた。施設の周辺警備パターンは、前回の偵察時よりも少ないという。艦の出入りも確認できていない。
「拍子抜けするくらい静かです」というのがヴェルナーの表現だった。静かすぎる。その感覚が、俺の胸に引っかかっていた。まるで嵐の前の静けさ、あるいは巧妙に仕掛けられた罠のようだ。
詳細報告が来たのは、さらに三時間後のことだった。リーネの声は、先ほどよりもさらに慎重になっている。
「警備が異常に薄い。哨戒艦が一隻だけ。前回確認した二隻より減ってる」
「中は?」
「熱源はある。人がいる形跡はある。ただ、艦の出入りが全くない。荷物を持ち込ん
でいるという話だったのに、外から見る限り何も動いていない」
「罠か」
俺の問いに、リーネは少し間を置いて答える。
「可能性はある。ただ、罠にしては人が少なすぎる。罠を張るなら、もう少し戦力を
集めておくはずよ」
「別の何か、か」
「わからない。ただ、中に何かがある。それだけは確かだと思う」
リーネの報告を聞きながら、俺は状況を整理した。警備が薄い。艦の出入りがない。だが、中に人がいる。何かを持ち込んでいる、という情報があった。罠にしては戦力が少なすぎる。考えられる可能性は三つ。罠。撤退の準備中。あるいは、施設の中心部にある何かを中心に、別の作業をしている。どれにしても、ここで引き返す理由にはならなかった。むしろ、その「何か」が俺たちの好奇心を強く刺激する。
「全員に繋いでくれ」
「はいはい」
リーネが再び端末を操作し、旅団の通信が繋がった。俺は迷いなく告げる。
「入る」
一拍の沈黙。そして、ガルドの声に熱がこもる。
「ようやくか!」
彼の声は、待ち望んでいた獲物を見つけた獣のようだった。俺は釘を刺すように言い聞かせる。
「戦闘が目的じゃない。中を確認して、必要なものを確保して、撤退する。それだけだ」
「必要なものってのは?」
「施設の中心部にあるエネルギー反応の正体だ。確認できれば持ち出す」
「はいはい」
リーネが端末を叩く。彼女はもう、俺の指示を完全に理解している。
「哨戒艦一隻は私が抑える。ヴェルナーは入口を確保して」
「了解です」
ヴェルナーの返答はいつも通り的確だ。
「シャルロッテは引き続き後方待機。いざとなれば積載を活かす場面が出るかもしれない」
「わかりましたわ」
少し間があった。そして、彼女は再び、あの言葉を口にする。
「シャンデリアは絶対に守ります」
「固執しすぎだろ。修理費が怖いしな」
俺は苦笑しながら言った。彼女のシャンデリアへの執着は、もはや一種の信仰に近
い。
「大事なことですわ」
彼女は譲らない。俺は諦めて、最後の指示を出す。
「全艦、動け」
メーディアのエンジンが、深く、重く唸りを上げた。プリンセス・オーラが、いつもより強く、眩く光った気がした。その光は、まるで俺たちの決意を映し出すかのようだ。
全艦が動き始めた。だが、メーディアを先頭に、ではない。リーネが駆るヘルメティカが前に出て哨戒艦を抑えにかかる。ヴェルナーの艦が側面から入口へと向かう。ガルドの艦が後方から圧力をかけ、敵の注意を引きつける。メーディアはその中心、プリンセス・オーラを圏内に展開しながら各艦を支える位置に収まった。この艦が突撃する艦じゃないのは最初からわかっていた。ただ、いるだけで周囲の艦が少し強くなる。それが、プリンセス・オーラの、そしてメーディアの真の使い方だ。邪険に扱ってきたが、今に限っては悪くない役割だった。むしろ、これ以上ない適役だ。
施設が近づいてくる。センサーに映る建造物は、外から見る分には静かだった。だが、その静けさの奥に、何かが潜んでいるのは明らかだ。中に何があるかは、まだわからない。だが、俺たちはもう、引き返せないところまで来ていた。
「ケイト」
リーネから通信が入った。彼女の声は、任務の進行を告げる、わずかに高揚した響きを帯びている。
「哨戒艦、抑えた。入口は開いてる」
「ヴェルナー」
俺が名を呼ぶと、すぐに返答があった。
「確保しました。どうぞ」
俺は少し間を置いた。そして、小さく、しかし確かな声で呟く。
「まあ、見るだけで終わるとは思ってなかったけどな」
誰も何も言わなかった。言う必要がなかった。全員が、俺と同じ気持ちでいることを知っていたからだ。
メーディアのエンジンが再び唸る。プリンセス・オーラが宙域に広がりながら、光の尾を引いた。その光は、新たな物語の始まりを告げるかのようだった。




