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姫プレイネタ戦艦で殺伐宇宙世界来てしまったんですが!!??  作者: 御蔭


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第35話 ずいぶんとお困りのようね


 ギルドの窓口で、嫌な書類を渡された。


【信用ランク評価通知】

 対象:運送ギルド所属 ケイト(プリンセス・メーディア)

 現在のランク:A

 評価状況:要改善

 詳細:直近6ヶ月間における顧客満足度の低下傾向、輸送依頼の部分キャンセル実績、および接客体制に関する苦情が確認されております。改善が見られない場合、次回評価時にランクの見直しを行います。


 要改善。

 Aランクの看板に黄信号が灯った。

 ブルクハルト氏のクレーム。フリーダ夫人の引っ越しで積みきれなかった件。客室係不在による接客評価の低下。積載不足で受けきれなかった依頼の部分キャンセル。

 全部が積み重なって、ここに来た。1つ1つは小さな問題だった。だが、小さな問題は放置すると大きな数字になる。

 ついでに聞いた。

「前に戦場放棄した傭兵の件、あの返金交渉はどうなりました」

「ハンス・グリューネヴァルトの件ですか。……こちらとしてもお力になりたいのですが」

 職員の歯切れが悪い。

「何かあるんですか」

「ハンスの叔父が、ギルドの査定委員をしておりまして。直接の担当ではないのですが、査定部門に影響力がある方で……」

 なるほど。そういうことか。

「フライトログには戦闘中の離脱が記録されてます。証拠はあるんでしょう」

「はい。ですが、先方は『機器トラブルによる緊急離脱』と主張していまして。査定委員会で審議にかけましたが、処分なしの裁定が出ました」

 処分なし。フライトログがあるのに。

 ヴェルナーが言ってた。「実戦になると逃げる。業界では有名」。有名なのに何度もやれてる理由が分かった。身内がギルドにいるから、毎回揉み消せる。システムの問題じゃない。システムの中にいる人間の問題だ。

「改善って、何をどう改善すればいいんですか。こっちは真面目にやってるのに、こんな通知が来て納得いかないよ」

 窓口のベテラン職員が申し訳なさそうに言った。

「お気持ちはわかります。わかりますが、いくら発展してもこのようなことは起こってしまうのです。怒る気持ちも承知いたしておりますが、客室係の配置と、積載力の確保。この2点が改善されれば、ランクの維持は可能です」

 客室係。積載力。

 分かってる。分かってるんだ。分かってるけど、どっちも見つからないから困ってるんだ。

 本当に腹立たしい限りだ。

* * *

 悪い知らせは重なる。

 ギルドを出た直後、リーネから通信が入った。

「ケイト。悪い知らせ」

「もう1つあるのか」

「あるわ。ゼクス方面で大規模な紛争が起きた。3つの勢力が航路を巡って衝突してる。軍も介入を始めたらしい」

「俺たちの航路に影響あるのか」

「直接は影響しない。でも物流に影響する。ゼクス方面からの物資供給が止まった。レグルスへの燃料と消耗品の流通が滞ってる」

 嫌な予感がした。

「つまり?」

「値上がりよ。燃料も食材も消耗品も、軒並み跳ね上がってる。今朝のレグルス市場を見たけど、ちょっと笑えない数字」

 笑えない。

 メーディアの維持費が跳ね上がる。

「こいつの燃費は元々悪いんだ。98メートルの艦体にこの装飾量だぞ。値上がりの影響がモロに来る」

「ざっと計算して、月の経費が1.3倍くらいに跳ね上がるわね」

 1.3倍。

 稼ぎは変わらないのに、経費だけ1.3倍。利益が一気に半減する計算だ。

「ガルドとリーネの分も考えたら……」

「3人分の経費を合算すると、月の収支はほぼトントンよ。利益が出るか出ないかのライン」

 トントン。赤字じゃないが、黒字でもない。貯蓄を積み増せない。こいつのシャンデリアが壊れたら終わりだ。

* * *

 メーディアの食堂。緊急の3人会議。

「現状の収支で、何ヶ月持つ」

「今の貯蓄で持つのはせいぜい半年。でもそれは何も起きなかった場合よ。大きなトラブルがなければ、の話。トラブルがなかった月がうちにあった?」

「……ないな」

「ないわよね。シャンデリアが割れるとか、宙賊にシールドを削られるとか、毎月何かしら起きてるわ」

 現実的に見て、3ヶ月。3ヶ月で収支が改善しなければ、貯蓄を食い潰す生活が始まる。

 ガルドが肉を噛みながら言った。

「稼ぎを増やすしかないだろ。依頼の数を増やすか、単価を上げるか」

「依頼の数を増やすには信用ランクが要る。今、ランクが下がりかけてる。下がったら高額依頼が来なくなる」

「単価を上げるには?」

「客室係がいれば接客評価が上がって、チップが増える。積載力があれば輸送依頼の幅が広がって、報酬が増える」

「つまり、客室係と積載力が解決しない限り、何も変わらないってことか」

「そういうことよ」

 堂々巡りだ。客室係がいない。積載力がない。だから稼げない。稼げないから人を雇えない。雇えないから稼げない。

 ガルドが骨つき肉を皿に叩きつけた。

「じゃあどうすんだよ」

「……考える。考えるから、今日のところは解散してくれ」

 答えが出ない。

* * *

 夜。レグルスの酒場。

 こいつのドッキングベイから歩いて5分の場所にある、安い酒場だ。普段は来ない。来る理由がない。メーディアの食堂のほうが居心地がいいし、ロボの紅茶のほうが美味い。

 だが今日は、あの食堂にいたくなかった。シャンデリアの光の下で、収支計算の数字を見ていると気が滅入る。

 カウンターに座って、安いエールを頼んだ。ゲーム時代は酒を飲まなかった。この世界に来てからも、ほとんど飲んでいない。

 一口飲んだ。苦い。美味くない。だが、何かを飲んでいないと手持ち無沙汰だった。


 信用ランク低下警告。維持費高騰。利益半減。

 客室係が見つからない。もう何ヶ月探している。条件に合う人材がいない。

 積載力がない。3隻ともポンコツだ。積載の4割が装飾に食われてる船で、何を運べというのか。

 どうする。どうすればいい。

 エールをもう一口飲んだ。やっぱり美味くない。


 こいつを捨てるか?

 一瞬、そう思った。メーディアを売って、まともな輸送船を買う。装飾もシャンデリアもない、積載力だけの船を。そうすれば経費は下がるし、輸送依頼も受けられるし、客室係も要らない。

 そう思って、すぐに消した。

 売れない。装飾は持ち出し不可だ。俺が生きてる限り。それに、売ったところで買い手がつくか怪しい。あのイカれた宮殿を欲しがる人間がどこにいる。

 それ以前に。

 嫌だ。

 理由じゃない。嫌なのだ。こいつを手放すのは。

 いつからそう思うようになったんだろう。最初は「なんでこんな船に転生したんだ」と恨んでいたのに。

 今は、嫌だ。こいつは俺の船だ。

* * *

 エールのグラスが半分になった頃。

 隣の席に、誰かが座った。

「ずいぶんとお困りのようね」

 聞き覚えのある声だった。

 丁寧で、品がある。だが、前に聞いた時より、どこか余裕がある。

 振り向いた。

 金髪。姿勢がいい。薄い緑色の瞳。

 作業着が、前より小綺麗になっていた。新品じゃないが、きちんと手入れされている。袖口が擦り切れていた前の作業着とは違う。

「……シャルロッテ」

「お久しぶりですわ、ケイトさん」

 にっこり笑った。上品な笑顔。あの日と同じ。だが、あの日より顔色がいい。目の下の隈がない。痩せていない。ちゃんと食べて、ちゃんと寝ている顔だ。

「久しぶりだな。元気そうだ」

「おかげさまで。お仕事も順調ですわ」

 順調。彼女の口から「順調」という言葉が出るとは。あのボロ船で「大丈夫ですわ」と強がっていた頃とは別人のようだ。

「お顔色が悪いですわよ、ケイトさん」

「……そうか」

「普段はお酒を飲まれない方でしょう。何かあったんですの?」

 普段飲まないことを、なぜか知っている。バイト時代に見ていたのか。

* * *

 話すつもりはなかった。

 だが、話してしまった。

 信用ランクの低下警告。客室係が見つからないこと。積載力がなくて依頼を取りこぼしていること。紛争の影響で維持費が跳ね上がったこと。3ヶ月で収支が改善しなければ貯蓄を食い潰す生活が始まること。

 全部。

 酒のせいにしたいが、エール半杯で酔うほど弱くない。ただ、誰かに聞いてほしかったのだと思う。ガルドとリーネには弱みを見せたくない。艦長が弱音を吐いたら、チームの士気に関わる。

 シャルロッテは黙って聞いていた。

 カウンターに紅茶を頼んでいた。酒場で紅茶。お嬢様は酒場でも紅茶だ。

「……すまん。愚痴みたいになった」

「愚痴じゃございませんわ。状況の報告です」

 状況の報告。いい言い換えだ。

「ケイトさんは今、2つの問題を抱えていらっしゃるのよね。客室係と、積載力」

「ああ。どっちも見つからない」

「見つからないのではなく、見つけようとしていないのでは?」

「……どういう意味だ」

 シャルロッテが紅茶のカップを置いた。まっすぐな目でこちらを見ている。

 あの目だ。

 「なんとかします」と言った時の目。バイトを断った時の目。

 だが今回は、その目がこちらに向いている。


「ケイトさん。1つ提案があるのですが」


 その先は、まだ聞けなかった。

 シャルロッテが紅茶を一口飲んで、「続きは明日にしましょう。今日はお帰りになって、ゆっくりお休みになってください」と言った。

「明日?」

「ええ。明日、メーディアに伺います。ちゃんとお話ししたいので」

 ちゃんと。酒場のカウンターではなく。

「……分かった。明日、ドッキングベイ17に来てくれ」

「はい」

 シャルロッテが立ち上がった。紅茶代を自分で払った。

「ケイトさん」

「何だ」

「プリンセス・メーディアを、手放すなんて考えないでくださいね」

 ……なんで分かるんだ。

「顔に出ていましたわ。あの船のことを考えている時のお顔は、分かりますの」

 背筋をまっすぐにして、酒場を出ていった。ドアが閉まる直前に、小さく振り返って笑った。

 余裕のある笑顔だった。あの頃の、強がりの笑顔じゃない。

 本物の笑顔だった。

* * *

 1人になった。

 エールの残りを見下ろした。

 飲み干して、グラスを置いた。


 彼女は変わった。

 ボロ船で1人で、「大丈夫ですわ」と強がっていた女が。工具の使い方を聞きに来て、分割払いを1日も遅れず返して、自分の船を自分で直していた女が。

 今日、俺の隣に座って「お困りのようね」と言った。

 立場が逆転している。

 前は俺が彼女を助けた。今度は、彼女が俺に何かを提案しようとしている。


 「提案」。

 何だろう。

 分からないが、あの目は本気だった。


 メーディアに帰った。

 シャンデリアの光を見上げた。

 手放すなんて考えないでくださいね、と言われた。

 考えてない。一瞬よぎっただけだ。

 嘘だ。結構よぎった。

 だが、嫌だ。こいつは俺の船だ。

 明日、彼女が何を提案してくるか。

 少しだけ、楽しみだった。


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