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シンデレラの子どもたち

満は、童話に憧れる子どもだった。


満は以前、ゴミ箱の中から一本のビデオテープを拾ったことがある。それが何かは知っていた。少し裕福な近所の家の、小さな白黒テレビの棚で見かけたことがあったからだ。その「ビデオテープ」というものは、彼にとって宝物を詰め込んだ箱のような存在だった。色鮮やかなアニメ、静かで厳粛なドキュメンタリー、甘く楽しい恋愛映画、手に汗握るSF作品、血なまぐさいホラー、さらには腹を抱えて笑ってしまうコメディ、それらすべてが、この小さな箱の中に収められている。


再生ボタンを押せば、次々と巨大な世界が飛び出してくる。幼い満は、そんな魅力的なものによって世界観を形作られていき、やがて映画を愛するようになった。やがて彼は、同じように薄汚れた服を着て、ゴミ箱を漁りながらも、器用な手でガラクタを不思議なおもちゃへと作り替える近所の少年と知り合う。満はその少年の両親が留守のとき、よく彼の家に忍び込み、日が暮れるまで一緒に映画を観るようになった。


その少年の両親は、スラムの外から見れば「まだ話が通じるほうだ」人たちだった。理由は単純だ。子どもを愛し、その願いを叶えるために懸命に働いていたからだ。子どもが映画を好きだと知ると、彼らはビデオを借りてきて、家に一人でいるときに観られるようにしてやった。だが一人で観るのは退屈だったのだろう。偶然出会った、同じようにぼろぼろの服を着てゴミ箱を漁っていた満を家に招き、共に映画を楽しむようになった。感動的な結末には一緒に涙し、あまりに突飛な展開には声を上げて罵り、画面の中の恋人たちを祝福し、コメディの突飛な言動に腹を抱えて笑い合った。


しかし、長時間近くでテレビを見続けたせいで、少年の視力は急速に悪くなっていった。一方で、同じように映画を観ていた満には、なぜかその問題は起きなかった。少年の両親も多少は気づいていたが、十分とは言えなかった。それ以上視力を悪化させたくないという思いから、ビデオを借りるのをやめ、本を与えるようになった。テレビが目に悪いとは考えていたが、本も同じ影響を及ぼすとは思い至らなかったのだ。


それでも少年は満を家に招き続けた。ただし今度は映画ではなく、本を読むために。満は少し落胆した。彼は映画に育てられた子どもだった。動かない絵や音のない世界には、あまり興味が湧かなかった。


それでも少年は、どこか大人びた口調でこう言った。「本もいいよ。もっとたくさんのことが知れるし、目も悪くならない。」


満にとってその少年は、いつも素直で、分別があり、親孝行で、そして賢い存在だった。だからこそ彼は、少年に憧れ、その言葉をそのまま受け入れた。そして、読み始めたが最後、止まらなくなった。


たしかに本には動く映像も、刺激的な音もない。だが、挿絵の美しさに惹かれ、映画で覚えたわずかな文字を頼りに物語を追い、やがてその起伏に富んだ展開に深く引き込まれていった。


彼が最初に読んだ本は、童話『シンデレラ』だった。それは彼にとって最も印象深く、そして最も愛した物語でもある。


シンデレラは継母と義姉たちに日々虐げられ、多くの家事を押しつけられながらも、王子の開く舞踏会への参加すら許されなかった。そんな彼女を哀れんだ魔女が、かぼちゃの馬車や、まるで星空が零れ落ちたかのようなドレス、そして夢のようなガラスの靴を与える。少女は王子と踊るが、真夜中の十二時までに帰らなければならず、片方のガラスの靴を落としたまま、何も告げずに別れることになる。それでも王子は彼女を見つけ出し、二人は末永く幸せに暮らした。


満は男の子だったが、この物語に深く魅了された。魔女の強大な力と、幸福な結末に憧れ、それらはやがて彼の願いとなり、夢となった。初めてこの本を手に取ったとき、彼はそれを手放せなくなった。友人の両親が帰宅するまで、ようやく読み終えて家へ帰る気になったほどだった。


その後、その少年は両親によって、スラムで唯一の「学校」へと通わされることになった。学校とは名ばかりで、それはただの狭くて窮屈な教室だった。


不揃いな机と椅子、ひび割れた黒板、夏の熱気も冬の風も防げない窓とカーテン、あちこちに穴の空いたコンクリートの床――そうした欠陥だらけのものが寄せ集められて、一つの学校を形作っていた。それはまるで、このスラムに暮らす欠けたものを抱えた子どもたちのようだった。環境や設備は劣悪だったが、それでも正式な教師が教壇に立っていた。


満はその少年から聞いた話によれば、その教師は名門大学を満点で卒業した優秀な人物だったが、なぜかこのような僻地に派遣されてきたらしい。しかしその教師は仕事に真摯で、情熱にあふれ、自らの知識を惜しみなく分け与えた。何も知らないスラムの子どもたち一人ひとりに、全力で向き合った。


貧しく不潔な環境を嫌がることなく各家庭を訪ね歩き、巧みな話術で親たちを説得して子どもを学校へ通わせるようにしたり、食事も満足に取れない子どもにはパンと牛乳を用意して、元気に授業を受けられるようにしたりした。やがて教師は自費で教室の修繕まで行い、壊れた机や教具を新しいものに取り替え、さらに専門家を呼んで壁に子どもたちの目を引く可愛らしい壁画を描かせた。


その変化に触れ、多くの子どもたちは前向きに生きようとし始めた。まるで腐臭の満ちた場所から離れていく光のように、彼らの中に未来への希望が灯っていった。


満の母は、彼に良い教育を受けさせようと思っていたわけではなかった。ただ、自分が不在の間に子どもが行方不明になったり、命を落としたり、誰かに傷つけられたりすることを恐れていただけだ。そのため、満もまた学校へ通わされることになった。


最初のうち、彼は教科書の文字を理解できず、深い挫折を味わった。だが、教師の辛抱強い指導によって、少しずつ読み書きができるようになっていく。そしてある日、ついに彼は、あの愛してやまない『シンデレラ』を、自力で最後まで読み切ることができた。そのとき、彼の目から涙がこぼれた。知識を得ることが、これほどまでに喜びと感動をもたらすものだとは、思いもしなかったのだ。涙はまるで壊れたポンプのように、止めどなく溢れ続けた。そばにいた親友が、そんな彼を優しく慰めた。


それ以来、彼はさらに勉学に励むようになる。もともと多少の才もあったのだろう、成績はその親友に次ぐほどにまで伸びていった。そうして三年ほどが過ぎたころ、太陽は雲に隠れた。それは、古い書物に記された大洪水のように、満の人生を覆い尽くした。冷たく、湿った、息の詰まるような闇が、彼の一生に降りかかろうとしていた。


あの頃、ついに少年の両親は成功を収めた。それはつまり、少年がこの場所を離れられるということでもあった。両親は一刻も早くこの忌まわしい場所から抜け出したがっていたが、少年自身は強い未練を抱いていた。


学校での最後の日、皆が彼のためにささやかな送別会を開いた。「みんなに手紙を書くよ。」そう言ったその一言の重みを、本当に理解していたのは満だけだった。手紙など、本当にこの場所に届くのだろうか。別の豊かな世界へ行ってしまえば、自分がここにいたことすら忘れてしまうのではないか。光に満ちた場所に辿り着いたとき、泥の底にいる自分たちのことを思い出すことはあるのだろうか。


帰り道を並んで歩きながらも、満はその成熟しすぎた、どこか悲しい考えを口にすることはなかった。


「明日から、僕はここにいないんだ。」親友は寂しげにそう言った。


満は何も返せず、ただ小さく頷くことしかできなかった。


「満、君もこれからちゃんと勉強して、ここを出るんだぞ。」空の端では橙色の光が、まるで幕のようにゆっくりと引かれ、世界を染め上げていた。それは巨大な鏡のようにも見え、その色をどこまでも反射していた。鳥は鳴きながら巣へ帰り、わずかな潮の匂いが風に乗って運ばれてくる。


「ここは、僕たちが一生いる場所じゃないからな。」その声は、巣立ちを決めた鳥のように、強く揺るがなかった。


「これ、やるよ。」彼は鞄に入れていた童話の本とビデオテープを満に手渡した。その中には、満が何よりも愛していた『シンデレラ』もあった。


満は「未来」という言葉の意味をまだよく分かっていなかったが、それでも頷いた。


強い力を持つ魔女は、いつ現れるのだろうか。


その後、満が少年の姿を見ることは二度となかった。約束された手紙も、一通たりとも届くことはなかった。


やがて、あの情熱に満ちた教師も去り、代わりにやって来たのは、どこか打算的で、自分を卑下するような教師だった。


彼女はこの「ごみ溜め」のような場所で育つ子どもたちを心の底から見下していた。こんな環境から、優秀な生徒が生まれるはずがないと決めつけていたのだ。言葉で侮辱するだけでなく、授業を放棄することすらあった。やがて子どもたちは学校へ来なくなり、教室には満一人だけが残った。それでも彼は通い続けた。責任感と、かつて交わした約束が、彼を引き止めていた。


独学は決して効率の良いものではなかったが、それでも何もしないよりはましだった。そうしてさらに一年が過ぎた頃、その教師もまた異動となり、今度は平凡ながらも一応は職務を果たす教師がやって来た。満は、どうにか学び続けることができた。


「満、おかえり。」母は気だるそうに、期待も込めずに言った。「この人があんたの新しいパパ。それから、この子があんたの新しい妹。これから一緒に暮らすことになるのよ。」「新しい父親」と呼ばれた男は、ソファに寝転びながら煙草をふかしていた。煙は部屋中に充満し、空気はかすみ、焦げたような匂いがこもる。窓を開けてようやく、わずかな解放が得られる程度だった。


「お、お兄ちゃん……」新しい妹だという少女が、おずおずと近づいて自己紹介した。「わたし、歩美っていいます。」


新しい父親の仕事はトラック運転手だったが、ときどき裏の仕事にも手を出しているらしかった。彼は毎日、煙草の匂いをまとって出て行き、酒臭さを漂わせて帰ってくる。家に戻るとそのままベッドに倒れ込み、いびきをかいて眠る。ときには激しく嘔吐することもあった。床に吐く分にはまだましだったが、ベッドの上に吐かれると、汚物は染み込み、いくら洗っても夏になると耐えがたい悪臭を放つ。


母は相変わらず、朝早く出て夜遅く帰るか、あるいは帰らない日もあった。眠りから目を覚ました歩美は、不安げに尋ねることがあった。「ママは?」


「仕事に行ってる。」


ある夏の夜、満と歩美は早めに床に就いた。しかし、夜になっても熱気はこもり続け、家の隙間から入り込む蚊がしきりに飛び回る。満はなかなか寝つけなかった。うとうとしかけた頃、外から叫び声と怒鳴り声が聞こえてきた。満は忍び足で部屋の扉を開ける。案の定、両親が激しく言い争っていた。


「もうあんな仕事はやめろって言っただろうが!」父の声は怒りで低く響き、荒れ狂う獣のようだった。

「あんたがろくに稼げないからでしょ!金が入ればすぐ遊びに使って!何のためにあんたと付き合ってると思ってんのよ?!」普段は気だるく小さな声で話す母の声が、このときばかりは鋭く甲高くなり、かすれた響きが耳に刺さった。

「金のことしか考えてねえのか!この見栄っ張り女が!」

「誰が見栄っ張りよ!?あんたの稼ぎで子ども二人と女一人養えるの?!この役立たず!」


父は顔を真っ赤にし、怒りに任せて母を殴りつけた。その一撃で母は壁に叩きつけられる。「うるさい!」もともとやつれた母の顔は、一瞬で腫れ上がり、口元から血が滲んだ。言い返す間もなく、さらに拳が振り下ろされる。


無秩序に振るわれる拳は、ただ力任せで、母の体を容赦なく打ち据えた。母の悲鳴は夜に呑み込まれ、歪んだ形で響き返る。やがて、その騒ぎは近所の人間を引き寄せた。激しく扉が叩かれ、「女を殴るな!」「人が死ぬぞ!」と叫ぶ声が飛び交う。


満は扉のそばに座り込んだ。やがて扉が開く音がした。その後の言葉は、彼にはよく聞き取れなかった。

それが諫めだったのか、罵倒だったのか、責め立てる声だったのかも分からない。


獣の咆哮のようでもあり、水中で弾ける泡のようでもあり、意味を結ばなかった。やがて母の泣き声が、まるで亡霊のように夜空に響き渡り、さらに人を呼び寄せた。しかしそれもやがて夜に溶け、すべては、何事もなかったかのように静まり返った。


満はベッドに戻り、妹の枕が大きく濡れているのに気づいた。赤ん坊のように無力なすすり泣きが、かすかに耳へ届く。満は妹に布団をかけ直し、肩をやさしく叩いた。安心したのか、妹はすぐに泣きやみ、そのままうとうとと眠りに落ちていく。だが満は眠れないまま、寝返りを打ち続けていた。彼の世界に、雨が降り始めたのはこのときだった。


やがて満は、母がもう戻ってこないのかもしれないと気づく。その理由は、おそらく永遠に分からない。

父は賭博に溺れ、ただでさえ貧しい家計はさらに追い詰められていった。借金取りはしょっちゅう家に現れた。父がいれば、適当にあしらうか、あるいは殴られて終わるだけだった。だが、その後に苦しむのは結局、二人だった。古い傷が癒えればまた新しい傷が増え、痣や傷跡は、まるで皮膚の上を這い回る蛙のように増えていった。


父がいないときは、兄妹は部屋の押し入れに隠れて震えるしかなかった。息を殺し、音ひとつ立てないように。


ある日、ついに借金取りが扉をこじ開けて入ってきた。不運なことに、そのとき父はいなかった。静まり返った家と、むせ返るような夏の空気の中で、足音だけがやけに大きく響く。


二人の震えは止まらない。妹はまた恐怖のあまり、服を濡らしてしまった。足音が近づいてくる。満の心臓は、今にも飛び出しそうだった。


やがて、押し入れの扉が開かれる。満は歩美を強く抱きしめた。もし殴られるなら、自分が先に受け止める。怯えた小さな獣のように互いを抱き合う二人を見て、借金取りは何も言わず扉を閉めた。仲間への声も、どこか柔らいでいた。


「いたか?」

「見つからねえ。今日は引き上げるか。」

「ちっ……どこ行きやがった……」声は次第に遠ざかり、やがて完全に消えた。そのあとでようやく、満は歩美を連れて押し入れから出ることができた。


家の中はすっかり荒らされ、価値のあるものはほとんど持ち去られていた。それでも父の借金には到底足りない。ただ一つ、満が密かに隠していた貯金箱だけは無事だった。それを見つけたとき、満はほっと息をついた。それは彼と歩美の、これからの生活を支える大切なものだった。


父が家に帰ることは次第に少なくなり、兄妹は事実上、二人きりで生きていくことになった。


不思議なことに、生活は相変わらず苦しかったが、どこか以前よりは楽に感じられた。傷は時間とともに癒え、少しずつだが金も貯められるようになった。


歩美はあまり出来のいい子ではなかったが、満は時間を見つけては読み書きを教えた。歩美はいつも満を喜ばせるようなことを言う。「わたし、大きくなったら満と同じ学校に行きたい。」


初めて会ったとき以外、歩美はもう「お兄ちゃん」とは呼ばず、名前で呼ぶようになっていた。年もそう離れていなかったからだ。


満は嬉しそうに彼女の頭を撫で、冗談めかして言う。「そうか? 俺が行くのはいい学校だぞ。」


本当は、自分の未来がどうなるのかなど、まったく分かっていなかった。


歩美は少し慌てたように口を尖らせる。「やだ。わたしは満と同じ学校に行くの。」


「何言ってるんだよ。お前が頑張って、俺と同じいい学校に入るんだろ?」

「満って、すぐそうやっていじわる言うんだから……」妹は頬をふくらませた。


笑い声が、再び満の耳に戻ってきた。


しかし、その日々は長くは続かなかった。


ある日、父親が戻ってきた。逃げ回っていたせいか、かつてはがっしりしていた体は痩せ細り、酒の臭いはもう体の一部のように染みついていた。煙草で白いランニングはくすみ、黄ばんでいる。


その日、満は外へ出て廃品を拾い、金を稼いでいた。歩美は一人で家に残されていた。父の顔つきは異様に歪み、歩美はどうしていいか分からず、ただ言われるままにされるしかなかった。


本当の災いは、そのとき訪れた。


満はその日、いつもより多くのものを拾い、少なくない金を手にしていた。喜びながら歩美に見せようと家に戻ると、まるで氷に突き落とされたように、父がソファで煙草をふかしているのが目に入った。


焦げたような煙の臭いと灰色の空気が、また部屋を満たしている。もともと薄汚れた家は、今にも灰になって崩れそうだった。


歩美は服も乱れたまま床に倒れ、まるで彫像のように動かない。視線は天井の汚れに貼りついたまま、ただ戸惑いだけを宿していた。


父は満の持っていた金の入った袋を見るなり、それを奪い取り、中身を数え始めた。「ちっ……こんだけかよ。」吐き捨てるように言いながら、立ち去ろうとする。その瞬間、満は飛びかかった。


だが、子どもが大人に勝てるはずがなかった。


父は満に爪痕を残されただけで、悠然と去っていった。金もすべて奪って。


二人は、傷だらけのまま床に横たわり、ただ変わってしまった世界を受け入れるしかなかった。


先に立ち上がったのは歩美だった。足取りはふらつき、満のそばまで来ると、そのまま力が抜けたように倒れ込み、彼にしがみつく。涙が、再び満の胸を濡らした。


満は、理不尽なこの世界に呆然としながら、妹と同じように天井の汚れを見つめていた。


それ以来、歩美は学校へ行かなくなった。代わりに、見知らぬ男たちが家に出入りするようになる。いや、「見知らぬ男」ではない。彼らは「客」だった。


かつて母がそうだったように。


満が学校から帰ると、家の中から荒い息遣いや声が漏れてくることがあった。満は中には入らない。昔と同じように。


ただ外で立ち尽くし、客が出てくるのを待つだけだった。短いときで三分。長いときで三十分。その時間、彼は冬の凍える寒さや、夏の焼けつくような暑さにさらされ続ける。春や秋でさえ、陽射しは容赦なく、風は骨にしみた。


歩美のおかげで、父は金を手に入れていた。だが、それはすぐに消えていく。金は流れ込むように入ってきては、同じように流れ去っていった。三人の生活が良くなることは、ついになかった。


満は、なぜ自分がいつも動けなくなり、声すら出せなくなるのかを考えるようになっていた。反抗すれば、そのたびに父親に殴られ、しかも回数を重ねるごとに、暴力はさらに苛烈になっていく。


そして最後に反抗したとき、歩美が満を庇って抱きついた。その背中に、父親の拳が容赦なく叩き込まれる。

「ふざけんな、この馬鹿が!!」父親は怒鳴った。歩美の身体は、今や()()()()()()だった。


それでも歩美は怯えなかった。涙をこぼしながら、それでも言葉を絞り出す。「パパ……わたし、何でもするから……だから……もうお兄ちゃんを殴らないで……」


父親は片眉を上げた。満は、自分のためにそこまで言う歩美の姿に衝撃を受けながらも、何も言えなかった。


顎を撫でながら、父親は言う。「……まあ、ダメじゃねぇ。だが前よりちゃんと働け。」


「……うん......」歩美は父親を見なかった。代わりに満へと、小さく、必死に笑顔を向ける。だがその顔も体も、すでに見るに堪えないほど痩せこけていた。


それからというもの、満は何もできなくなった。


父親は約束を守ることはなく、気が向けば満を殴り、鬱憤をぶつけては彼を半壊させた。


一方で歩美は、ベッドで横になっている時間が増えていく。眠っているのか、ただ動けないのかさえ分からない。


満はときどき彼女の様子を見に行き、少しでも元気づけようとした。自分の貯めていたわずかな金さえ使い、彼らにとっては贅沢品を買ってきた。


歩美を笑顔にしたかったからだ。


だが彼女は、ほとんど反応を見せないか、すぐにまた眠りに落ちてしまう。


「歩美、見てくれ。これ、釣りのおもちゃだよ。起きて遊ばないか?」

「……」

「歩美、これお菓子だよ。『コンビニ』で買ってきたんだ。すごく美味しいやつらしい。ほら、『義美』って書いてある……三種類あるんだ。どれから食べる?」

「……」

「歩美、電子ペットって知ってる?学校の友達が最近すごく流行ってるって言ってたんだ。ペットは飼えないけど、ああいうので遊ぶことならできるでしょ。……今度、俺が一つ用意してあげようか?」

「……何をいつまでも話してるんだ?歩美は仕事の時間だ。そこをどけ。」父親の、容赦のない声が再び響いた。それはまるで判決を告げる鐘の音のようだった。背後には、がっしりとした体格の男が一人立っている。


満はゆっくりと立ち上がると、歩美の髪をそっと整えた。「また後で来るからね。」


そのとき、満は気づいた。妹の、あの小さな獣のようなかすかなうめき声が、聞こえないことに。


ふと、満の目に飛び込んできたのは、道端に咲く黄色いタンポポだった。春風に揺れながら、まるで春の歌を歌っているように見える。時折、働いている太陽にでも挨拶しているかのようだ。


そうだ、春が来ている。


満はふと、歩美と初めて会った日のことを思い出した。


「タンポポ、好きなの?」満が興味本位で尋ねたとき、歩美は花冠を編みながら答えた。

「うん。お母さんもね、この花が一番好きだったの。」


満は歩美の実の母親のことを深く聞いたことはなかった。歩美が語らないなら、それ以上踏み込むこともなかった。


「こんな花、どこにでもあるだろ。もっと高い花のほうがいいんじゃないの?」満は当時、特に気に留めてもいなかった。

「どこにでもあるからいいの。お金を使わなくても、お母さんに花をあげられるから。」

「……まあ、そうか。」満は笑った。「じゃあさ、これからは俺もよく花をあげるよ。どこにでもあるし。」

「適当だなあーー」そう言いながらも、歩美は満面の笑みを浮かべていた。編み上げた花冠を、そっと満の頭に乗せる。「じゃあ、約束ね。」


満は思い出していた。あのとき、軽く口にしただけの約束を。


もし歩美に花を渡せば、きっと笑ってくれるだろう。


ほとんど全部の花を摘み取ってしまった。それでも、まだ足りない気がした。満はポケットの中の金を取り出し、数えてみる。まだ少しだけ余裕がある。


それなら、歩美にアイスクリームも買ってやれる。


花をあげて、アイスもあげれば、きっともっと喜んでくれるはずだ。そう思うと、満はすぐに走り出した。近くの少し値の張るスーパーへ向かい、買える範囲で一番高いアイスを選ぶ。そして溶けてしまわないように、必死で走って家へ戻った。


家に戻ると、ちょうどあの男が慌ただしく外へ出ていくところだった。満は少し不思議そうにその背中を見送り、すぐに家へ入る。「歩美、見て。驚かせようと思って――」嬉しそうに声をかける。


歩美はいつものようにベッドに横たわっていた。だが今回は、呼吸の気配がなかった。胸の上下も見えない。


「……歩美?」満はそっと呼びかける。


歩美の首には、黒く変色した手形が残っていた。唇は紫色に変わり、顔には血の気がない。いつの間にか、蝿がたかっていた。


満はその場で動けなかった。


手の中のアイスクリームは、静かに溶けていった。


「『シンデレラ』って、いいお話だね……」歩美は満から借りた童話を読み終え、ぽつりと夢みるように言った。

「だろ? 魔女がすごい力で助けてくれてさ、最後は幸せになるんだ。」満は嬉しそうに話した。

「うん……憧れちゃうね。」歩美は目を閉じる。静かに想像するように。「私たちの生活にも、そんな魔女が来てくれたらいいのに。」


満は少しだけ驚いたあと、すぐに笑った。「絶対来るって。二人で頑張っていれば、いつかきっと会えるよ。」


「うん。じゃあその時も、一緒だよね。」

「うん。約束。」二人は小指を絡めた。「ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本飲ます――」


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