第46話:放課後、生徒会室にて
迷い家での体験を経て、五人は再び日常へと戻ってきた。
けれど、それは「元に戻る」ことではなく、それぞれの「これから」に向き合う始まりだった。
学園に集い、未来を語る放課後。静かな決意が、生徒会室に満ちていく。
放課後の花桜学園。夕陽が窓のブラインド越しに射し込み、長く伸びた影が床を染めていた。
生徒会室の扉が静かに開く。
「……あ、来た来た」
先に来ていた縷々が、笑顔で手を振る。部屋の奥では紗雪が二つ合わせた長い会議用のテーブルを囲むようにパイプ椅子を並べていた。
「遅れてごめんなさい。先生の話が長引いちゃって」
みよりが軽く息を弾ませながら入ってくる。手には差し入れ用のスナックとジュースの袋。
その後ろからは、隼人が手土産代わりに買った缶コーヒーの入ったビール袋をぶら下げていた。ジュラルミンのガッチリとした銀色トランクが、彼の“日常への違和感”を際立たせている。
そして最後に現れたのは、他ならぬ浦見真観。
「皆、揃いましたな」
袈裟姿のまま入ってきた真観は、場の空気を一変させるような静かな気迫をまとっていたが、誰よりも親しみ深い微笑みを浮かべていた。
「では始めましょうか。我ら五人の、これからについて――」
小さく頷き合いながら、五人は円卓を囲む。
しばしの沈黙の後、最初に口を開いたのはみよりだった。
「……なんか、全部夢だった気がする時があるの。でも、グローブを見て思い出すんだ。私、本当に迷い家に行ったんだて……そして、選んだんだって」
彼女の手には、黒革の指なしグローブがはめられている。それは真観から“弟子としての覚悟”を問われた象徴でもあった。
「夢じゃないよ」
紗雪が静かに口を挟む。
「だって、あの時……“名前のないもの”に飲まれかけた私を、みんなが――特に真観さんが、救ってくれた。私も、あの時の自分に嘘をつきたくない」
その声は、迷宮をくぐり抜けた者だけが持つ決意の響きを帯びていた。
「……あの時のことは、私も忘れおりません」
隼人が缶コーヒーをひとつ開け、手酌で飲みながら言う。
「迷宮の奥、名前を奪う怪物と戦ったとき、自分の中にある恐れや逃げたい気持ちと向き合った。でも、あれでよかったんだと思います。私は“見守る者”として戦うこと、やっと自分の役割が分かった気がします」
それを聞いた縷々が、膝を抱えながらふっと笑った。
「私はね、最初から“護られる側”って思ってたの。でも違った。だいだらぼっち様から薙刀をもらった時……それを“自分で選んだ”ってことが嬉しかった。もう、ただのお飾りじゃいられないよ」
彼女の目は、かつてのどこか浮世離れした令嬢のそれではなかった。強い意志と、未来を見据える芯のある瞳だった。
最後に、真観が口を開く。
「……皆さん、よくここまで歩んでくれました。すでにお気づきの通り、学園長ならびに九重家、天神家の強い要望を受け、このたび私は“学園理事の一人”に任命されました」
皆の目が、驚きと安堵の混じった表情で真観に向けられる。
「これからは、堂々とこの学園に出入りできることができます。まあ、怪しまれずに校内に入れるのは実に助かる」
「ずっと出入りしてた気がするけどね……」
みよりが呟くと、縷々が吹き出す。
「ともかく、これで“外部からの支援”という名目で、君たちを直接導く立場が得られた。つまり、今後は正式に“修行”も含めて導けるということです」
「え? 修行って本当にやるの?」
紗雪が目を見開く。
「もちろん」
真観がにこやかに言う。
「……君たちはすでに“特異点”に触れました。今後はさらなる闇が動き出す。敵は“異界”からだけではなく、“この世界の制度や仕組み”の中にも潜んでいますからな」
「現代社会そのものが敵ってことですか?」
隼人が眉を寄せた。
「正確には“この世界に開いた亀裂”を利用しようとする者たち、ですね。その一部は既に動き出しています。“名前”や“記憶”を操る存在だけでなく、“法”や“理”すら逸脱する存在が、この世界に忍び込もうとしている」
全員が静まり返った。
「……じゃあ、私たちは、その“何か”と、また……?」
縷々の問いに、真観は頷いた。
「然り。だが、恐れる必要はありません。君たちは選ばれたのではない。“自ら選んだ”のです。迷い家で手に入れた武具、そしてこの場所で交わした誓い――それが証明している」
皆の視線が、それぞれの“手に入れたもの”に向けられる。
三鈷杵、薙刀、妖刀、黒革のグローブ、そして――減らないおにぎり包。
どれも一見すれば物語の道具のようだが、それぞれが“意志”を持って選ばれ、授けられたもの。
「さあ、修行の初回は……筋力測定と集中瞑想、そして護身術の初歩ですかね」
「うぇえ……体育より地味にキツいやつ……」
縷々がげんなりした顔をするが、すぐに微笑む。
「でも……ちょっとだけ、楽しみ」
その空気が、皆に伝染するように和やかな笑いが広がっていく。
窓の外には夕陽が沈み、夜の帳が降り始めていた。
けれど――五人の心には、新たな光が灯っていた。
それは“戦いの準備”であると同時に、“日常を護る”ための決意。
放課後の静かな学園で、ひとつの物語が終わり、そして新しい章が静かに始まろうとしていた。
今はまだ、敵の正体も、来る戦いの全容も見えない。
けれど、五人の心は確かに一つの覚悟へと向かっている。
これは終わりではなく、序章。
願わくばその歩みが、光へと繋がらんことを。




