第41話 距離感
囮任務、二回目。
軍の指示で航路を変えた。前回はノヴァ・セレーネ便と同じルートからの分岐だったが、今回は最初から別のルートを通る。ゼクス方面への到達時間は少し伸びるが、航路が読まれていないか確認するための措置だ。俺の船が、敵の目を欺くための陽動になる。光り輝く『メーディア』が、今回もまた、最高の舞台装置となるわけだ。
五艦編隊。前回と同じ構成。表向きは定期便の延長。シャルロッテの船に輸送品を積んで、俺の『メーディア』は身軽。いつものように、何食わぬ顔で宙域を航行する。二回目だ。慣れたもの、と言いたいところだが、どうにも胸騒ぎがする。
* * *
航行五時間目。前回より早いタイミングだった。
「センサー反応。方位〇六〇。小型艇一隻。距離一五〇キロ」
リーネの報告。いつもと変わらない淡々とした声だが、その奥に微かな緊張が滲んでいるのが分かる。一五〇キロ。前回は二〇〇キロだった。五十キロも近い。肌が粟立つような、嫌な予感。
「前回より早いし、近いわね」
俺の呟きに、リーネが頷く。
「航路を変えたのに追ってきたってことは、航路じゃなくて出航を監視してるのか」
「レグルスを出た時点で追尾を始めた可能性があります。港に偵察を置いているのかもしれません」
港に偵察、か。レグルスのドッキングベイに奴らが潜んでいれば、俺たちの出航のタイミングは筒抜けだ。何せ、この『メーディア』は光り輝いているからな。隠しようがない。プリンセス・オーラが「ここにいますよ」と、高らかに敵に告げているようなものだ。
ヴェルナーが通信越しに、冷静な声で分析を続ける。
「学習していますね。前回のデータで、こちらのセンサー範囲を推測したのでしょう。二〇〇キロでは余裕を持ちすぎた、もう少し寄れると判断したと」
「こっちのセンサー性能を測られてるってことか」
「ええ。こちらが反応しなかったことで、二〇〇キロが安全圏だと分かった。だから一五〇キロまで詰めてきたのでしょう」
見られている。そして、見ている俺たちのことも、奴らは見ている。まるで、手の内を探り合うかのように。だが、焦る必要はない。これは、俺たちの『姫プレイ』の始まりに過ぎない。
「全艦、前回と同じだ。気づいてないフリで飛べ」
俺は静かに命じた。あくまで優雅に、あくまで大胆に。それが『メーディア』の流儀だ。
* * *
航行七時間目。
「ケイト。もう一つ来た」
リーネの声が、先ほどよりも一段と低くなっていた。緊張の色が濃い。
「方位二九〇。小型艇一隻。距離一六〇キロ。さっきのとは別方位」
別方位。〇六〇と二九〇。ほぼ正反対。俺たちを挟み込むように、二隻が並行して飛んでいる。まるで獲物を追い詰める猟犬のように。
「二隻か」
俺は思わず呟いた。前回は一隻がぼんやり追ってきただけだった。だが、今回は違う。明らかに戦術的な動きだ。
「挟んでるわ。こちらの動きを立体的に把握しようとしてる。一隻だと死角がある。二隻で囲めば、こちらがどの方向に動いても追える」
リーネの言葉に、ヴェルナーが追従する。
「前回のデータを分析して、こちらの編隊の動き方を研究したのでしょう。偵察に戦術を持ち込んでいる。指揮官が優秀です」
指揮官が優秀。その指揮官が誰なのか。まだ分からない。だが、確実に、奴らは俺たちの首筋に牙を立てようとしている。
ガルドが通信で、苛立ちを隠せない声で言った。
「追い払わなくていいのか、ケイト!」
「追い払わない。泳がせる」
俺は即答した。ガルドの気持ちは痛いほど分かる。だが、これは俺の『姫プレイ』だ。焦りは禁物。
「一五〇キロだぞ。前より近い!」
「それが目的だ。寄ってくれば、向こうの情報も取れる」
「……分かった」
ガルドの声に、不満と、それでも俺の作戦を理解しているという複雑な感情が混じっていた。見ているだけの相手に何もしないのは、この男の性分に合わないだろう。だが、今は耐える時だ。
* * *
ゼクス方面の中継ステーション到着。
前回と同じステーション。シャルロッテが優雅に荷卸しをこなしている間、俺はドッキングベイをぶらついた。ステーションの職員と世間話をする。年配の男。前回も見た顔だ。
「あんた、前もここに来たよな。キラキラの船の」
男は俺の『メーディア』を指差して、にやりと笑った。
「ええ。定期的に来ることになりそうです」
「そうかい。最近ここ、船の出入りが増えたんだよ。前はこんなに来なかったのに」
「どんな船が?」
俺はさりげなく尋ねる。獲物の気配を嗅ぎ取るように。
「運送業者を名乗る連中がよく来る。ゼルヴァなんとか、って名前だったかな。真面目そうに見えるけど、やけに数が多い。四隻、五隻で来ることもある」
ゼルヴァ。やはり、奴らだ。名前が出た。ここまで来ている。俺の予想は当たっていた。
「何を運んでるんですかね」
「さあね。普通の物資だって言ってるけど、荷物の割に船が多いんだよな。護衛にしちゃ、この辺はそんなに危なくないし」
荷物の割に船が多い。護衛にしては過剰。運送は建前で、本当の目的は別にある。俺の直感が、そう告げている。
「ありがとうございます。参考になります」
「何の参考だい」
「商売の。競合が増えてるんで」
俺は適当な理由をでっち上げた。男は「ハハ」と笑い飛ばす。
「ハハ。キラキラの船で競合も何もないだろうに」
そうだろうな。俺の『メーディア』は、この宇宙で唯一無二の存在だ。競合など、ありえない。
* * *
復路。ゼクスからレグルスへ。
帰りは、さらに増えていた。奴らの執着心には、感心するしかない。
「センサー反応。三隻。方位〇四五、一七〇、三一〇。距離一二〇キロ。三角形に配置されてる」
三隻。一二〇キロ。三角形。往路は二隻で一五〇キロだった。復路は三隻で一二〇キロ。距離が縮まっている。数が増えている。じわり、と。見えない真綿で首を絞められるように、奴らとの距離が詰まっていく。
「エスカレートしてるわね」
リーネが淡々と言ったが、その声の温度は、明らかに下がっていた。苛立ちか、それとも警戒か。
「だがまだ攻撃はしてこない」
俺は冷静に状況を判断する。
「攻撃する気なら、三隻で一二〇キロまで寄る前に撃ってるわ。まだ偵察の段階よ。ただ、偵察の強度が上がってる」
シャルロッテが通信で、少しばかり心配そうな声で聞いてきた。
「三隻に増えましたの?」
「ああ。だが攻撃はしてこない。大丈夫だ」
「大丈夫ですわ。シャンデリアの固定器具も万全ですもの」
戦闘よりシャンデリアの心配をしている。この女は本当にブレない。その鋼のメンタルには、ある意味感服する。
復路も何事もなく終わった。三隻の偵察艇は、レグルスの手前で離脱した。見て、記録して、そして、また帰っていった。まるで、俺たちの情報を貪るように。
* * *
レグルス帰還。二回目完了。
『メーディア』の食堂。五人で報告会。リーネが端末にデータを広げた。無数の光点が、宙域図に瞬いている。
「一回目と二回目のデータを重ねると、偵察艇の離脱方向にパターンがある」
「パターン?」
俺は身を乗り出した。
「偵察艇が引き返す方向が、毎回同じ象限に向かってる。北西宙域。ゼクス第四惑星の軌道付近」
ヴェルナーが即座に反応した。
「赤牙の旧本拠地があった場所の近くです」
テーブルが静まり返る。誰もが、その言葉の意味を理解した。
「偶然か」
俺は敢えて、そう問いかけた。
「偶然かもしれません。ですが、偵察艇の帰還方向と赤牙の旧本拠地が近いのは、注目に値します」
ヴェルナーは慎重な言葉を選んだが、その瞳の奥には確信の色が宿っていた。ガルドが腕を組み、唸る。
「やっぱりあいつらだろ!」
「まだ確定じゃない」
「確定じゃなくても、匂いはするだろ! 赤牙のプロトコル、旧本拠地の近く、組織的な偵察。これで無関係だったら逆にすげえよ!」
否定できない。ピースが揃いすぎている。だが、最後のピースがない。誰が率いているのか。それが分からない限り、確定はできない。俺は唇を噛み締めた。
* * *
ヴェーバー中佐に報告を送った。偵察艇のデータ、距離の推移、帰還方向の分析。リーネがまとめた詳細なログ。返信は早かった。
「有益なデータです。偵察艇の帰還方向から、拠点の候補を絞り込めます。軍の分析班に回します」
そして、その下に、たった一行だけ追加されていた。
「三回目については、少し作戦を変えます。詳細は二日以内にお伝えします」
作戦を変える。何を変えるのか、書いていなかった。だが、俺の胸には、嫌な予感と、そして微かな期待が渦巻いていた。
* * *
夜。メーディアの艦橋。
シャンデリアの光を見上げる。無数のクリスタルが、宇宙の闇を映してきらめいている。この光こそが、俺の『姫プレイ』の証。
距離が縮まっている。
一回目。二〇〇キロ。一隻。
二回目。一二〇キロ。三隻。
三回目は、もっと近いだろう。もっと多いだろう。あるいは、もっと……。
向こうは俺たちのことを、二回分のデータで分析している。編隊構成、速度、航路変更への対応力、センサー範囲の推定。俺たちが知っているのは、偵察艇の数と距離と帰還方向。それだけだ。非対称は、まだ解消されていない。だが、それもまた、ゲームの醍醐味というものだ。
三回目で何が起きるか。
軍は「作戦を変える」と言った。何を変えるのか。相手は次も見ているだけか。それとも、「見る」から「動く」に切り替えてくるのか。いよいよ、本番が始まるのかもしれない。
分からない。だが、行く。囮の仕事を受けた。こいつで光って飛ぶ。それが俺の仕事だ。宇宙を舞台にした、俺だけの『姫プレイ』。さあ、次の幕を開けよう。




