第44話:迷い家からの旅立ち
迷い家での最後の試練――それは“贈り物”の選択だった。
紗雪、縷々、隼人、みよりは、それぞれ自らにふさわしい品を選び、戦いへの覚悟を新たにする。
そして、だいだらぼっちから明かされる“弟子”の縁。旅立ちの時が近づく。
迷い家の空は、未だに靄がかかっていた。
けれど、その霧は以前よりも穏やかに感じられた。まるで、一同の訪問を歓迎しているかのように。
だいだらぼっちは、畳敷きの広間でお茶をすすりながら微笑む。
「さて、そろそろ“贈り物”を選ぶ時だな」
その言葉に、紗雪たちは顔を見合わせた。だいだらぼっちは続ける。
「この迷い家に招かれた者は、帰る時にここにある“ひとつ”を持っていける。必要なものを選ぶといい。心が求めるものを、心のままにだ」
迷い家――それはただの不思議な屋敷ではない。ここにある品々は、妖怪の意志、あるいは伝承の霊力を宿したものばかりだった。
真観は一歩退いて、やんわりと手を振った。
「私は前回、ありがたい数珠を頂きましたから。今回は遠慮させていただきます」
彼が首から下げている、深い藍色に輝く数珠。それは「絶対に切れず、絶対に壊れない」とされる法具だった。だいだらぼっちはコクリと頷く。
「うむ。それもまた“縁”だ。ならば、今回は他の皆の番だな」
◆ ◆ ◆
真っ先に動いたのは、紗雪だった。
彼女はふと、以前真観から借りた三鈷杵のことを思い出していた。あの時、指の先に伝わってきた霊力と熱――今でも忘れられなかった。
「だいだらぼっち様、ここには三鈷杵は……」
「おお、それなら、特別に用意しよう」
そう言うと、だいだらぼっちは静かに指を鳴らした。
空気がひときわ震えたかと思うと、障子の奥から迷家の入り口で案内をしてくれた着物の少女が、三十センチ四方の座布団に乗った淡く光る三鈷杵を持って現れ、それを床の上に静かに置いた。
紗雪は膝をつき、手を合わせたあと、そっとそれを両手で包み込むように持ち上げた。
――ズシリ、と心の中心に灯るような感覚。
「ありがとう……ございます」
◆ ◆ ◆
続いて縷々が動く。
彼女の目は、すでに居間の片隅に飾られていた薙刀に釘付けだった。磨き上げられた柄、精緻な刃文――だが、どこか懐かしさすら覚えるその姿に、彼女は自然と手を伸ばしていた。
「これ……いいのかな?」
「それは、代々武を極めた者たちの想いが籠もった品。薙刀を習っていたお前には、最もふさわしいものかもしれぬな」
「わたし、幼い頃からずっとやってたの……でも、途中でやめちゃって……」
縷々は目を伏せ、だが次の瞬間、強く握り締める。
「もう、逃げたくない。これで、ちゃんと自分と向き合っていく」
その決意に、だいだらぼっちは満足げに頷いた。
◆ ◆ ◆
隼人はというと、黙って床の間の奥に目をやっていた。
そこには大小の日本刀が、まるで誰かを待っているかのように並べられていた。
「……まさか、これを選んでも?」
「もちろんだとも」
だいだらぼっちは、ニヤリと笑う。
「それは、“意志を読み取る妖刀”だ。持ち主の願いに応じて、神通力を宿すこともある」
隼人は無言で柄に手をかけた。その瞬間、柄に巻かれた紐がかすかに動いたように見えた。
「……あぁ、悪くない」
淡く光ったその刃は、すでに隼人の中で共鳴を始めていた。
◆ ◆ ◆
残ったみよりはというと、座敷の隅で腕を組み、あれこれ悩んでいた。
「武器って言われても、あたし、武芸とかやったことないし……」
「じゃあ、護身具がいいんじゃない?」と縷々が提案すると、みよりはふむと頷いた。
「なるほど……って、あれ?」
みよりの目に飛び込んできたのは、一組の黒革の指なしグローブだった。妙に艶やかで、手にはめた瞬間、ぴったりと吸い付くように馴染む。
「これ、……すっごいフィット感」
「お主には向いておる。なに、これから鍛えればよい」
だいだらぼっちは笑いながら、チラと真観を見た。
みよりも気づいて、訝しげに首をかしげた。
「ねぇ、もしかして、あたし……」
「お主、今日から私の弟子だ」
「……あー、やっぱりー!」
皆が思わず吹き出した。
◆ ◆ ◆
「というか、隼人さんって、既に真観先生の弟子だったんですか?」と紗雪が不満そうに尋ねると、
隼人は肩をすくめて答えた。
「言ってませんでしたか? まあ、正式な手続きは踏んでいませんでしたけど、気がついたら、ずっと教わっていたようなものです」
「気がついたらって……!」
みよりが笑いながら突っ込む。
「全員、気づいたら真観先生の弟子って……何か、だいだらぼっち様の手のひらの上で転がされてる気がする」
「うむ、それはたぶん“正解”じゃの」
あっさり肯定された。
◆ ◆ ◆
一同が準備を終えたその時、だいだらぼっちは何かを思い出したように手を叩いた。
「そうじゃ、真観殿。貴殿が今回贈り物を受け取らぬとのことなので、その分を……」
「え、わたしに!?」
みよりが驚いて振り返ると、だいだらぼっちは布に包まれた何かを彼女に差し出した。
「“減らないおにぎり包”じゃ。中身は変えられぬが、いくら食べても減らぬ。旅に出るなら、これほど頼れるものもあるまい」
「わーっ、これ迷い家伝承で読んだやつだーっ! 本当にあったんだ!」
喜びに声を弾ませながら、みよりはおにぎり包を胸元に抱えた。
◆ ◆ ◆
そして、別れのときが来た。
迷い家の玄関に立つ一同を、だいだらぼっちは優しい眼差しで見送る。
「ここから先は、再び現世。そして新たなる戦いと“縁”が始まる」
「この家は、また必要なときに現れるだろう。そのときまで、忘れるでないぞ」
真観は深く頭を下げた。
「感謝の念、忘れません。……また、お会いしましょう」
扉が開いた。
再び霧に包まれ、やがてその向こうに、見慣れた現代の街並みがぼんやりと浮かび上がる。
一同は足を踏み出した――未来へと。
一人ひとりが思いを込めて選んだ武具は、これからの試練を照らす道標となる。
迷い家を後にした彼らが向かうのは、日常でありながら非日常へ続く現世。
それぞれの選択と縁が、新たな物語を紡いでいく――。




