第45話:縁の印、灯火の決意
迷い家から戻った紗雪たち。そこに在るのは、日常のようでいて、もはや戻れぬ日々。
しかし“縁者”としての証と、新たに得た力を手に、彼女たちは歩き出す。
変わらぬ学園に、確かに灯った“祈り”の続きを――。
迷い家の門を出た瞬間、世界は静かに反転した。
鈴の音が一つ、風に流れ、次の瞬間には、そこに屋敷の姿はなかった。
ほんの一歩前まで、あれほど巨大だった屋敷は霧の中へと溶け、まるで最初から何もなかったかのように。
「……帰ってきた、のかな?」
紗雪がそっと呟いた。見渡すと、そこは花桜学園の裏手にある小さな林。つい先日まで「祠」があった場所だ。
空はすでに夕焼けを帯び、蝉の声が遠くに響く。
「でも、不思議だな……時間が、経ってない気がする」
縷々が袖をなびかせながら、懐かしい校舎の方角を眺めた。
彼女の背には、迷い家で授かった薙刀が軽やかに揺れている。持ち主に馴染むかのように。
隼人は黙って、腰に刺した大小の妖刀に軽く手を当てる。
「ここが現実かどうか、確かめる方法はあるさ……まずは、焼きそばパンでも買ってみましょうか」
「そこ! 戻ってきたばかりなのに、いきなり庶民感!」と、みよりがツッコんだ。
彼女の手には、黒革の指なしグローブ。何とも不思議な気配を帯びている。
真観はふっと微笑むと、袈裟の袖を正して静かに言った。
「これもまた“縁”です。迷い家で得たすべては、これから我らの灯火となりましょう」
そう言って彼は、迷い家で頂いた“深い藍色に輝く数珠”を懐から取り出し空へ掲げた。
その瞬間、四人の手背に、それぞれ小さな梵字が浮かび上がる。
「これは……」紗雪が目を見開いた。
「“縁者”として、正式に認められた証です」真観が頷く。「これから先、皆さんは《名無し》と、それに類する異形たちと深く関わっていくことになります」
「……逃げられないってことか」
隼人が肩をすくめると、真観は言葉を添えた。
「逃げることもまた、選択です。しかし、我々には今、選べる力がある。その覚悟こそが――灯火を絶やさぬ祈りです」
「なんかカッコいいこと言ったわね、今」と、みよりが茶々を入れる。
「でも、ホントだよね」
縷々は空を見上げた。迷い家で得た薙刀の柄が、微かに風に揺れる。
「――あたしも、戦う。名を持つ者として」
◆ ◆ ◆
翌日、花桜学園。
そして、真観はひとり、学園の裏手で“深い藍色に輝く数珠”を手に、静かに祈っていた。
「名を失いしもの、再び名を与えられし者。
記憶の灯は絶やさず、祈りの道は続く。
我らの願いが、次なる者たちに届かんことを――」
真観の手背に浮ぶ梵字が微かに輝く。
灰の灯は、まだ終わらない。
新たな章は、もう始まっている。
すべてが終わったわけではない。だが、彼女たちは確かに何かを得て戻ってきた。
名を持つ者として、そして“縁”に導かれた者として。
笑い、祈り、進むその姿に、かすかな希望の火がともる。




