32.突然の来客
「……怪物、さん?」
聞きなれない言葉に首を傾げる。それって、私の事? でも、初めて会った人に、どうしてそんな呼び名で呼ばれるのだろうか?
「ふふっ、自覚ない?」
「えっと、自覚がないと言いますか、意味が分からないと言いますか……」
「試験監督たちがあの子は怪物だって騒いでいたの。それを聞いて興味が湧いちゃって、会いに来ちゃった」
おかしそうに笑って、そんな事を言った。わ、私ってそんなに騒がれているの? こんな、見ず知らずの人が訪ねるほどに?
「ちょっと、部屋に入れてもらえないかしら?」
「あっ、えっ、は、はい……どうぞ……」
急な事でどもってしまったが、なんとか部屋に招き入れることが出来た。窓から離れると、その女性はふよふよと浮いて窓から入って来る。
よく見ると、長い杖を持っていて、その上に乗っているようだ。ゼロムスと同じ飛び方をしていて、少しだけ懐かしい感じになった。
その女性は床に足を付くと、私に振り向いた。そして、手を伸ばして――ツンッとデコピンした。
「いたっ! な、なんですか!?」
「もう、不用心だなぁ。見ず知らずの人を勝手に部屋に上げたら、ダメだぞ」
「あっ、そっ、そうですね!」
「純真無垢というか、世間知らずというか……。ちょっと、心配になる子ね」
茶目っ気たっぷりに注意をした後は、困ったように笑った。こ、この人……凄く表情が変わる。何か魔法を使っているのだろうか?
「試験監督たちは野暮ったい子って言ってたけど、可愛らしいじゃない。素朴で子供らしくって、私は好きよ」
「はぁ……。えっと、何か用でしょうか? それと、あなたは一体何者ですか?」
「そうねぇ……。騒ぎになるから名前は言えないけれど、あなたの特待生の支援者って言っておこうかしら」
「えっ!?」
ま、まさか……突然現れた人は私にお金をくれた人!? そ、そんな凄い人に私、失礼なことを!?
咄嗟に床にひれ伏すと、手を付いて頭を下げた。
「あ、あのっ! この度は支援をしてくださり、ありがとうございます! お陰で、学園に通えるようになりましたし、とても素敵な生活を送れています!」
「えっ、やだ! 別にそこまで感謝をして欲しいわけじゃないのよ! 頭上げて!」
「と、とんでもございません! あのような大金を支援してくださって、本当に!」
「やだっ、床で頭を叩かなくてもいいからー! ねぇ、頭を上げてーっ!」
お姉さんが私の体を引っ張ったせいで、床から頭が離れてしまった。こ、この人には絶対に失礼なことは出来ない。いや、それどころか私が何かをして差し上げた方がいいのでは?
「私っ、なんでもやります! 何かお返ししないと気が済みません! 何でも命令してください! 魔法で出来る事なら、なんでもします!」
「やだっ、奴隷に扱う気はないのよ! ただ、その才能を伸ばしてあげたいだけだから!」
「だったら、めちゃくちゃ勉強頑張ります! 頑張って、あなたの役に立てるようになります!」
「も、もうっ! なんなの、この子! 奉仕精神強すぎ! 普通はそこまでしないのよ!?」
一生働いても手に入れられないお金をくれたのだ、それぐらいしないと割に合わない。だから、私はこの人のために、何かをして差しげないといけない!
強い使命感が芽生え、私は強い視線を向けた。
「なんでもご命令ください。あなたの手足になります」
「ま、まぁ……だったら、少しは手伝ってもらおうかしら」
「少しと言わずに一生でも!」
「やだっ、一生は重すぎよ! もっと、軽くでいいのよ! ……もう、驚かせるつもりが、私が驚いちゃったじゃないの」
お姉さんは落ち着くように大きく深呼吸をした。
「今日はちょっと感謝を言いに来たのに……」
「感謝、ですか? 私、何もしてませんけれど……」
「いえ、あなたはやったわ。ヴァルディア公爵家の息女を負かせたんだから」
鼻息荒く、そう言った。なぜ、その事で感謝されなければならないのだろうか?
すると、お姉さんは親の仇か、と言わんほどに憎々しい顔をして、拳を作った。
「あの、いけ好かない実力主義の公爵にギャフンと言わせたんだもの。今頃、相当悔しがっているに違いないわ」
「そ、そうなんですか?」
「人情っていうものがないのよね。子供を道具にしか見ていないというか……。本当にあの子も気の毒よね」
あの子ってレイチェル様の事だろうか? 私が見る限り、悔しがってはいるが悲壮感というものはなかった……。どちらかというと、気が強くて芯がある感じだ。
「この負けで考え方が変わってくれればいいのだけれど……。まぁ、そう簡単な話じゃないか」
難しい顔をして思い悩んでいる。どうして、レイチェル様が負けると、公爵様の考えが変わるのか……。
不思議に思っていると、お姉さんがこちらを向いた。そして、両肩を掴んできて、真剣な視線を向けられる。
「もし、お願いできるなら……怪物さん。レイチェルをあの公爵から救ってあげて」
意味が良く分からなかった。レイチェル様が酷い事をされているような気配はなかったし、どちらかというと自分の足でしっかりと立っている印象だった。
……私はあんまり好かれてないけれど、これをきっかけに仲良くなれるなら……仲良くしたい。魔法の事でいっぱいお話できたら、きっと楽しい。レイチェル様が辛いのならば――力になって上げたら仲良くなれる?
「……はい。私に出来ることがあれば」




