表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/106

月神教の襲撃

夜の闇は風に溶けるように消え去り、眩い朝日がゆっくりと東の空へと昇っていく。闇の色は次第に薄れ、淡い青と白が潮が満ちるように空一面へ広がっていった。ホテルの来賓は、賑わいと寂しさが入り混じった空気に包まれていた。


まだ二回しか開催されていないにもかかわらず、人々の心を大きく揺さぶり、衰退しきった地獄に再び活気を与えた、あの緊張感あふれるギルド戦。その大会は、余儀なく中止されることとなった。傲慢戦の後に予定されていた表彰式や継承の儀も、すべて取りやめとなってしまった。


そのまま休暇を楽しむ者もいれば、予定されていた催しがなくなったため帰路につく者もいる。そのため、来賓には別れを惜しむ寂しさが漂っていた。その賑やかなロビーの地下には、静まり返った地下病院があった。


重傷を負い、長い間意識を失っていた雨水は、ようやく目を覚ましていた。今はベッドに横になりながら、事後報告書をまとめている。点滴を交換していたマリアは、困ったように言った。「そんなに休まないでいたら、治るものも治りませんよ?」

雨水は頑なに答える。「もう体はだいぶ良くなった。」彼は突然びくっと身体を震わせた。


「えっ、どうしたの……? あっ、もうお見舞いのお花と果物をご用意されたんですね、アレックスさん。」見舞いに訪れたマモンへ、マリアはマモンに挨拶をした。振り返ると、雨水は布団の中へ潜り込み、誰が聞いても嘘だと分かるほど、わざとらしい寝息を立てていた。

「おやおや、雨君はもうお休みですか。」マモンは何気なくそう言う。本当に騙されたのか、それともあまりにも分かりやすい芝居だったので触れないことにしたのかは分からない。彼は花と果物を静かにベッド脇へ置いた。

「い、いえ……その……なんと言えばいいのか……」マリアは返答に困ってしまう。


するとマモンは微笑みながら言った。「少しだけ、試してみましょうか。」


(何をするつもり……?)マリアが首をかしげていると、マモンは雨水の耳元へ顔を近づけ、小さな声で囁いた。「おまえのチームの男女二人が、車椅子レースで遊んでるよ。」


「っ!?」雨水は勢いよく飛び起きた。そのままマモンと真正面から目が合う。突然の勢いに驚き、マリアは思わず数歩後ずさる。


しばらくの間、雨水とマモンは無言で見つめ合っていた。


やがて雨水は、歯ぎしりするように低く唸る。「……この野郎。」


「ふふ、ちょっとおまえを試してみただけよ。」マモンは楽しそうに笑った。


雨水は布団を頭まで引き上げ、目の前にいるこの退屈な男をもう相手にしないと決め、眠ったふりを続ける。


「……ああ、そういえば。沙樹海棠と立夏月光が本当に車椅子レースで遊んでるよ。」その瞬間、雨水は勢いよく布団から飛び出し、二人の様子を確認しに向かった。

「ふふ……やはり面白い人よね。」風を切り、残像を残しながら走り去っていく雨水の背中を眺めながら、マモンは小さく呟いた。マリアは心の中で考える。この二人の間には、なんとも不思議な化学反応が生まれている、と。


「うわあああああああ!!!」海棠は車椅子に乗ったまま、猛スピードで坂を滑り落ちていく。

「だから言ったでしょう。そんな車椅子に乗ろうとしないでくださいって。」どんどん小さくなっていく海棠の背中を見送りながら、月光は呆れたように呟いた。ついさっきまで、この車椅子に座っていたのは彼だった。


遠くから聞こえてくる海棠の悲鳴、助けを求める声、そして罵声。それらをすべて無視しながら、月光は先ほど見た夢を思い返していた。


相変わらず、重力を感じることのできない、ゆっくりとした足取り。


相変わらず、華麗でありながら、どこか重々しい乳白色の宮殿。


相変わらず、ゆっくりと、あの扉を開ける。


しかし、一つだけ違うことがあった。部屋の中にいる者の姿が、以前よりも鮮明に見えていたのだ。


そして、黒いスーツを完璧に着こなしたその男と、視線が重なる。


その瞬間。月光の表情は、驚愕へと変わった。


目の前にいる人物の顔立ちも、纏う雰囲気も、自分と瓜二つだった。真っ白な肌、傲慢さを宿した瞳、血のように赤い目。身長、髪の色、そして髪の長さ。違いと言えるものは、それくらいしかなかった。


その人物は、期待と満足が入り混じった笑みを自分へ向けていた。未だに驚きを隠せない月光は、ごくりと唾を飲み込み、慎重に尋ねる。「あなたが……私の『父親』なんですか?」

その人物は意味深な笑みを浮かべた。「それについては、あなたご自身で確かめていくことになります。」さらにもったいぶるように続ける。「私は自分の意思で表に出て、あなたを助けることはできません。今この身体を動かしているのは、あくまで『あなた』の意識ですからね。」


目の前の光景に波紋が広がるように揺らめき、次第にぼやけていく。「これから先も、あなたご自身のお力で進んでいかなければなりません。」その言葉が心の奥へ響いた瞬間、月光は目を覚ました。


激しい戦いが終わった後、月光の全身には激痛が残っていた。彼はすぐに緊急搬送され、病院へ運ばれた。


そしてつい先ほど、海棠に叩き起こされ、二人で朝食を食べに行こうと誘われたのだった。


まだ四肢に力が戻っていなかったため、車椅子を使うことになった。少しずつ体力が回復してきた頃、海棠は興味本位でその車椅子に座ってみた。


しかし、その下が坂道になっていることには気づかなかった。そして数秒後、大惨事が起ころうとしていた。


肩に手を置かれた。振り返ると、そこにいたのは表情を極限まで歪ませた雨水だった。弁解する暇もなく、海棠はそのまま木に激突。退院の日程はさらに延びることになった。二人はこっぴどく叱られた。


満もまた、長い眠りによって精神を回復し、現在は身体検査を待ちながら、騒ぎを起こした二人組が病室へ連れ戻されていく様子を眺めていた。自分は魔神化したというのに、以前のように三週間も眠り続けることはなく、意識を保ったままだった。


この後、何か取り調べのようなものが待っているのだろうか。満は先ほどの出来事を思い返す。そして今、ひとつだけ分かったことがあった。


()()()()()()()()()()()()()()()


夜がまだ完全には明けきらない頃。満は、わずかな物音によって目を覚ました。再び危険が迫っている可能性を考え、残った力を振り絞って来訪者の姿を確認する。


その姿を見た瞬間、眠気など一瞬で吹き飛んだ。


身長も髪色も違う。それでも、纏う雰囲気と立ち振る舞いだけは、決して偽ることができなかった。その人物は自信に満ちた表情を浮かべていた。


満は信じられない思いで、その名を呼ぶ。「……ルシファー……」


「しっ。声を抑えてくれ。今の私は、まだ本当の身分を明かすわけにはいきません。」


(いや……明かさなくても、もう分かるだろ。)満は心の中でそう突っ込んだ。だが、再会できた喜びと寂しさは隠しきれなかった。その声は、涙をこらえているせいか、少し震えていた。「ルシファー……あなたの身に、一体何があったんだ……?私には……教えてくれないのか?」


「私にもよく分かりません。私も意識を取り戻したのは、つい最近のことです。本当に表へ出られたとしても、ほんのしばらくの間だけです。」そう言うと、彼は静かに話を続けた。「そして、私が眠っていた間に、新しい『私』が生まれました……。同じ私ではありますが、この新しい『私』に、この身体の主導権を握らせたいと思っています。そうすれば、真実もより安全な形で明らかになるでしょうから。」


「だから、満。この身体の主たる意識のことは、しばらくあなたに任せます。あなたなら、彼の道標となってくれるでしょう。この『私』は、まだ学ばなければならないことがたくさんあるようですからね。」


ルシファーの言葉の意味を呆然と考え込んだ満は、不安そうに尋ねた。「私が……彼に正しい道標を示すって……? 本当に、私にそんなことができると思っているの?」

ルシファーは、揺るぎない自信に満ちた眼差しを満へ向けた。「貴方には天賦の才はありません。ですが、誰よりも努力できる人です。」

その言葉を聞いた満は、驚いたように目を大きく見開いた。やがて我に返ると、小さくうなずく。「……はい。分かりました。」


満足のいく返事を得たルシファーは、ほどなくその場を後にした。久しぶりに果たした師弟の再会は、あまりにも短いものだった。


全身傷だらけのまま病室へ運ばれていく海棠を見つめながら、満は胸の内で思う。(彼女も……知っているのだろうか。)


海棠に対する感情は、とても複雑だった。もしかすると、自分の姉弟子なのかもしれない彼女と、きちんと向き合うには、まだ少し時間が必要だった。


ルシファーの身に何が起きたのか分からないように、海棠とルシファーの関係についても、満は何一つ知らなかった。


看護を手伝っていたカトリーナが病室へ入ってきて、朝食と薬を持ってきた。満が戸川の様子を尋ねると、カトリーナは残念そうに答えた。「まだ意識は戻っていません。でも……目を覚まさないほうが、いいのかもしれませんね。」その答えは、満が予想していたものと同じだった。


もし戸川が目を覚ましたとしても、彼を待っている最悪の結末は、今の貴族悪魔たちから厳しい尋問を受けることではない。これから先、悪魔社会で居場所を失うことだ。


魔神へと変貌したこと。現代の貴族悪魔たちを侮辱したこと。そして、貴族悪魔に手をかけようとしたこと。そのすべてが、どこへ行っても彼への非難となって返ってくるはずだった。


だからこそ、カトリーナの「目を覚まさないほうがいい」という言葉は、罪人となった戸川に向けられた、せめてもの優しさだったのかもしれない。しかし現実には、戸川もいつかは目を覚ます。かつての犬飼と同じように。


あの時、満との出来事が犬飼に与えた衝撃はあまりにも大きく、彼は完全に心を閉ざし、部屋に引きこもるようになった。今では、最も親しかった悪魔たちでさえ、その顔を見ることはほとんどできないという。


戸川もまた、若き日に味わった挫折を、もう一度繰り返すことになるのかもしれない。


だが、それがどのような結末を迎えようと、もう満には関係のないことだった。


薬を飲んだ満は、すぐに眠気に襲われ、まもなくうとうとし始めた。


扉には鍵がかけられ、カーテンは閉められる。灯りが消され、病室は暗闇に包まれた。ただ一人の患者が寝息を立てて眠る病室。


その天井から、いつの間にか一人の見知らぬ人物が降りてきた。


「黒羽さん、わたしの身体……始業式までに治りますかね?」重傷を負った海棠は、ベッドの上で身動きが取れない。

「悪魔の身体の回復力はかなり高い。すぐに傷を治して、夏休みの宿題に追われることができるんだから、むしろ幸運だと思え。」雨水の言葉は相変わらず辛辣だった。


「六月は、まだ眠っているのか?」海棠がこれほど元気にくだらないことを考えられるほど回復しているのを見て、月光はまりやへ尋ねた。


月光に対して未だに複雑な感情を抱いているまりやだったが、それでも真剣に答えた。「まだ眠ってる。それより、先に言っておく。彼女は後で全身検査を受けることになるかもしれない。どんな体質なのか、詳しく調べる必要があるから。」そして少し間を置いて尋ねる。「……というか、あんたは知らなかったのか?」

月光は眉をひそめ、自分が知っていることだけを口にした。「私の目には……彼女はずっと、ごく普通の女の子にしか見えませんでした。」


その後、月光はまず大暑と星兒の見舞いへ向かった。しかし二人も満と同じように薬を飲み、ぐっすり眠っていた。しばらく二人の様子を確認した後、月光はその場を離れた。次に向かう場所は、六日の病室。


まりやの話では、六日が目覚めるにはまだかなり時間がかかるらしい。それでも、今はただ見守るしかない。


六日の病室へ入る前、月光は一度周囲を警戒した。そして扉を開ける。案の定、そこにはマモンがいた。

六日のために用意された果物と弁当は、棚の上に置かれていた。


窓の外からは、朝の柔らかな空気が病室へ流れ込み、これから訪れる陽光を迎えようとしている。月光の姿を見たマモンは、不機嫌そうに言った。「わざわざ私の存在まで警戒するとはな。」月光は気まずそうに目を逸らした。しばらく二人の間に沈黙が流れる。やがてマモンは、諦めたようにため息をついた。「まあ、いい。」予想外の出来事が次から次へと起きすぎた。もういちいち追及する気力も失っていた。


「六日にしたことについては、もう責めるつもりも、償わせるつもりもない。」マモンは静かに続ける。

「何より、それに、六日自身もあまり加減を知らないようだからな。一つの経験から学ぶこともある。いつまでも私が手を出して守るわけにはいかない。こういう感情の問題や、人との関わりによる揉め事は……結局、本人が自分で学んでいくしかないんだ。」


マモンの言葉をしばらく考えた末、月光はついに抑えきれない好奇心を口にした。「……あなたは、六月のことをどう思っているんですか?」

マモンは、その質問に驚かなかった。いつか誰かに聞かれることは分かっていたからだ。「最初は、ただ面白い子だと思っていただけだ。」


「昔からずっとそうだった。遊ぶものがなくなったなら、手放すしかないと思っていた。だが……まさか、この子のほうから幽霊みたいにまとわりついてくるとは思わなかった。この子は落ち込むと、面倒なことになるからな。だから、結局あいつの好きにさせていた。」マモンは少し間を置いた「……でも、育てているうちに、いつの間にか情が湧いていたらしい。昔、ただ面白そうだから育てていた電子ペットと同じだ。何か反抗的なことをすれば、つい手を出して直そうとしてしまう。」


マモンは両手を広げ、苦笑を浮かべた。「だが、子供は成長するものだ。いつまでも手元に置いておくわけにはいかない。」


「子育てで壁にぶつかるたびに思うんだ。教育の専門家が言っていることなんて、全部間違っているんじゃないかってな。」


「後は任せる。」マモンは立ち上がり、病室の外へ向かう。「私は他の子たちの見舞いに行ってくる。もしあの子が目を覚ましたら、誰かを寄こして知らせてくれ。それと、水を一杯用意してやれ。目を覚ましたら、きっと喉が渇いているだろうからな。」月光は黙ってマモンが去っていく姿を見送った。そして六日のために一杯の水を用意した後、少し借りようと病室内のトイレへ向かった。


トイレから戻った瞬間。


暗闇の奥で、鋭い金色の瞳と目が合った。


突然現れた視線に、月光は反応することすらできなかった。


次の瞬間、激しい鼓動が一つ響き、自分の世界からすべての光が消えた。まるで、突然灯りを消されたかのように。その直前、かろうじて見えたものがあった。


六尺ほどの男が、眠り続ける六日と満を抱えている姿。そして、ぐっすり眠ったままの二人が、自分の置かれた状況にまったく気づいていないことに、月光は驚いた。


本来なら、この程度の暗闇にはもう慣れているはずだった。それなのに、今の自分は再び何も見えない状態になっていた。


(……何かされたのか?)視界が奪われた今、月光は耳と鼻だけを頼りに、周囲の状況を確かめるしかなかった。


かすかな足音。


三人分の気配。


そして、先ほどの男から漂っていた、レモンの香りがするボディソープの匂い。それらは少しずつ遠ざかっていく。誰かが新しく入ってきた?


その匂いはあまりにも強烈だった。病気を患った野良犬が腐敗したような臭い。思わず鼻を覆いたくなるほどだった。


さらに、大きな話し声と乱暴な足音。その人物は動きが大きく、目の前の状況に異様なほど興奮しているようだった。


野良犬のような臭いを放つ男。


そしてレモンの香りを纏った男が、彼に小声で注意している。「大きな音を立てるな」と。


二人の気配も、匂いも、どんどん薄れていく。もうすぐ、ここから離れてしまう。


視界はまだ戻らない。


たとえ心を読むことができたとしても、相手の姿を確認できない以上、追うこともできなかった。


月光は必死に数歩進む。しか、ベッドにぶつかり、そのまま柔らかな布団へ倒れ込んだ。


焦りを隠せず、月光は叫ぶ。「六月! 色欲!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ