5.最後だろうから王都を楽しんだ
「ふぁー、良く寝た」
窓から差し込んでくる朝日で目が覚めた。ベッドから降りた私はパジャマから私服に着替える。
昨日、地図とにらめっこしながら宿屋の場所を探した。田舎では一本道だけど、王都ではとても道が入り組んでいて分かり辛かった。
宿屋に着いたのは、その日の夕方過ぎ。私は宿屋で受付を済まし、そこで夕食を食べると、すぐに泥のように眠った。
「貴重な体験をしたなぁ。これも、お土産話になるかな?」
でも、宿屋に着くまでの話で盛り上がるのか不安だ。もっと、楽しいことを体験しないと、楽しい話は出来ない。
どういう土産話がいいか悩みながら、私は食堂に入った。食堂では十人程度の宿泊者が朝食を取っているところだった。
私が席に着くと、すぐに宿屋の女の子が近づいてきた。手に持ったお盆から、朝食を私の前に並べていく。
「お姉ちゃん、おはよう! 昨日は眠れた?」
「あっ、おはよう。うん、ぐっすりだったよ」
「良かった! 昨日のお姉ちゃんの顔、こーんなに死にそうな顔をしてたから心配だったんだよね」
わ、私……そんなにひどい顔してた? ……あっ、でもこれってお土産話になる?
「そんなんじゃ、王立グランセリア魔法学園に入れないよ」
「あははっ、私なんか無理だよ。田舎暮らししかしてこなかったんだもん。ただ、魔法使いとの約束を守りに来ただけだから」
「もう、お姉ちゃんたら向上心がない! もっと、高い目標に突き進むべきだよ」
女の子は私を応援してくれるけれど、田舎で暮らしてきた私が由緒正しい学園に入れるわけがない。受験できるだけでも、凄いことだ。
「本当に王都の観光をしてもいいの? 勉強しなくてもいいの?」
「うん。受験しに来ただけだし、残りの時間は観光して、村の人たちのお土産話にしようと思って」
「ふーん……。だったら、私が案内してあげるよ! もちろん、案内料は頂くけどね」
「えっ、いいの? どこに行こうか迷っていたから、凄く助かる」
「じゃあ、食堂の仕事が終わってから一緒に行こうね」
そう言って、女の子は忙しそうに去って行ってしまった。私はそれを見送って、朝食を食べ始めた。観光がとても楽しみになった。
◇
それから私は、宿屋の女の子に案内されて王都を見て回った。
最初に訪れたのは、色とりどりの屋台が並ぶ通りだった。見たことのない食べ物がたくさん並び、香ばしい匂いや甘い匂いが辺りに漂っている。
気になるものを見つけるたびに買って食べて、次の屋台へ向かう。村では食べたことのない味ばかりで、歩いているだけなのに楽しくて仕方がなかった。
その後は、大きな噴水のある広場へ向かった。中央から勢いよく噴き上がる水が陽の光を受けて輝き、無数の水滴がきらきらと宙を舞っている。しばらくその光景を眺めていると、まるで別の世界に来たような気持ちになった。
たくさんのお店が並ぶ通りでは、服や雑貨、魔道具、本などを眺めながら歩いた。
村では見ることのできない商品ばかりで、何かを買わなくても、店先に並んでいるものを眺めているだけで楽しかった。これがウィンドウショッピングなのだと教えてもらい、また一つ、都会の楽しみ方を知った。
最後に訪れた大聖堂では、その大きさと神々しさに圧倒された。高い天井や美しいステンドグラス、広々とした内部を眺めていると、自然と背筋が伸びるような気がした。
朝から夕方まで王都を歩き回り、たくさんのものを見て、たくさんのものを食べた。どれも初めての体験で、どれも記憶に残るものだった。
王都に来る前は、人が多くて歩くのも大変そうだと思っていたのに、一日を終える頃には、私はすっかりこの街が好きになっていた。
まだ見ていない場所もたくさんある。もっと王都のことを知りたい。そんな気持ちまで湧いてくるようになっていた。だからこそ、ここから離れることを考えると、少しだけ寂しくなった。
でも、私は王立グランセリア魔法学園に合格することはないだろう。今回の旅は、魔法使いとの約束を果たすためのもの。試験を受けたら、また村へ戻る。
だから、今日見た景色も、今日食べたものも、今日感じた楽しさも、全部が村へ帰ってから話すためのお土産話になる。
これが、私にとって最初で最後の王都観光。この時の私は、本当にそう思っていた。
そして迎えた、試験の日。
「お姉ちゃん、頑張ってきて。絶対に合格だよ!」
「ふふっ、ありがとう。行ってきます」
女の子に見送られた私は王城へと向かっていった。これが終わったら、お土産を買って村に帰るんだ。そんなことを思って、私は歩き出した。
――まさか、村に帰れなくなることになるなんて、この時は全く想像していなかった。




