10日目夜、レンレンの不満
新しく築城されたヴァル・ヴァルハラ城。
俺はこの名前以外にも一つ不満があった。
玉座の間、応接間、貴賓室、食堂、広間、会議室、執務室、寝室、使用人の部屋に警備室と、中々に充実しているし、どれも品の良い豪華さだ。
だが、問題は発見された。
風呂である。
あるのは一階の奥に設置された20人ほどが1度に入れる大浴場ただ一つなのだ。
「どういうことだ、ディグニティ!」
俺は怒った。
今世紀最大に怒った。
プンプン丸と言えばその怒りの度合いも伝わるだろうか。
ディグニティは珍しく床に片膝をついて頭を下げている。
当たり前だ。プンプン丸なのだから。
「なぜ、露天風呂を作らなかった? 外気に触れながら入る風呂の良さが分からなかったのか? それならば残念だ。俺はどうやら教育を誤ったらしい」
俺がそう言うと、ディグニティはこの世の終わりのような顔で俺を見上げ、しどろもどろになりながら口を開いた。
「そ、それが、屋上はその見た目を意識して段差をいくつか付けた屋上なのよ…なのでして、最上階に見張り台を設置すると露天風呂では覗かれる恐れが…ボスの裸体を誰にも晒したくないという私の気持ちで…」
ディグニティは要領の得ない内容で俺の質問に答えようとするが、俺は首を左右に振った。
「展望台を高くし、そのすぐ真下に斜めに屋根を取り付ければよかっただろう? 風呂自体は少し浅く広く作り、浴槽の壁を高めに作れば地上からも露天風呂には見えない。屋根と壁の距離にもよるが、十分に可能な筈だ」
「…っ!? そ、そんなやり方が…!」
俺が構想する展望露天風呂のアイディアに、ディグニティは衝撃を受けて固まった。
もしも駄目ならば展望台の上に露天風呂を作るくらいの向上心が持てないものか。
俺は溜め息を吐いて玉座の間の椅子に腰掛ける。
かなり派手な玉座だ。椅子の座面と肘置き以外はミスリルとオリハルコンで出来ており、座面と肘置きもドラゴンの皮を使っている。
座り心地は少し硬い。
「し、質問をしてもよろしいでしょうか」
俺が肘置きを撫でていると、階段下からやたらと背筋を伸ばして立っているブリュンヒルトが声をあげた。
「なんだ?」
俺が不機嫌オーラを多少抑えてブリュンヒルトに向き直るが、ブリュンヒルトは緊張感を維持したまま口を開く。
「ふ、風呂は、先ほどの見事な風呂ではいけないのですか? あれだけ見事な美しい風呂は何処にも無いと思うのですが…」
「あれは室内風呂だ。露天風呂は屋外にある風呂をいう。二つ無ければ俺はこの城を破壊する」
「ひょえっ!?」
俺の物騒な冗談にブリュンヒルトが素っ頓狂な悲鳴を上げて肩を震わせた。何処から出たんだ、今の声。
「まあ、いい。城下町の計画を煮詰めるぞ。露天風呂は明日には設置するように」
「は、はい!」
俺の指示にディグニティが深く頭を下げて返事を返した。
城はこんなものだろう。
まあ、ゲーム時代と違い、この城にはお湯を自動で生成する魔法のタンクが無いので、お湯は人力で沸かすという部分にも不満はある。
だが、仕方が無い。
俺に専門的な知識は無いのだ。
トイレはタンクに貯水する形式で水洗を実現させたが、自動湯沸かし機は難しい。
ボイラーみたいなものも何となくなら知っているが、設計出来るかと言われると出来ないだろう。
勿論、電気なんて全く出来る気がしない。
結局、ジーアイ城に戻らなければ魔術以外は中世ヨーロッパの生活から抜け出せないかもしれない。
いや、魔術があるだけマシか。
巨大な氷を置いておけば冷蔵庫は出来るのだ。
お湯も一瞬で沸くし、灯りも簡単に作れる。
「…いや待てよ?」
魔術刻印には様々な使い方があった。
研究すれば、電気に近い使い方も可能かもしれない。
「よし、さっさと城下町の計画を練って今日はすぐに帰るぞ。さあ、カルタス、ローザを呼べ。ああ、この城に住み込む予定の生産職のメンバーもな」
俺はそう言って玉座から立ち上がった。
「…とりあえず、概要はこのようになりましたわ」
ディグニティに言われ、俺は紙に書かれた城下町の完成予想図を見た。
深淵の森の方角から見て、まずはヴァル・ヴァルハラ城。
その前には川から引いてきた水路が通る。
そして、城の正門から大通りが一直線に街道まで向かい、途中でまた水路が横に流れる。
つまり、城下町を水路が囲む形になっている。
下水道は水路よりもかなり深いところを何本かに分けて作るつもりなので、水路を流れる水の水質は安定するだろう。
衛生面で妥協はしたくない。
都市は京都みたいに格子状に道を設置し、城下町を囲む城壁だけ丸く作る予定だ。確かパリもこんな町作りをしている。
ちなみに水路の外側に城壁を作る。水路に毒、なんてのは嫌だからな。
城下町の中は追々決まっていくだろう。メインストリートである中央の大通りは店や、宿屋、飲食店、冒険者ギルド、衛兵の詰所などを設置することは決定している。
ああ、後は何か娯楽施設も良いかもしれない。
個人的にはライブ会場が欲しい。
演奏はクラシックやジャズになるだろうが。
「問題はないでしょうか?」
ディグニティは俺の反応を確かめるように上目遣いでそう聞いてきた。
長身のオカマ故に妙な迫力がある。
「問題ないな。後は、実際に作りながら調整していこう。ああ、建てる建物の色合いは統一感を出すぞ」
「はい、分かりましたわ」
ディグニティの返事を聞き、俺は集まった他のギルドメンバーの中から魔族のカルタスに視線を向けた。
「カルタス。今日からお前がここの城主だ。ローザと協力して城とグラード村を維持管理してくれ」
「おお! 殿、ワシに任されよ! 誰が来ようがこの城を死守しますぞ!」
カルタスは城主という役割を受け、尋常ではない程の気合を見せて吠えた。
隣を見れば、同じ魔族のローザも神妙に頷く。
「アタシに任せてよ、ボス。カルタスはちょいと抜けてるからね。アタシがばっちり補佐しとくよ」
ローザはそう言うとカルタスの肩を叩いて笑った。
「やる気があるのは構わんが、城は3日で建つんだ。お前らがヤバいと思う相手がもしもいたならば、即座に城を捨てて拠点へ戻れ」
俺が2人にそう言うと、カルタスとローザは笑って頷いた。
「し、城は3日では建たないと思うけど…」
ブリュンヒルトが小さな声でそう呟いていたが、俺は聞こえないフリをした。
だって、建ったもん。
ブリュンヒルトには、明日少し頼みたいことがあるからと言って、ヴァル・ヴァルハラ城に泊まってもらった。
偶然だが、不死の戦士達の城に最初に来た来客は最高位の冒険者だった。
俺はそんなことを思いながら、食堂でエレノア達ギルドメンバーと食事をしている。
ちなみに、ダン親子も食堂の一角で食事をしていた。
「Sランク冒険者…ご主人様のお話ですと我がギルドメンバーの生産職相手にも勝てない実力ですが…」
「確かに…だが、ブリュンヒルトが最強の冒険者というわけでは無いだろう。ミスリルの剣を持つのは中々凄いことのようだが」
俺とエレノアがそんなやり取りをしていると、少し離れた位置で食事をしていたシェリーがパスタを噴き出した。
勿体無い。メイド長のプラウディアが頑張って再現したペペロンチーノなのに。
俺がそんなことを思いながら白ワイン擬きの酒を飲んでいると、シェリーがダンに怒られながらこちらに向かってきた。
「れ、レン様? 今、ブリュンヒルトなんて名前が聞こえたのですが…」
シェリーは俺の座るテーブルから1メートルほど離れた位置で止まり、俺にそう聞いてきた。
後ろではダンが険しい顔で立っている。
「ああ、今日グラード村に来たんだよ。Sランク冒険者ブリュンヒルトと名乗っている。一応ミスリルの剣も持っていたが」
俺がそう言うと、シェリーは目を丸くして驚いた。
「ほ、本物です! ミスリルの剣なんて伝説上の武器はブリュンヒルト様しか持っていませんから! レンブラント王国内でトップの冒険者パーティである白銀の風のリーダーですよ!」
白銀の風。
うむ、ミスリル大好きだな。
「そうか。今回はブリュンヒルトにしか会っていないからな。明日は出来たらそのパーティにも会ってみよう」
俺がそう言うと、シェリーは目を輝かせて一歩前に出てきた。
「そ、その場に私は御一緒出来ませんか!? 白銀の風には、私が行っていた魔術学院の元序列1位の黄金の魔眼、メルディア様がいるんです!」
「黄金の魔眼…?」
俺が何とも言えない気持ちでシェリーの言葉の一部を反芻すると、シェリーは力強く頷いた。
「はい! 本来は学院で50位以内に入ると王国から士官の話が来るのですが、メルディア様は外の世界を見たいと言われて学院を途中で退学されました。最初は皆から惜しまれたものですが、それから僅か2年で冒険者として最高の栄誉たるSランクにまで上り詰めたという大天才ですよ!」
「そ、そうか。分かった。なら一緒に来ると良い。そう言う話なら生粋の魔術士も1人連れて行こうか」
俺はシェリーにそう答えてまた白ワイン擬きを呑んだ。
興奮冷めやらぬシェリーを横目に、俺はSランク冒険者についてまた考えを巡らせた。




