50.犯人視点
な、なんだって……。魔法が発現した時に発動する魔法? そ、そんな難しい魔法がすぐに構築できるのか?
自信満々に宣言したユフィの言葉をすぐには信じられなかった。魔法が発現して、対象物に当たるまで一秒もない。それだけの時間で反応出来るほどに反応速度が速いということか?
い、いやいや……そんなことがあってたまるか。そこまでの領域に到達するまで、一体どれだけの鍛錬を積めばいいんだ。そんなの見当もつかない。
……今防いだのは偶然じゃない? だったら、確かめる。秘術を使い、魔法を発動させる。髪の毛が燃えるように火を出す魔法を発動させた。
その瞬間――ユフィの髪の毛に火が灯った。その瞬間、教室中がざわついた。これだけ速ければ、対処も出来ないだろう。そう、思っていた。
「――今の火、防ぎました」
そう言って、ユフィは火が灯った髪の毛を周りに見せつけた。そこには一本も焼かれていない毛が見える。
「ほ、本当だ! 髪の毛が燃えていない!」
「け、ケガはなかった!?」
「あの一瞬で魔法を発動させただと?」
……そんな馬鹿な! ちゃんと防いで見せただと!? あの一瞬で魔法を発動させたってことか!? そんなことが可能なのか!?
い、いや……今のははったりかもしれない。常に防御魔法を発動させていて、それで防いで見せたのかもしれない。
ふー……落ち着け。時間をずらして魔法を発動させれば、きっと食らうはずだ。もう少し痛い目を見せて、自主退学に追い込まないと。
依頼人が誰なのかは知らない。ただ、ユフィを自主退学に追い込めば、大金が手に入る。
きっと依頼人は、ユフィを妬んだどこかの生徒の親なのだろう。平民が首席を取る。それだけでも、貴族にとっては面白くない話だ。
ましてや、学園史上初となる特待生にまで認定された。実力があるのは分かっている。だが、それとこれとは話が別だ。
貴族の子供たちが何年も努力して目指してきた場所に、田舎から出てきた平民が現れて、いきなり頂点に立ったのだ。
妬まれて当然だろう。むしろ、何もされないほうがおかしい。今、仲良くしている奴はきっと下心があるやつに違いない。純粋にユフィを慕っている奴はいないはずだ。
俺の家に伝わる秘術を使えば、魔法を使ったことはバレない。何度やっても分からないんだから、ユフィが自主退学するまで嫌がらせを続けてやる!
◇
それから俺は秘術を使ってユフィに嫌がらせを続けた。授業の合間の休み時間。昼食時間に昼休み。授業が終わった放課後。
ありとあらゆる時間に魔法を使い続けた。絶対にバレない、気づかれない。そう思って魔法を使ったというのに――ユフィはすべての魔法を防いで見せた。
ありえない! そんなことがあってたまるか!
魔法が発現してから対象にぶつかるまで一秒もない。それなのにユフィは俺が仕掛けた魔法を一度も受けることなく、まるで最初から何が起こるのか分かっていたかのように、すべて防いでみせている。
最初は偶然だと思っていた。たまたま魔法の発現に気づいただけで、次は防げないはずだと思っていたから。
発動する時間を変え、場所を変え、火や水や風など魔法の種類まで変えて何度も仕掛けたというのに、それでも結果は変わらない。ユフィは毎回ほんの一瞬で魔法を防いでみせた。
どうしてだ? どうして分かる? 俺の秘術は、そんな簡単なものじゃない。物心ついた頃から、家に伝わる秘術を教え込まれてきた。
幼い頃は魔力を上手く扱うことすらできず、何度も失敗しては魔力を使い果たして苦しみでのたうち回る。時には自分自身を傷つけながら、それでも毎日のように練習を繰り返して、何年もの時間をかけてようやく使えるようになった。
魔法が発現しても感知されず、相手に気づかれることなく攻撃できる。それこそが俺の家に伝わる秘術の最大の強みであり、俺が誰にも負けないと思える唯一の誇りだった。
それなのに――。
「……今のも、防ぎました」
ユフィはそう言って、何でもないことのように笑った。その笑顔を見た瞬間、胸の奥がズキリと痛んだ。
馬鹿にしているわけじゃない。俺を見下しているわけでもない。ただ、本当に不思議そうにしているだけなのだ。それが、たまらなく悔しかった。
俺が物心ついた時から積み重ねてきたものを、この少女はたった一人で簡単に否定してしまっている。
俺が何年もかけて身につけた秘術を、ユフィは何度使っても見破り、発動した瞬間には対処し、まるで最初からそうすることが当然だったかのように防いでしまう。
「……そんな、馬鹿な……」
声が震える。俺の秘術が弱いわけじゃない。これまでだって、この秘術を見破った奴なんていなかった。ならば、考えられる答えは一つしかない。
――ユフィが、おかしいのだ。
そう考えた瞬間、今まで見てきたものが頭の中でつながっていく。
首席になったことも、特待生に選ばれたことも、デモンストレーションで見せたドラゴンも。そして今、俺の秘術を何度使っても一瞬で防いでいることも、すべて偶然なんかではなかった。
この少女は、本当に俺たちとは違う。
「……規格外、なんだ」
ようやく、その言葉が頭に浮かんだ。
今までは、平民のくせに首席を取ったことが気に入らない。特待生なんて特別扱いされているのが気に入らない。そんな程度にしか思っていなかった。
けれど、違う。俺が嫉妬していた相手は、俺たちと同じ場所に立っている人間ではなかった。同じ魔法を使っているはずなのに、見ている場所がまるで違う。
俺が何年もかけて辿り着いた場所を、この少女は何の苦労もしていないような顔で通り過ぎていく。そう思った瞬間、今まで感じていた悔しさが、別の感情へと変わっていった。
――怖い。
ユフィがこちらを振り向いただけで、身体が強張った。何もされていないのに、逃げ出したくなる。もし、この少女が本気で魔法を使ったら?
もし、俺の秘術なんかでは到底防げない魔法を使われたら? そんなことを考えただけで、背中に冷たい汗が流れた。
俺は今まで、自分の秘術なら誰にも気づかれず、誰にも防がれないと思っていた。けれど、それは違った。防げない秘術だったんじゃない。
――俺が、ユフィに届かなかっただけなのだ。
その事実を理解した瞬間、物心ついた頃から積み重ねてきた自分の自信と誇りが、音を立てて崩れていくような気がした。




