第40話 見られている
囮任務、1回目。
定期便を装ってゼクス方面へ向かう。表向きはただの運送業だ。中身が軍の依頼だということは、チーム以外には知らせていない。
編隊は5艦。メーディア、ヴァナルガンド、ヘルメティカ、シャルロッテの輸送艇、それにグラオザーム。ヴェルナーの参加は「最近物騒だから護衛の傭兵を追加した」という建前で通してある。旅団の仕事が増えたから護衛を増やした、という理屈なら不自然じゃない。
出航前の点呼。各艦からの応答はいつも通りだ。ガルドの気怠そうな声、リーネの淡々とした報告、シャルロッテの優雅な挨拶、そしてヴェルナーの機械のように正確な音声。
いつも通りに見せる。それが今日の仕事だ。
* * *
出航すると、メーディアのオーラが光った。
ゼクス方面への航路は、ノヴァ・セレーネ便と途中まで重なっている。途中で分岐してゼクス星系の中継ステーションへ向かう。表向きの依頼は物資輸送で、シャルロッテの艇には本物の荷物を積んである。囮をやりながらきっちり稼ぐ。一石二鳥だ。
航行は静かだった。
食堂をのぞくと、シャルロッテが紅茶を淹れていた。旅客はいない。それでも彼女は淹れる。「航行中の紅茶は乗組員の士気に関わりますわ」というのが彼女の持論だ。大げさだとは思うが、実際に落ち着くのだから文句も言えない。
操縦席のガルドからは、通信越しに何かを噛み砕く音が聞こえてきた。
「ガルド、通信切ってから食え」
「食いながらのほうが集中できる」
「嘘をつくな」
ヴェルナーはグラオザームから15分おきに位置報告を送ってくる。誤差なし。この男は本当に時計みたいだ。
何も変わらない。いつも通りの航行だった。
そう思っていた、8時間目までは。
* * *
「ケイト」
リーネの声に緊張が走った。声が低い。彼女が声を落とす時は、ろくな話じゃない。
「何だ」
「遠距離にセンサー反応。方位035、小型艇1隻、距離200キロ。こちらと同じ速度で並行して飛んでる」
200キロ。軍用センサーがなければ拾えない距離だ。普通の民間艇なら気づかずに通り過ぎるところだった。
「宙賊か?」
「宙賊なら近づいてくる。こいつは距離を保ったまま動かないわ。追尾してる」
追尾。
見られている。背筋に冷たいものが走った。
「いつからだ」
「反応を拾ったのは10分前。でも、もっと前からいた可能性がある。こちらのセンサー範囲に入ったのが10分前ってだけで」
出航直後からいたのかもしれない。分からない。
ヴェルナーに通信を入れた。
「追尾を確認した。小型艇1隻、200キロ」
「偵察でしょうね。こちらの編隊構成と速度を確認している」
「追い払うか」
「いいえ。泳がせましょう。追い払えば、次はもっと遠くから見ます。こちらの行動パターンを見せてあげたほうが、相手の油断を誘えます」
囮が囮として機能するためには、相手に情報を与えなきゃいけない。与えた上で、その情報を逆手に取る。理屈は分かるが、気分のいいものじゃない。
「全艦、いつも通りに飛べ。気づいてないフリだ」
「了解」
「了解っす」
ガルドの「了解っす」が真面目なのか適当なのか、いまだに判断できない。たぶん両方だ。
* * *
気づいてないフリで飛ぶ。
ただ、意識が変わった。200キロ先に、こちらを見ている目がある。誰の目で、何を見ているのか分からない。
宙賊なら怖くない。近づいてきた瞬間にガルドが殴って終わりだ。だが、見ているだけの相手はどうにもならない。見るだけじゃ犯罪じゃないし、航路を並行して飛ぶことは誰にでも許されている。殴りかかる理由がない。
食堂に戻ると、シャルロッテがお代わりを持ってきた。
「ケイトさん、お顔が硬いですわよ」
「……そうか」
「どうぞ」
受け取って、飲んだ。確かに少しほぐれた。でも200キロ先の目は消えない。
「見られてるんだ。遠くから」
「存じております。リーネさんから伺いましたわ」
「怖くないのか」
「怖いですわ。でも、ケイトさんがいつも通りにしているなら、わたくしもいつも通りにしますわ」
その後もシャルロッテはいつも通りにナプキンを折って、旅客のいない食堂でにこやかに「お代わりはいかがですか」と聞いてきた。彼女は彼女のやり方で戦っている。
* * *
ゼクス方面の中継ステーションに到着した。
シャルロッテが手際よく荷卸しを済ませ、ステーションの職員とやり取りする。補給を受けながらドッキングベイを見回したが、偵察艇はステーションに入る前に消えていた。外で待っているのか、引き上げたのか。ステーションの雑踏が、妙に白々しく感じられる。
「ステーション周辺にゼルヴァの登録艇はありませんね。表向きには」ヴェルナーが通信で言った。「だが、偵察艇は報告を上げているでしょう。到着時刻、編隊構成、積荷の量。全部記録されています」
「全部見せてやったわけだ」
「ええ。作戦通りです」
作戦通り。見せるために来たんだから、見せた。
頭では理解しているが、気分は晴れない。こいつの光で「ここにいるぞ」と場所を教えてやってるようなもんだ。
* * *
復路。ゼクスからレグルスへ。
帰りも見られていた。
「センサー反応。方位210、小型艇1隻、距離180キロ。往路のやつとは別の艇ね」
別の艇。交代制だ。一隻が追って、ステーション付近で引き継いで、別の一隻が帰路を追う。
「組織的だな」
「2隻を偵察専任で動かせる余裕がある。小規模な宙賊にはできない運用よ」
リーネはデータを記録していた。偵察艇の反応パターン、距離の変動、速度の推移。全部ログに残す。軍への報告用だ。
復路は往路以上に長く感じた。見られていると分かった上で、気づかないフリを続けるのは神経をすり減らす。背中にずっと視線が張り付いている感覚。
結局、復路も何事もなく終わった。宙賊の襲撃なし。偵察艇は距離を保ったままレグルスの手前で離脱した。
見て、帰っていった。ただそれだけだった。
* * *
レグルス帰還。1回目完了。
食堂に5人が集まった。ヴェルナーも含めて報告会だ。
「往路で1隻、復路で1隻、別の艇。交代制の偵察」リーネがまとめた。「艇のサイズ、速度パターン、距離の取り方、全部記録した。軍に出せば分析できるわ」
「反応を引き出しました」ヴェルナーが続ける。「向こうはこちらに関心がある。偵察を出すということは、脅威と見なしているか、標的と見なしているか、どちらかです」
「どっちだ」
「現時点では分かりません。2回目ではもう少し近づいてくるでしょう。距離が縮まれば、意図が見えてきます」
ガルドが腕を組んだ。
「今日は殴れなかったな」
「偵察に殴りかかっても意味がないだろ」
「分かってる。でも見てるだけの相手は気持ち悪い」
お互い、同じことを思っている。
シャルロッテが5人分の紅茶を注いだ。ヴェルナーにはコーヒーを出した。いつの間に好みを把握したんだ、この人は。
* * *
翌朝、ヴェーバー中佐から返信が来た。
「予想通りの反応です。2回目では航路を少しずらしてください。相手がどこまで追ってくるか、範囲を測ります」
釣りと同じだ。餌の動かし方を変えて、食いつき方を見る。
* * *
夜。艦橋でシャンデリアの光を見上げた。
1回目が終わった。戦闘なし、被弾なし。
それなのにひどく疲れた気がする。
宙賊なら分かりやすい。来たら殴る、逃げる。対処の仕方がある。見ているだけの相手は何も分からない。編隊構成を見た、速度を見た、積荷の量を見た、護衛の数を見た。全部持ち帰って、分析している。
次に会う時、向こうは俺たちのことをよく知っている。こっちは向こうのことをほとんど知らない。
その情報量の差が、ずっと引っかかってる。
あと2回。次は航路を変える。3回目で何が起きるかは、まだ誰も知らない。




