ふざいのまじょ
「まったく、余計なことばかりしやがって!」父親はそう怒鳴ると、酒瓶を床に叩きつけた。瓶は砕け散り、中の酒も飛び散って、しぶきがあたり一面に広がる。その一部は自分の顔にまでかかった。
金づるはもうない。これからは、さらに苦しい日々が待っている。父親は苛立ちながら家の中を行ったり来たりしていた。
満は、呆然と歩美の亡骸を見つめていた。春とはいえ、午後になると気温は上がる。歩美の身体はすぐに傷んでしまうだろう。すでに、かすかな異臭が漂い始めていた。ハエが頭上を飛び回り、じっとその時を待っている。
苛立ちを抑えきれない父親は、満をつかみ上げて八つ当たりするように怒鳴った。「おい、このバカ!ぼーっとしてる場合か?!さっさと手伝って片付けろ!」満の身体にはまた新たな傷跡が増えていたが、もはや痛みは感じていなかった。歩美の死による悲しみで、心はいっぱいだった。
父親はまるで物のように歩美を持ち上げ、満に穴を掘るよう命じた。満が穴を掘りながら、ぽつりと尋ねる。「……警察に連絡しないの?」
「警察だと?!」父親は激しく怒鳴った。「そんなことしたら、俺のやったことが全部バレるだろうが!」
満は信じられない思いで父親を見つめた。
穴はそれほど深くも広くもなかったが、小さな身体を収めるには十分だった。父親はまるでゴミでも捨てるかのように歩美を放り込み、満に埋めるよう命じる。もう二度と歩美に会えない。そう思うと、満の手は重く、動きは遅くなった。
「早くしろ!もたもたするな!」再び怒鳴られながら、満は土をかぶせていった。穴が完全に埋まると、父親はようやく満足した様子で、「あいつには絶対に弁償させてやる」とぶつぶつ言いながら家の中へ戻っていった。満は中へ入らず、その場に立ち尽くしたまま、埋めた場所をじっと見つめていた。頭の中は真っ白で、何も考えられなかった。
魔女は現れなかった。
南瓜の馬車も、真面目な御者も、美しいドレスも、輝くガラスの靴も、そして王子様も。
何も来なかった。
満は石に歩美の名前を書き、それを地面に立てた。昔、誤って死なせてしまった虫のために作った小さな墓のように。
石に文字を書いていると、まだ酒を飲んでいる父親が荒々しく問いかけた。「何をしている?」
「……虫の墓だよ。」満は嘘をついた。
「くだらないことをするな!!さっさと飯を作って掃除しろ!!」父親はそう怒鳴りつけた。
満は応えなかったが、それでも父の言う通りにした。
あの日以降、日々は再び穏やかに流れていくようだった。近づく夏が、辺りをいつもより暑くしていた。蜻蛉が枯れかけの花の上でひと休みし、周囲の草木は青々と茂り、空の青はいっそう眩しく鮮やかだった。家の周りには蒲公英がたくさん咲いていた。「|お前、これから歩美の代わりをしろ。」ある日、父がそう言った。「こういうのが好きな客もいるんだ。」
男がこんなことをするのか?男とそんなことをしたい人間がいるのか?満はそんな疑問を口にできなかった。客がすぐにやって来たからだ。満はあのベッドを一番よく使う人間になった。
粗野な男たちの全身から漂う汗の臭い、肌に焼きつきそうな体臭。太った体、痩せた体、均整のとれた体どの体も自分を押し潰しそうだった。父は歩美よりも満を気に入っているようだった。満の方が歩美より美しく、蠱惑的だったから。普段は薄汚れていても、風呂上がりには水から上がった蓮のように艶めかしく、女の客を惹きつけやすかった。だから父は満に頻繁に風呂に入るよう命じるようになった。女の客も男とそう変わらなかった。骨ばった体、肥えた体、均整のとれた豊かな体。横暴で、理不尽。唯一の共通点は、満の上に乗っているときも下にいるときも、皆一様に興奮し、歓びに震えていることだった。顔は紅潮し、汗と体液がシーツを濡らし、満たされるまで発電機のように動き続ける。何人かは常連になり、何人かは一度きりだったが大金を置いていった。高級ホテルに連れ出し、豪華な食事をさせてくれる客もいた。終わるたび、虚脱感と痛みが全身を覆い、背骨が溶けてしまいそうだった。乱暴で、無遠慮で、粗野な客のせいで、体のどこかには必ず傷跡ができ、血が滲み、生臭さが残った。歩美と同じように痩せて弱いのに、なぜ自分は毎回生き延びているのか、満には分からなかった。
これが歩美の感じていたことなのだろうか。あの頃、歩美はどんな気持ちだったのだろう。
満はいつもそう思った。絶頂の後、歩美がベッドの傍らに現れるような気がした。あの時と同じ憔悴した顔で、自分に微笑みかけている。客に抱きしめられると、それが歩美に抱きしめられているように思えた。やがて満は自分を慰めるようになった。大丈夫。大丈夫だから。
一人になんて、させないから。
長い仕事の中で、満はいろいろなことを無理やり覚えさせられた。客を喜ばせる方法、身体の扱い方、客との軽い冗談のやり取り。やがてその技は古代の遊女のように洗練されていったが、それでも客を選ぶ権利は与えられなかった。父はまるで満を搾り器にかけるかのように、少しの価値も残さず搾り取ろうとしていた。仕事量は歩美の頃よりも多くなり、一人の客に少なくとも六時間以上付き合わなければならなかった。かつて歩美の時は四時間ほどで済んでいたのに。
父の金の使い方は派手なわりに全く身入りがなく、結局満は生活を維持するためにさらに多くの客を取らざるを得なかった。毎日様々な人に触れ、世の中の縮図を見、社会との関わり方を学んだ。気づけば自分はもう自分ではなくなっていた。いつも笑顔で、礼儀正しく。そうして満は、そういう人間になっていった。
この生活がいつまでも続くのだと思っていた。若くして死ぬだろうとも覚悟していた。 そんなある日、父が突然警察に連れて行かれた。
「強盗殺人事件に関与した疑いがある。」
「だから言ってるだろ、あいつが勝手に倒れたんだ……!」 手錠をかけられながら父はまだ言い訳を続けていた。
「詳しいことは署で聞く。」 警官はそう言って父を連れて行った。パトカーの赤い灯が満の瞳にちらつき、サイレンが鳴り響く。音は貧民街の人々を呼び寄せ、まるで父の予言通りに、彼の恥が町中にさらされた。警車の音が遠ざかり、やがて見えなくなったころ、野次馬たちは興味を失い、冷たくそれぞれの家に戻っていく。その口々で、好き勝手なことを言いながら。
「やっぱりな、こうなると思ってたよ……」
「なんであんな無茶をしたんだろう……?」
「止めたんだけどなあ……」
「警察、最近急に取り締まり始めたよな……?今まで俺らなんて見向きもしなかったのに。」
「たぶん、外の世界の人間に手を出したんだろ。」
「この地区の署に新しい幹部が来たって聞いたぞ。『新任者は最初に勢いよく動く傾向がある』ってやつじゃねえか?」
「はっ、どうせそのうち鎮火するさ。」
「そういえば、ここら一帯、近々取り壊すって話も聞いた……もしかして、それと関係あるのかもな。」
満は、あの声たちがまるで届いていないかのように、再び空を見上げた。すでに季節は冬へと向かい始めている。陽射しの鋭さは失われ、ほどよい秋風だけが最後の名残のように大地を撫で、そこに寂しさを落としていった。
庭には赤や黄色、それに青みがかった葉が降り積もり、歩美の小さな墓を覆い隠していた。
そのとき、満はようやく気づいた。
あの墓を、見せるべきだったのだ。
満は、吹き抜ける北風をそっと抱きしめるように立ち尽くしていた。




