56.野外活動の授業(1)
朝、教室に入ると挨拶を交わす。今日は週の初め。休み明けに見る、みんなの元気な顔を見ると、こちらまで嬉しくなってくる。
「ユフィちゃん、おはよう!」
「わっ! ミレイ様、おはようございます」
カバンの中の教材を机に仕舞っていると、ミレイ様が飛びついてきた。とても近い距離間でドキドキしてしまうが、仲良くなれたみたいで嬉しい。
「ユフィ、おはよう」
「おはよう。寮にいるのに、いつも遅いな」
「ロザリア様、アルベルト様、おはようございます。寮の食事が美味しくて、ついお代わりしてゆっくり食べてしまうんですよね」
「あら、ユフィってば食いしん坊だったの? 昼食はお代わりなんてしなかったのに」
「えっと、クラスメイトの前では恥ずかしくて自重してました……」
田舎者の私だって周りのことを気にして自重することだってある。寮は周りには知らない人ばかりだから気にしなくてもいいけれど、クラスメイトは別だ。
「君はもう少し食べた方がいい。体つきが貧相だ。これから始まる学生予備兵の授業についてこれないぞ」
「もう、男の子が体つきのことを言ったらダメなんだぞ! ……でも、ユフィちゃんはもっと食べていいよ」
「そうなんですね。田舎の食事でもお腹いっぱいに食べてましたが、あまり体は大きくならなかったんですよね。都会の食事を食べれば大きくなれますか?」
「たぶん、食べている内容が違うと思うわ。もっと、肉を食べた方がいいわよ」
「田舎ではひと月に一度、お肉を食べてましたが、それだと足りません?」
基本は芋と野菜だ。それに、時々パンを焼く程度。田舎の食事はそんな感じだというと、三人の表情が暗くなる。
「それは……粗食というものじゃないかしら。到底、子供の体を大きくするものじゃないわよ」
「……それでよく、ここまで成長出来たものだな。圧倒的に栄養が足りない」
「うぅ……これからでも遅くないから、いっぱい食べるんだよぉ」
三人とも悲しい目を向けてきた。薄々気づいていたけれど、やっぱり食事の内容が田舎では悪かったんだ。こっちの食事を知ってから、食事がもっと美味しく感じられた。
こっちの食事を続けていたら、魔法ももっと上手に扱えるようになるかな?
そんな雑談をしていると、鐘が鳴った。私たちは急いで席に着き、先生が来るのを待つ。
すると、扉が開いて、先生がやってきた。見慣れない先生。お淑やかで落ち着いた雰囲気の女性の先生だった。
「みなさん、おはようございます。本日の野外活動の授業を受け持つ、ヘレナと申します。よろしくお願いしますね」
そう言って、自己紹介をすると、教室の雰囲気が穏やかになった。でも、こんな綺麗な先生が野外活動の授業を?
ヘレナ先生は、私たちの反応を見て、ふっと柔らかく微笑んだ。
「ふふっ。今、どうして私が野外活動の授業を担当するのか、不思議に思ったでしょう?」
まるで心を読まれたようで、教室中がざわついた。
周りを見渡してみると、みんなも同じような顔をしている。確かに、ヘレナ先生は野外活動という言葉から想像するような、鍛えられた体つきの先生ではない。むしろ、お茶会や礼儀作法の授業をしていても不思議ではないほど、上品で落ち着いた雰囲気の先生だ。
「みなさんの考えていることは、だいたい分かりますよ。――『こんなに綺麗でお淑やかな先生が、野外活動なんてできるの?』と、そう思ったのでしょう?」
図星だった。思わず目を逸らしてしまう。
「ふふっ。大丈夫です。実際、その通りですから。私は、剣を振ったり、魔物と戦ったりすることを教える先生ではありません」
そう言って、ヘレナ先生は教卓の上に置かれていた教材を手に取った。
「私は野外活動で必要になる、家事能力を教える先生なのです」
野外活動というから、森の中を歩いたり、魔物から身を守ったりする授業だと思っていた。でも、家事というのは少し意外だった。
「はい。野外活動というのは、ただ外へ出て魔法や剣を使うだけではありません。長時間、家を離れて活動する以上、自分たちの生活を自分たちで維持しなければなりませんから」
ヘレナ先生は黒板へ向かうと、チョークを手に取った。そして、いくつかの項目を書いていく。
「まずは、荷物の整理。次に、テントの立て方。そして、洗濯の仕方。最後に、料理です」
四つ目まで書き終えると、ヘレナ先生は私たちへ振り返った。
「これらは、外で活動するために必要な、とても基本的な技術です」
どれも、村にいた頃にやっていたことばかりだった。テントを立てることはなかったけれど、荷物の整理も洗濯も料理も、普通に自分でやっていた。
ということは――。
「もしかして、野外活動って、家事をする授業なんですか?」
「最初は、そう思ってもらって構いません。ただし、これは遊びではありません。外で何日も生活することになれば、荷物が整理されていなければ必要なものを取り出せませんし、テントを正しく張れなければ雨風を防げません。衣服を洗えなければ衛生状態も悪くなりますし、食事を用意できなければ体力も維持できません」
そう説明されると、確かにどれも大切なことに思えてくる。
「特に、この学園には貴族や裕福な家庭の生徒が多く在籍しています」
ヘレナ先生は教室を見渡した。
「そうした家庭では、身の回りのことを使用人がしてくれる場合が多いでしょう。そのため、家の中では何不自由なく生活できても、自分で荷物を整理したことがない、洗濯をしたことがない、料理をしたことがない、そもそもテントを立てたことすらない――という生徒も珍しくありません」
教室が妙に静かになった。何人かの生徒が、気まずそうに視線を逸らしている。どうやら、心当たりがある人が結構いるらしい。
「ですから、この授業では、まず野外活動に必要な基礎能力を身につけてもらいます」
ヘレナ先生は穏やかな笑顔を浮かべた。
「家事が得意な人も、苦手な人も関係ありません。全員が一から学んで、自分一人でも外で生活できるようになること。それが、この授業の目的です」
なるほど。外で生活するための準備だから、野外活動の授業なんだ。まぁ、いつもやっていたことだし。自分が間違っていなかったか、確認するためにも頑張って授業を受けよう。




