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光と影が交わる一点  作者: 柳瀬 鯨
贖罪
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第九八話 規格外

二十体の影狼訓練が終わったあと、訓練場には完全に疲労の空気が漂っていた。


倒れ込む騎士。


膝をついたまま動けない者。


氷の上で尻もちをついたまま天を仰ぐ者。


誰もまともに立てていない。


その中でマーニだけがまだ槍を支えに呼吸を整えていた。


全身は限界に近い。


脚が震える。


肺が熱い。


だが昨日より残れた。


それだけで少しだけ手応えがある。


そのとき、後方から若い騎士の声が上がった。


「……あの」


全員がそちらを見る。


まだ十代半ばほどの騎士見習いだった。


「アレン殿とレオン殿も……やってほしいです」


一瞬静かになる。


誰もが同じことを思っていた。


見たい。


だが言えなかった。


本人が言ってしまった。


アレンが少し目を丸くし、そのあと笑う。


「影狼鬼ごっこを?」


「はい……!」


横でレオンは無表情のまま。


ユウが面倒そうに肩を回した。


「別にいいけど」


「お前もやるか」


アレンが聞く。


「俺はもう見せた」


完全に見物姿勢だった。


レオンは短く答える。


「やる」


その一言で空気が少し変わる。


疲れていた騎士たちも何とか起き上がる。


中央を空ける。


影が再び広がる。


今度は十体。


数は減らした。


だが緊張感は増す。


影狼が並ぶ。


赤い目。


低い唸り。


レオンが中央へ立つ。


剣は持たない。


片手だけ上げる。


氷が足元へ薄く走る。


ユウが言う。


「開始」


影狼が走る。


十体同時。


真正面。


左右。


背後。


普通なら包囲される。


だが次の瞬間、レオンの姿がずれた。


滑ったのではない。


氷を利用して最短距離で身体を流した。


一体目が空振る。


二体目の爪を肩一つで外す。


三体目が来る前に地面へ指先を触れる。


薄い氷柱。


狼の足元だけ止める。


完全拘束ではない。


一瞬だけ動きを遅らせる。


そこへ身体を抜ける。


無駄が一つもない。


「……速い」


「氷で滑ってるのに転ばない」


「いやむしろ速くなってる」


四体。


五体。


六体。


近づけない。


狼が追うたび、レオンは角度をずらす。


最短で消える。


最後、一体が真後ろから飛ぶ。


その瞬間だけ、振り向きもせず肘が動いた。


狼の額へ当たる。


影が散る。


静止。


十体終了。


誰も声が出ない。


レオンは息一つ乱れていない。


「力で止めるな」


淡々とだけ言う。


「流せ」


騎士たちは呆然と頷くしかない。


次。


アレン。


こちらは木剣一本だけ持つ。


「俺は少し違うかな」


ユウが影狼を十体並べる。


開始。


狼が来る。


最初の一歩で空気が変わった。


アレンは踏み込まない。


待つ。


一体目が噛みつく瞬間、


木剣が一閃。


影狼が二つに割れる。


二体目。


返す。


斜め。


また散る。


三体目。


四体目。


見えない。


ただ線だけが残る。


木剣なのに斬れている。


影狼が近づくたび消える。


「……なんだ今の」


「振ったの見えたか?」


「いや」


最後、三体同時に飛ぶ。


アレンは半歩だけ前へ出た。


円を描く。


三体まとめて散る。


終わり。


木剣を肩に乗せる。


「近づけさせない方が楽だ」


その言葉に騎士たちはさらに静かになる。


マーニも見ていた。


理解できない。


だがわかる。


この三人は別々の理屈で強い。


ユウは圧倒。


レオンは無駄がない。


アレンは完成している。


同じ規格外でも形が違う。


そのときユウが横から言った。


「ほら」


全員が振り向く。


「見たならやれ」


「え?」


「次、全員」


絶望が戻る。


「今見たあとに!?」


「無理です!」


「参考になっただろ」


ならない。


次元が違いすぎる。


だがユウは本気だった。


マーニは槍を握る。


疲れている。


脚も重い。


だがさっき見た動きが頭から離れない。


レオンの流し方。


アレンの間合い。


少しでも真似できるか。


試すしかない。


アレンが通りすがりに小さく言う。


「焦るな」


レオンも短く続ける。


「真似は一つでいい」


その言葉だけで少し息が整う。


ユウはすでに影狼を増やしていた。


「じゃあマーニ先頭」


「やっぱりですか」


少しだけ周囲に笑いが戻る。


疲労の中で初めてだった。


訓練場の空気が少し変わる。


前を見る。


届かない。


だが背中は見えている。


だから走れる。

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