第39話 目立つのが仕事
クラウスから連絡が来た。
いつもの淡々としたトーンではなく、少しだけ改まった声だった。
「ケイトさん。軍の関係者が、あなた方に会いたがっています」
「軍?」
「ええ。旅団登録をされましたよね。その情報が軍にも届いたようです。正式な依頼の打診だと聞いています」
軍から。旅団として。
プリンセスお護り隊が軍の目に留まった。実績が評価されたのか、あのふざけた名前のせいなのか。たぶん後者だ。
「カリストで会えますか。明日の午後」
「行きます」
* * *
カリスト。軍の管理区域に近い、きれいなオフィスビルの一室。
クラウスが手配してくれた、民間との折衝に使う会議室だ。堅苦しくない程度に清潔で、窓の外にはカリストの港が見える。
俺とリーネで来た。ガルドは「堅い話は苦手だ」と辞退し、シャルロッテは定期便の準備があるという理由で船に残った。
待っていたのは、軍服の女性だった。
30代後半。短い黒髪。姿勢がよく、目が鋭い。階級章は中佐。
「お待ちしていました。辺境宙域管理部のヴェーバー中佐です」
握手。力強い。
「プリンセスお護り隊の代表の方ですね」
「……はい」
軍の中佐に面と向かって旅団名を言われると、恥ずかしさが3割増しになる。リーネが横で一切フォローを入れないのが逆につらい。
「まず、旅団登録おめでとうございます。4隻編隊でAランクの実績。辺境宙域では珍しい規模です」
「ありがとうございます」
「早速ですが、本題に入ってよろしいですか」
「お願いします」
* * *
ヴェーバー中佐がテーブルに宙域マップを広げた。ゼクス星系とその周辺。
見覚えのあるマップだ。クラウスの事務所で見たのと同じ宙域。ヴェルナーの内偵で名前が出た場所だった。
「ゼクス方面で、不審な動きが確認されています。詳細は軍の機密に関わるため全てはお話しできませんが、民間の運送業者を装った組織が、この宙域で活動を拡大しています」
ゼルヴァだ。名前は出さなかったが、間違いない。
「軍としては正規艦隊を送り込んで調査したいのですが、2つ問題があります」
「問題?」
「1つ。正規艦隊を動かすと、相手に気づかれます。軍艦が来れば尻尾を隠し、証拠が残らない。今まで何度もそのパターンで空振りしています」
なるほど。軍が動くと相手が逃げる。いたちごっこか。
「2つ。辺境宙域に正規艦隊を長期配備する予算がない」
やっぱりそこか。
「そこで、民間の旅団に依頼する形を検討しています」
* * *
「具体的には、何をすればいいんですか」
リーネが聞いた。
「偵察と囮です」
囮。
その言葉に反応した。俺たちの得意分野だ。
「あなた方の旗艦――プリンセス・メーディアは、非常に目立つ船ですね」
「……ええ、まあ」
「目立つことが、今回は武器になります。定期便を装ってゼクス方面を航行していただきたい。通常の運送業務と変わらない動きをしながら、わざと目立つ。相手がどう反応するかを観察する。接触があれば情報を収集し、軍に報告する」
定期便のふりをして飛ぶ。いつもやってることと変わらない。違うのは、それが軍の依頼であること。そして、相手がただの宙賊じゃなく、組織化された何かであること。
「戦闘が起きる可能性は」
「あります。相手の規模が完全には把握できていません。接触があった場合、交戦の判断はそちらに委ねます。ただし、深追いはしないでください。情報収集が目的です」
「報酬は」
「通常の旅団依頼の3倍を想定しています。危険手当込みです」
3倍。破格だ。だが、それだけのリスクがある。
「期間は」
「まずは1ヶ月。ゼクス方面を定期便として3往復していただきます。その間のデータを軍で分析し、次のステップを判断します」
「即答しなくて結構です。チームで話し合ってから、ご連絡ください」
「……分かりました。2日以内に返答します」
* * *
メーディアに戻り、食堂に全員を集めた。
いつもの4人に加え、ヴェルナーにも声をかけた。内偵の情報と軍の依頼を突き合わせる必要がある。
ヴェルナーは自分の分のコーヒーを持参して席に着いた。メーディアの食堂にコーヒーの匂いが混じるのは珍しい。
「軍の依頼の概要はこうだ」
ヴェーバー中佐から聞いた内容を共有した。ゼクス方面の偵察と囮任務。1ヶ月で3往復。報酬は通常の3倍。
リーネがヴェルナーに聞いた。
「ゼルヴァの動きと、軍の懸念は一致してる?」
「完全に一致しています」
ヴェルナーがコーヒーを一口飲んだ。
「ゼルヴァは現在18隻。傭兵の質は低いですが、数が揃いつつある。そしてノヴァ・セレーネ方面の航路データを収集していた。つまり、いずれ行動を起こす準備段階にある」
「軍もそう見てるわけね」
「ええ。ただ、軍には具体的な証拠がない。だから正規艦隊を出せない。民間の旅団を使って、相手の反応を引き出そうとしている」
「囮に使われるってことか」
ガルドが言った。ストレートだ。
「そうだ。こいつで光って飛んで、相手がどう動くか見る。いつもやってることと同じだ。ただし相手が小規模な宙賊じゃなくて、18隻の組織かもしれない」
テーブルが静かになった。
* * *
ガルドが先に口を開いた。
「やるべきだろ」
「理由は」
「放っておいたら向こうから来る。ヴェルナーの話だと、うちの航路データが共有されてるんだろ。待ってるだけじゃ同じだ。それなら、こっちから動いて情報を取ったほうがいい。報酬も出る」
ガルドにしては理屈が通っている。状況を踏まえた真っ当な意見だ。
リーネが端末を触りながら言った。
「情報は揃ってる。ヴェルナーの内偵情報、クラウスのデータ、軍の分析。3つの情報源が同じ方向を指してる。リスクはあるけど、管理できないレベルじゃない。航路パターンを変えれば待ち伏せは避けられるし、ガルドとヴェルナーがいれば戦闘になっても対応できる」
シャルロッテが紅茶のカップを両手で包んだまま言った。
「わたくしも参ります」
「戦闘になるかもしれないぞ」
「前もなりましたわ。シャンデリアを押さえていましたけれど」
「それが心配なんだ」
「大丈夫ですわ。今度は固定器具を用意しましたの」
シャンデリア用の固定器具を用意したらしい。この女は相変わらず優先順位がブレない。
ヴェルナーが静かに言った。
「わたしも同行させてください。ゼルヴァの内部情報を持っている人間が現場にいたほうが、判断が早くなります」
「報酬は」
「軍の報酬から分配していただければ。今回は正規の依頼ですから、タダ働きはしません」
やっと普通のことを言ってくれた。
「プリンセスのお守りは、いつでも喜んで」
「その呼び方やめろ」
「旅団名がプリンセスお護り隊ですから。わたしはプリンセスをお守りする側です。合ってるでしょう?」
「……合ってるけどやめろ」
合ってるのが一番嫌だ。
* * *
全員の意見が出た。
やる。全員やる。
俺は紅茶を一口飲んで、考えた。
リスクはある。18隻の組織が相手だ。小規模な宙賊とは訳が違う。
だが、待っていても状況は良くならない。ゼルヴァがうちの航路データを持っている以上、向こうの準備が整ったら狙われるのはこっちだ。
それなら、先に動いて情報を取る。軍の後ろ盾がある今のうちに。
それに、囮なら俺たちの十八番だ。こいつは光るために作られた船だ。目立つのが仕事。今さらだ。
「受ける」
それだけ言った。
ガルドが肉串を掲げ、リーネが端末を閉じた。
5人がテーブルにいる。いつもは4人の食堂が、今日は少し狭い。
* * *
ヴェーバー中佐に返答した。受諾。
「ありがとうございます。詳細な作戦計画は追って送ります。……1つだけ」
「何ですか」
「お気をつけて。あなた方の船は目立ちますが、目立つということは、それだけ危険を伴うということでもあります」
「知ってます。ずっとそうでした」
「……そうですか。頼もしい」
軍の中佐に、プリンセスお護り隊が頼もしいと言われた。名前と実態のギャップがすごい。
* * *
夜。メーディアの艦橋。
シャンデリアの光を見上げる。
軍の依頼を受けた。
こいつで光って、ゼクス方面を飛ぶ。囮として。偵察として。
やることはいつもと変わらない。目立って、逃げて、味方に殴らせる。
ただ、相手のスケールが変わった。
ゼルヴァ。18隻。誰が率いているのか分からない組織。
あの日沈めた旗艦から、脱出ポッドが出なかったこと。
考えても答えは出ない。出ないなら、行って確かめるしかない。
こいつは目立つ。嫌になるほど目立つ。
だが今回は、それが仕事だ。
最初から、こいつはそういう船だった。




