第45話 見る
待つのは得意な方だと思っていた。
輸送の仕事は順調だった。マルダ方面からの荷物を受けて、中継地点まで運ぶ。単純な仕事だ。メーディアも今日は静かに飛んでいる。プリンセス・オーラが薄く尾を引きながら。こいつが黙っていると、ブリッジは落ち着く。
リーネとヴェルナーが出発して、3日が経っていた。
最初の連絡は2日目に来た。「着いた」それだけだった。詳細は偵察が終わってからということだろう。リーネが余計なことを送ってくる人間ではないのはわかっている。わかっているが、それ以降は何もなかった。
ガルドからは「まだか」という通信が昼に1回来た。「まだ」と返したら切れた。
シャルロッテからは別の依頼で荷物を運ぶ話が来た。タイミングが合えば一緒に受けようという話だったが、ルートが噛み合わなかった。彼女は自分の仕事を続けている。連絡の最後に「シャンデリアの件、ご心配なく」と付け加えてきたが、俺は特に心配していなかった。
リーネ視点から言うと、ゼクス第4惑星軌道付近は静かだった。
ヘルメティカのシグネチャを最小限に落として接近した。エンジン出力を絞り、慣性航行を多用する。燃費は悪いが探知されにくい。センサーを最大出力で展開しながら、通常の3分の1程度のペースで候補地点へ近づいた。
候補地点が視程に入ったのは、出発から40時間後だった。
最初に確認したのは熱源だった。施設は生きている。無人ではない。次にレーダーに映ったのが2つの艦影で、片方は停泊中、もう片方はゆっくりと周回している。哨戒だ。規模は想定より大きかった。施設本体も、廃棄施設と呼ぶには整備されすぎていた。
端末に記録しながら、リーネは思った。本格的だ、と。
防衛設備らしき構造物も2基確認した。砲台かどうかまでは距離的に判断できなかったが、ただの廃棄施設にあるものではない。記録をまとめて、距離を取りながらケイトへの送信を準備した。
リーネからの詳細報告が届いたのは、3日目の夕方だった。
「拠点、確定でいい。熱源あり、艦影2、哨戒パターン確認、防衛設備らしきもの2基。廃棄施設じゃない。普通に運用されてる」
「規模感は」
「中規模。大きくはないけど、小さくもない。18隻全部が常駐してるわけじゃないと思う。入れ替わりで運用してる感じ」
「ヴェルナーの方は」
「そっちはこれから照合する。はいはい、少し待って」
20分後にヴェルナーから報告が来た。別方向から確認した物資の動きが、リーネの観測した哨戒パターンと時系列で一致する。補給のタイミングに合わせて艦が出入りしている。定期的な人の動きも裏付けられた。
「2方向から一致した。拠点はそこで確定だ」
ガルドが割り込んできた。通信に入っていたらしい。
「で、次はどうする。今度こそ殴りに行くか」
「全員で一度集まって判断する。リーネとヴェルナーが戻ってから」
「わかった」
「私のシャンデリアは今後も安全でございますか」シャルロッテも入っていた。
「今はまだ何も決めていない」
「確認だけですわ」
通信を終えて、送られてきたデータをもう一度開いた。リーネが撮った施設の映像記録だ。古い構造をベースに手が入れられている。廃棄施設を改修して使っている。時間をかけて、金もかけて作った拠点だ。
軍に渡すか、自分たちで動くか。どちらにしても、まず全員の顔を揃えてから決める話だった。
次は、何をするかだ。
◇
リーネとヴェルナーが戻ったのは翌日だった。
5人で通信を繋いだ。リーネが記録データを共有しながら説明した。施設の構造、熱源の規模、哨戒パターン、防衛設備の位置。ヴェルナーが補足する形で物資の動きとタイミングを追加した。2方向から取ったデータを重ねると、輪郭がかなりはっきりした。
「改修済みの廃棄施設だ。入れ替わりで艦が出入りしている。常駐は少ない。ただし哨戒は24時間回している」リーネがまとめた。「本拠地として使う気がある、という作りになってる」
「で」ガルドが言った。「これをどうする」
それが問題だった。
「軍に渡す選択肢から考える」俺は言った。「ヴェーバー中佐は、証拠か現行犯に近い状況が必要だと言っていた。拠点の場所と運用実態のデータは、証拠として十分か」
「十分かどうかは軍の判断次第」リーネが答えた。「ただ、合法企業の登録施設じゃない廃棄施設を無登録で使っているなら、それ自体が違法になる可能性はある」
「ゼルヴァと施設の紐付けが証明できれば、という話だ」ヴェルナーが続けた。「物資の動きは傍証にはなりますが、直接の証拠とは言いにくい。ただ、場所がわかっているなら軍が独自に確認できる。我々が渡すデータの精度は十分だと思います」
「自分たちで動く選択肢は」ガルドが言った。「相手は9隻の実動戦力がある。こっちは4隻とヴェルナー。数は同じくらいだが、向こうの方が重武装だ。それに手の内を知られている」
「正面から当たるのは無理だ」俺は言った。「戦闘で解決する話じゃない」
「ですわね」シャルロッテが静かに言った。珍しくシャンデリアの話が出なかった。
落としどころは、最初から決まっていたかもしれない。
「軍に拠点情報を渡して、動いてもらう。それが現実的だ」俺は言った。「ただ、軍が動くまでの間に定期便が狙われる可能性がある。そこだけ押さえる必要がある」
「定期便を止めるよう軍から勧告してもらう、ということか」ヴェルナーが言った。
「言質を取りに行く。中佐にもう一度当たる」
「はいはい」リーネが端末を叩いた。「つまり今日中に連絡入れるってこと?」
「今日中に」
ヴェーバー中佐への通信は、夕方に繋いだ。
「拠点を特定した」俺は言った。「ゼクス第4惑星軌道付近、廃棄施設の改修利用だ。2方向からの観測データがある。哨戒パターン、熱源規模、物資の出入りタイミングまで記録してある。これで動けるか」
中佐はしばらく黙っていた。「データを送ってくれ。内容を確認してから判断する」
「確認にどのくらいかかる」
「早ければ2日。上に諮る時間が必要だ」
「その間に定期便が狙われる可能性がある。運行の見合わせを推奨するという形で、関係する業者に通達を出してほしい」
「根拠がなければ動かせない」
「データを確認すれば根拠になる。確認してから通達でいい。ただし、確認が終わり次第すぐに」
また間があった。「わかった。データを受け取ってから48時間以内に判断する」
「助かる」
「あなたたちが独自に動くつもりがないなら、の話だが」
「ない。そういう戦力じゃない」
「わかった」中佐は短く言って、通信を切った。
データを送信して、あとは待つだけになった。
48時間。その間に向こうが動くかどうかは、わからない。定期便の航路に罠を仕掛ける準備が進んでいるという話だった。準備がどこまで進んでいるかによる。
こちらにできることは、今は通常業務を続けながら連絡を待つことだけだ。メーディアのカーゴに今日も積んだ荷物は、食料品の詰め合わせだった。こいつが文句を言わないのは本当に助かる。
向こうが先に動くかもしれない。その可能性は頭の隅に置いておく。ただ、今は動かない。データを渡した。あとは中佐の判断だ。
俺たちがやれることは、やった。




