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満の思い出

観客席は大いに沸いていたが、その多くは不満混じりのざわめきだった。


「なにそれ? 俺、立夏月光が勝つって賭けたのに。」

「この競技、変数が多すぎるだろ。」

「賭けなくて正解だったわ」

「だからギャンブルなんてやめとけって。」


海棠と星児は、珍しく今の順位表をまじまじと見つめていた。先ほどの戦闘は異様なほど精彩を放ち、どのぬいぐるみにも高得点が与えられた。その結果、現在トップはUrikus、2位はGolden Wings、3位はルシファー会となっている。


海棠と星児は今にも踊り出しそうだった。「すごい成績だよね!」「学校じゃトップ5どころか――あ、 トップ50にも入ったことなかったけど!」


ついさっきまで立秋ともみ合っていた月光も、順位を見てようやく満足したらしく、口元をわずかに緩めた。


顔を青あざと紫あざだらけにした立秋が、横で怒鳴る。「これで満足かよ! まだ私を殴る気か!」


「ふん。」

「……ふんっ!」立秋も不服そうに背を向けて去っていった。友情の花は、しおれてしまったようだ。


そこへ、雨水が歩み寄ってくる。一歩一歩、やけに慎重だ。


その怯えたような態度に、月光は不思議そうな顔を向けた。だが、その親しみやすい表情を見た雨水は、ふいに月光の頬をつまむ。「どうやら、ただのかわいいい弟みたいだな……」


「な、なんですか?」月光はそっと雨水の手を下ろさせた。どうせ雨水は何も説明しないだろう。無理に聞き出しても意味はない。


その頃、Golden Wingsの他のメンバーが観戦席から駆け下りてきて、立秋を迎える。


「隊長ちゃん――!」

「隊長ちゃん!」

「隊長ちゃん!」

「いい加減にしろよ!」立秋は苛立ちを隠さず怒鳴った。

「私たちは本当に不思議に思っているのよ。あそこまで立夏月光をサポートするなんて。」リズはそう言いながら、立秋にドリンクを差し出す。


氷の浮かんだアイス・アメリカーノだった。


世話をされることに慣れている立秋は、当然のように受け取る。「別に大したことじゃない。どうせ、私たちはお互いに借りがあるんだ。」


「最後はあんなに言い争っていたくせに。それでもうちのボスちゃんは相変わらず太っ腹ですこと。」リサは作り笑いを浮かべ、わざとらしく肩をすくめる。

「もう一回“ちゃん”って言ってみろ。脚を撃ち抜くぞ。」


「満くん、大丈夫?」競技が終わり、美紀子は敗北した満を気遣う。


満は小さく首を振り、あの完璧な笑みを浮かべた。百八十度に整えられた、どこか壊れかけたような、かすかに脆さを含む笑顔。誠実さを装いながら、人の庇護欲を刺激する微笑み。


美紀子は胸を痛めながら、彼に薬を塗る。「少しでも痛いところがあったら、ちゃんと言ってね。」


「うん。さっきの戦闘で、メイクが少し落ちちゃって。直してくる。」美紀子はもう一人の隊員と目を合わせて頷く。戸川だけが、どこか後ろめたそうに視線を逸らしていた。だが満は、彼のその様子に特別な関心を示さない。


「皆、本日の競技はこれで終了だ。明日は“傲慢”をテーマにした最終戦となる。全員出席義務がある。帰ったら十分に休養を取り、明日に備えろ。」


公衆トイレの鏡に、満の顔が映る。灰と煙で汚れたその顔は、まるで濡れた子犬のように痛々しい。


今の彼は、砕けかけた宝石のようだった。完全ではない。だが、それでもなお、本物だけが放つ光を宿している。


笑顔を外したその素顔は、腹を見せて打ち上げられた鯉のように、どこか生々しく、無防備だった。


いつも以上に憂いを帯びた表情で身だしなみを整える。そのとき、化粧水がちょうど切れていることに気づいた。


ぜ補充しなかった?忘れていた?こんなに大事なことを?


あり得ない。


大丈夫だ。美紀ねに借りればいい。まだ間に合う。そもそも、化粧がなくても問題はない。彼は生まれつき美しいのだから。


そのはずだ。


空になったボトルを、思いきりゴミ箱へ投げつける。金属製の容器の中で、乾いた衝突音が響き渡り、トイレの壁に反響する。


満は必死に顔の筋肉を制御する。鏡の中の自分に、歯を食いしばる醜い表情を見せないために。あいつはいったい、何なんた......?


立秋と月光は、偶然にも同じタイミングでトイレに向かうことになった。


当然、狭い廊下で鉢合わせする。


二人は睨み合いながら早歩きで競い合う。「貴方、なんでそんなに速いんですよ?!」

「そっちこそ速すぎだろ!」


通路は広くない。顔が触れそうな距離で言い合いながら、子どものように張り合い続ける。


そしてトイレの前にたどり着いた瞬間、ちょうど中から満が出てきた。


来訪者を見た満の目に、一瞬だけ怒りがよぎる。それは流星のようにすぐ消えた。


ついさっきまで幼稚な競争をしていた二人に、彼は淡い笑みを向ける。軽く会釈し、そのまま立ち去ろうとした。


だが.。


「ベド街の大火事、本当に貴方がやったですか?」月光の声が背中を止めた。


満は答える必要などない。それでも、身体が勝手に反応するまるで条件反射のように足が止まった。


彼にとって月光は、道路にぽっかり空いた穴のような存在だった。避けるべき石、邪魔な障害物。


強い嫌悪しかない。月光の言動は、溶けた蝋燭の蝋のようにじわじわと滴り落ち、彼の内側を焼き、消えない痕を残す。


かつて自分を捨てたあのルシファーと、何も変わらない。


「私は……貴方がそこまで悪い奴だとは思えないです。」


その言葉は矢のように胸を貫いた。


「やっていないのであれば、きちんと否定してくださいよ。これ以上嫌われないようにしましょう。」


立秋は不安そうに様子をうかがう。何か言って場を和ませようとした、その時。満の顔が獣のように歪んだ。「何も知らないくせに……黙れ。」歯をむき出すような声だった。抑えきれない怒りを抱えたまま、大股で去っていく。


しばらく沈黙が落ちる。


立秋が小さく問う。「……お前、本気で言ったのか?」


「……」月光は答えない。


多く言えば多く間違うとでも思ったのか、立秋の隙を突いてトイレに飛び込み、「私の勝ち!」と無邪気に叫んだ。


「おい、待ってくださいよ! それはずるいでしょう!」


満は足早に歩き続ける。


だが、どれだけ速く歩いても、記憶からは逃げられない。


記憶は、ズボンにこびりついた泥のように落ちない。


あの出来事は、もう過去だ。


とっくに終わったことだ。


振り返る必要なんてない。


もう戻れないのだから。


市街地から遠く離れたゴミ捨て場の近く、すでにボロボロで、中ではシロアリに侵食された木板でできた歪んだ家がひとつ建っていた。まるで今にも倒れそうだった。しかし、そのような家はいつの間にかもう一軒、また一軒と現れ、三軒目、四軒目、五軒目……と、歪んだ家々がまるで羊の群れのように集まってきた。ひとつが倒れれば、まるでドミノのように他の家も次々に倒れそうだった。もともと静まり返っていた小さな家々の周囲は、いつしか騒がしく混乱した場所になり、一匹の魚の大群が網にかけられたかのようだった。泣き声、争いの声、嘆きの声が、ほとんど米の入っていない米びつにすべて収まってしまったかのようだった。群がるゴミが大通りを覆い、まるで蛇のようにボロボロの家々をうねうねと取り巻いていた。強烈なゴミの臭い、喫煙者の吐き出す煙、糞の臭い、食べ物の腐敗臭が混ざり合い、この世界の外の誰もが近づこうとは思わないほどだった。時折、腐乱死体の臭いも漂う。そんな複雑で不快な臭いの中に、近くの海から来るかすかな塩の香りがあった。まるで偉大で優しい海の母が、世界の辺境に追いやられた人々を慰めているかのようだった。それでも、夢はなお遠かった。


ネズミやゴキブリはここに住む者、あるいは常連だった。つい、あのゴキブリたちはまだ同じ群れなのか、このネズミたちはすでに世代交代してしまったのかと考えずにはいられなかった。住人の姿を見ると、無力で哀願する者もいれば、凶暴で野蛮な者もいた。この世界は汚れ、乱雑で、法など存在しなかった。飲もうとしていた、数日置かれもうすぐカビが生えそうな粥は、他人に奪われる。体の一部が自分のものではないかのように貫かれ、ある箇所はどんどん膨れ上がる。せめて栄養失調や肥満であってほしいと思った。せめて、この家に人が住めないほどに詰まっていなければ。少し金を稼いでも、身体は錆びた刃で突き刺され、血は大地に落ちて花のように散った。まるで世界の未来の主人公のように見える者たちが、動物のように領地を奪い合い、血を流しながら叫び合い、狮に狩られたばかりの野牛のように倒れる。その周囲では、猟犬やハゲワシが分け前を待っていた。


煤のように真っ黒な髪を持つ、雌雄も判別しにくい小さな子どもが、歪んだ家の外、ほとんど壊れかけの椅子の上に座り、ただ漫然と待っていた。正直言って、その子は美しい素質を持っていたが、煤のように汚れているため、誰も手に取りたがらなかった。濃い化粧をし、露出の多い服装だが、貧しさのにじむ女性が、派手な刺青で恐ろしげな男性と一緒に通り過ぎた。その女性は意図的に歩いているのではなく、長年の習慣として身につけた動作だった。大柄な男性の手は、子どもの目には乾いた干物のように見え、魚を撫でる水の流れのようだった。子どもはじっと見つめ、まるで柱に縛り付けられた哀れな雑種犬のように見上げていた。満を見ると、女性は興味を失ったのか、不機嫌で、やる気のない声で言った:「私にはまだ仕事があるの。邪魔になるなら入らないで。」


そう言うと力強く扉を閉め、まるで千里の彼方に追い払うかのようだった。すぐに、子どもの耳には犬が喧嘩するような音が響き、「バン」「パチン」「バン」と絶え間なく鳴り、犬の鳴き声も加わるかのようだった。


お金がなくて家を借りられない人たちは、母に家で働くよう勧める。母はそう言った。母が稼ぐなら、おれは犠牲になる。あとどれくらい続くのだろう......?


子どもは、橙白色に染まりかけた空を見上げ、鳥たちが徐々に家路につくのを見て、心の中で不安を募らせた。もし夜になっても母が家に入れてくれなかったらどうしよう?外で一晩過ごす覚悟は、まだできていなかった。


幸いなことに、すべてが思い通りになった。母は衣服を乱しながらも、開房代を払えない、外見は豪華に見えるが実際はケチな男を送り出した。小さくてまるで仔犬のような彼は、そのあとそっと家に入り込んだ。中に入ると、母はまだ金を数えており、煙草に火をつけた。「ふぅ……やっぱりあんまり稼げなかったわ……」


彼の腹が鳴った。再び哀れな目で母を見上げると、母はただ言った。「今日はまだ稼ぎが足りないの。もう一度行かなくちゃ。」そう言うと、まるで別人に変身したかのように、素早く身支度を整え、数える価値もない偽物のバッグを手にして出かけて行った。母の背がだんだん遠ざかっていくのを見つめながら、彼の腹は頼りなく鳴り続けた。


彼はあちこち探し回り、以前残しておいたクッキーを見つけると、まるで宝物を手に入れたかのように、ゆっくりと食べ始めた。こうして少しずつ食べれば、なんとか腹を満たせる。まだ食べたい気持ちはあるが、もし全部食べてしまえば、明日また空腹で苦しむことになるだろう。まるで『アリババと四十人の盗賊』の盗賊のように慎重に隠しながら食べた。


そう思い、彼は早めに床に就いた。残る空腹を我慢しながら眠りについた。


「満──」朦朧とした声が外から聞こえた。母は枯れ草のように細く、かすれた声だった。鍵を開ける音が何度も響き、母は鍵穴をうまく狙えない。あの時代の鍵は鍵というより飾りで、何より誰も、何もない歪んだ家を漁ろうとは思わなかった。


眠気をこらえて扉を開けると、薄明かりが母の体をかろうじて照らしていた。母はよろめき、酒の匂いを漂わせていた。その瞬間、家全体にその匂いが充満し、まるで沸騰して蓋をされた鍋のようだった。母はそのまま床に崩れ落ちた。


仕方なく、彼は母を固いベッドまで引きずり上げた。母はイビキをかき、酒の匂いを辺りに撒き散らす。彼はやむを得ず床に寝転び、空腹で腹が鳴るのを感じながら、不快さを我慢して眠りについた。明日になれば、すべてはきっと良くなる――そう信じながら。


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