54.裏の顔
「レイチェルお嬢様、おかえりなさいませ。着替えをいたしましょう」
「えぇ、お願い」
自室に入ると、すぐに専属メイドが動いてくれる。私はただ手広げて待っているだけでいい。無駄のない動きで制服を脱がせられると、すぐにドレスに着替えさせられる。
それが終わると、窓際にあるテーブル席に座った。すると、事前に用意された紅茶と菓子を差し出される。
「では、ごゆっくりお過ごしください」
そう言って、専属メイドは部屋の外へ出ていった。
一人残された私は、改めて周囲を見渡す。毎日のように当たり前のように受けている、至れり尽くせりの環境。けれど、これも決して誰かに与えられたものではない。
私が努力を重ね、結果を出し続けてきたからこそ、今の生活がある。努力で掴み取った、最高の環境だ。
つかの間の休息でホッと息を付くと――すぐにユフィのことが思い浮かんできた。
今回は貴族の家に代々伝わる秘術を解明したどころか、自分のものにまでしてしまった。それも一週間ぐらいという短期間で。
それを知った時、体が震えた。自分でも出来るかどうか分からないことを、平然とやってのけた。まさに、規格外。
試験の結果の時は衝撃が強すぎて、感情がぐちゃぐちゃになり、理解出来なかった。だけど、落ち着いて傍で見ていたら、その規格外さは伝わってきた。
あれは、天性の才能だ。私のような努力で得た才能ではない。それが、目の前にいる。そう思うと、体の震えが止まらない。
思わず体を抱きしめて、震えを止めるように身を縮める。だけど、ダメ――自然と顔が緩んでしまう。
「……凄い。私よりも凄い人がいた。嬉しいっ、楽しいっ。こんなの、初めて!」
初めはあんなにショックだったのに、今ではユフィがいることに喜びを感じている。
「どんな考え方をしているのか、聞いてみたい。魔法の発動方法とか、制御技術はどこまで凄いのか知りたい!」
自分の立場を守るだけに努力するのは、張り合いがなくて辛かった。だけど、今はユフィという障害がある。それだけで、世界が違って見えた。
「もっと、話してみたいけど……家の都合があるし、仲良くは出来ない。だって、私はあの子に勝たないといけないから。お父様のためにも……」
話したい気持ちを堪え、自分の立場を考える。私はヴァルディア公爵家の代表として王立グランセリア魔法学園に通っている。私の上にいるユフィと仲良くなって、公爵家の立場を揺るがせたらいけない。
どうして私は、こんなにもユフィのことが気になっているのだろう。勝たなければならない相手なのに、もっと話したい、もっと近くで魔法を見てみたいなんて――こんな気持ちになるのは、初めてだった。
私は公爵家の人間で、ユフィとは競い合う立場にある。なのに、頭では距離を置くべきだと分かっているのに、心だけがどうしても彼女から離れてくれない。
「レイチェル様、夕食のお時間です」
その時、専属メイドの声が聞こえた。ハッと我に返った私は、今の考えを捨てて、立ち上がった。
◇
食堂にいくと、広いテーブルの奥――一番いい席にお父様であるヴァルディア公爵が座っていた。一礼して、一席離して近くに座る。
すると、食事が運ばれてきた。目の前には豪華な食事が並び、どれも最高級の素材と技術で作られた一品たちだ。
その食事に手を付け始めると、お父様が口を開く。
「学園はどうだ?」
「はい、滞りなく。ですが、一人で勉強していた方が様々なことが学べると思います」
「顔を売るのも勉強の内だ。このまま学園で地位を確立し、盤石な立場を築け」
「努力いたします」
いつもの確認事項だ。嘘偽りなく話すと、少し満足したのか、眉間の皺が減ったような気がした。
もっと、お父様の気持ちを楽にさせたい。そう思って、言葉を重ねていく。
「必ず学年で一位になってみせます。お父様の恩に報いるためにも、これからさらに精進するつもりです」
「そうでなくては困る。お前は実力で一位になるのだ」
「はい、必ず」
実力主義のお父様らしい返答だ。庶子である私にここまで期待してくれた恩を返さなくてはいけない。絶対にお父様は裏切れない。
気持ちを固くすると、食事を食べながら魔法の事を考え続けた。
◇
その日の夜、ヴァルディア公爵は書類に目を通していた。その書類には王立グランセリア魔法学園の自主退学した生徒のことが書かれていた。
「ふん、所詮は下級貴族……この程度か」
「金で簡単に釣れましたが、使えない駒でしたね」
その書類を乱暴に机の上に投げると、手際よく執事が書類を回収する。背もたれに体を預けると、不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。
「我がヴァルディア公爵家の上に立つ平民……許してはおけない」
「左様でございますね。早急に手を打ちますか?」
「手を出したばかりだ、すぐには動けない。しばらくは、レイチェルに期待することにしよう」
「御意。それまでには、次の手を用意しておきます」
執事は深々のお辞儀をし、公爵は納得したように鼻息を鳴らした。
「……平民が、公爵の上に立ったことを後悔させてやる」




