第44話 仕掛ける側になる
メーディアのカーゴには、農業資材が積まれていた。肥料と種子のセット。パッケージ済みで積みやすく、臭いもほとんどない。積載の4割を装飾品が食っているせいで実質使えるカーゴは100トン程度だが、このくらいの荷量なら問題ない。輸送ルートはゼクス方面ではなく、反対側のマルダ星系だ。安全な仕事だった。
こういう仕事が続くのがいちばんいい。そう思いながら積み込みを確認していたところで、リーネから通信が入った。「軍からです。中佐の方です」
ヴェーバー中佐からだということは、声を聞く前からわかった。
囮任務は3回で完了した。データを渡し、ヴェルナーが拾ってきた内偵情報も合わせて軍に提供した。あとは向こうが動くのを待つだけのはずだった。ただ、俺はそこまで楽観的には考えていなかった。ゼルヴァは合法の看板を持つ運送会社だ。軍が強制捜査に踏み切るには、それ相応の根拠が要る。軍という組織がどういうものかは、ヴェーバー中佐のこれまでの反応を見ていればだいたいわかる。
「繋げてくれ」
中佐の表情は、予想通りの困り顔だった。
「情報は受領した。分析も終えている」と彼は言った。「ゼルヴァと赤牙の関係性については、内部でも上層部に伝えた。ただ、現時点では強制捜査を実施できる段階にない」
「証拠が足りない、ということですか」
「そういうことだ。ゼルヴァは合法の運送業者として登録されている。内部通信のプロトコルが赤牙と一致するというだけでは、法的に動けない。確実な証拠か、現行犯に近い状況が必要になる」
要するに、軍は動けない。政治的な部分も含めて。わかっていたことではあった。
「定期便への攻撃計画が進んでいる可能性は伝えましたが」
「把握している。だからこそ警告として伝えている。気をつけてほしい」
お気をつけてください、で終わる話だった。礼を言って通信を切った。スクリーンから中佐の顔が消えると、ブリッジに静寂が戻った。
「軍は動かない、ということでよろしいですの?」
シャルロッテが確認した。片手にタブレットを持ったまま、メンテナンス記録をチェックしていた姿勢のままだった。
「今すぐは、という意味では。証拠が揃えば話は別だろうが」
「つまり証拠を揃えればいい」リーネが端末を指で叩きながら言った。「はいはい。手順の問題ね」
「殴りに行くか」ガルドの声は、やはり開口一番だった。
「まだ早い」とリーネが返した。「相手の場所が特定できていない。ゼクス第4惑星軌道付近というのは推定であって、確定じゃない」
「ヴェルナーはどうだ」
「現在確認できている情報を整理すると」とヴェルナーが続けた。「第4惑星軌道付近というのは、偵察艇の帰還方向から逆算した推定です。精度は高いとは言えない。ただ、ゼルヴァの定期輸送ルートと照合すると、いくつか候補地点が絞り込めます。クラウスに軍の古い探索データを当たってもらえれば、廃棄された施設や無登録のステーションが出てくるかもしれない」
「シャンデリアは守られますわよね」
「シャルロッテ」
「確認は大事ですわ」
まあ、大事ではある。
「攻める前に、まず場所を特定する。クラウスに追加で依頼する。ヴェルナー、内偵ルートで別口も当たれるか」
「可能です。少し時間をいただければ」
「わかった。各自、通常業務は止めないで進める。以上」
クラウスへの連絡は、通信が暗号化されるタイミングを選んで入れた。
「また仕事か」と彼は言った。「ゼルヴァ関連か」
「ゼクス第4惑星軌道付近の、廃棄施設や無登録ステーションのデータが欲しい。軍の古い探索記録が一番精度が高いと思う」
「金額は」
「妥当な額を見積もってくれ。内容によっては上乗せする」
しばらく間があった。クラウスが何かを確認しているのか、それとも値踏みしているのか、区別がつかない間だった。
「3日もらう」
「頼む」
通信を切って、シートに背を預けた。マルダへの航路は順調だ。メーディアは今日も静かに飛んでいる。プリンセス・オーラが船体から薄く光を放ちながら、宙域に尾を引く。こいつが黙って飛んでいると、頭が整理しやすい。うるさくないという一点において、この艦はなかなか優秀だ。
待ちの段階は終わった。向こうが仕掛ける前に、こちらが場所を掴む。次に動くのは俺たちだ。手順としては、まあ、そういうことになる。
◇
クラウスから連絡が来たのは、約束の3日後だった。
「データを送る。ゼクス第4惑星軌道付近、半径200万キロ圏内の廃棄施設と無登録ステーションのリストだ。軍の探索記録は古いものが多いが、位置情報の精度は悪くない」
「候補はいくつある」
「7つ。うち3つは完全に廃棄済みで構造物が残っていない。実質4つだ」
「助かる」
「上乗せは期待していいか」
「内容次第で考える」
通信を切って、データをリーネに転送した。全員への共有は向こうがやってくれる。
リーネが地図データと照合するのに1時間かかった。その間、ガルドはヴァナルガンドのエンジン調整をしていると言ってブリッジを離れた。シャルロッテからは自分の艦の客室設備の点検記録が送られてきた。内容は読まなかった。
「整理できた」とリーネが言った。「4つの候補のうち、2つは軌道が安定していない。ステーション型の施設を置くには向かない。残り2つ」
「ヴェルナーの情報と照合できるか」
「それを今やっていた」ヴェルナーが答えた。「内偵で確認した定期的な物資の動きと、残った2つの位置を照合しました。片方は主要航路から外れすぎていて、補給ルートとして成立しにくい。もう片方は、ゼルヴァの輸送記録に不自然な空白がある区間と一致します」
「つまり1つに絞れる」
「絞れる、という段階です。確定ではない」
「殴りに行くか」ガルドが、ブリッジに戻るなり言った。
「まだ」
「わかってる。確認が先だろ」
珍しく自分でフォローした。
問題は偵察の手段だった。メーディアで近づくのは悪手だ。プリンセス・オーラは止められない。エンジンを落とせばオーラは消えるが、そうなると漂流するだけで偵察にならない。目立つ艦で近づいて相手が警戒したら、それで終わりだ。
「ヘルメティカで行く」リーネが先に言った。「電子戦艦だから、シグネチャを最小限に落とせる。探知されにくい」
「ひとりか」
「1人の方が動きやすい。何かあったら逃げるだけ。交戦はしない」
「私も別口で動けます」ヴェルナーが続けた。「グラオザームはヘルメティカほど探知回避には長けていませんが、傭兵艦として単独で動く名目は立てやすい。別方向からアプローチして、情報を突き合わせれば精度が上がる」
「2方向から当たる、ということか」
「はいはい、やることが増えた」リーネが端末を叩きながら言った。「でもそっちの方が確度は高い」
「ケイトたちは」とガルドが聞いた。
「後方で待機。メーディアとヴァナルガンドが動いたら目立つ。シャルロッテも含めて、通常業務を続けながら待つ」
「私の艦も待機ですの」
「輸送の仕事があるなら続けていい。連絡が取れる範囲で動いてくれ」
「わかりましたわ」彼女は少し間を置いてから付け加えた。「シャンデリアに傷がつかない距離での待機、ということでよろしいですわね」
「そういうことでいい」
出発は翌日に決めた。リーネとヴェルナーは別々のタイミングで動く。到着予定も意図的にずらして、関連を掴まれにくくする。
通信を終えて、ブリッジを出た。廊下を歩きながら端末で輸送依頼の返信を確認した。マルダ方面からの荷物の引き合いが1件来ていた。タイミング的に悪くない。偵察結果が戻ってくるまで数日はかかる。その間は通常業務だ。
メーディアには申し訳ないが、また農業資材あたりを積ませてもらうことになる。こいつは文句を言わない。言える口がない。それだけが今のところ気に入っている点だ。




